お前の魔法は永遠にとけない

藤間伊織

第1話

暖かな木漏れ日が差し込む白く清潔感のある部屋に、春風が優しく吹き込む。

ベッド脇のパイプ椅子に腰掛けた男は、先程まで固く閉ざしていた口を開いた。


「あっという間だったな……」


「……ご冗談を。60年が、あっという間なものですか」

「あっという間だったさ。お前と結婚した日から……いや、出会った日からの人生が幸せすぎたんだ」

「全く……キザなところ、子供の頃からちっとも変わらないんだから……。おじいちゃんが言うには、ちょっと格好つけすぎですよ」

「いいじゃないか。お前の前では格好よくいたいんだよ」


「まあ。そんなことを言われたのは初めてだわ」

「言いたいことは、言えるうちに言っておいた方がいい」

「それもそうかもしれませんね……。私も白状しましょうか。私が、魔法使いだと言ったことについて」

「……?」

「忘れるのも無理はありませんね。ほら、子供の頃……」

「ああ!……おいおい、何を言い出すかと思えばそんなことか。『私、魔法使いなの!』なんて、言ってたっけなぁ。子供の可愛らしい嘘じゃないか。白状なんて大袈裟な」


「あら酷いわ……まだ嘘だとは言ってないのに」

「じゃあ魔法使いなのか?」

「残念ながら普通の人間です」

「ならいいだろう」

「でも、魔法使いだったら、あなたを悲しませて、泣かせたりなんてしなくて、済んだかもしれないわ」


「……俺は泣いてなんかいないぞ」

「私と過ごした人生を、全て忘れて、残りの人生を幸せに過ごしてもらえたかもしれない」

「何度も言わすな。俺はお前と一緒だから幸せなんだ」

「あの日、私があなたにかけてしまった『恋の魔法』がとけたら、今あなたは笑ってくれるのかしら」

「……馬鹿言え。俺がお前を惚れさせたんだ」

「……泣かないで」

「……目をつぶっている癖に、泣いてるなんてわかるもんか」


「ねえ、私、ちょっとだけ未来が見えるかもしれないわ。やっぱり、自分のことだから『そのとき』ってわかるものなのね」

「『恋の魔法』なんてくだらない。……俺がかかったのはせいぜい『愛の魔法』だ。生きていく力をもらえる魔法なんだ。……お前がたった一言、『愛してる』と言うだけで、簡単に幸せになっちまう」




「……愛してる。ずっと。でも……その魔法はきっとあと十秒後には解けてしまうわ……」

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