第14話 神聖組


   第十三節 神聖組



 翌朝——。

 白河東湖は招集された日と同様に、一同を会館に集めた。当然そこには月岡愛鐘ら四国衆もおり、また何を言い出すのかと呆れた様子で彼を仰いだ。

 無論、昨晩の着物装束は身につけていない。まとっているのは招集日と同じ阿波高校の制服。今では少し肌寒く思う。特に足元が冷える。ミニ丈のプリーツスカート故に、洗練された長くしなやかな脚部は、この異様に低い館内の温度に凍えた。

 何せ夏服のまま、無一文で上洛したのだから。他の衣類など望むべくもなく、

「(新しい服欲しいな……)」

 などと、此処に来てようやく女の子らしい思いが芽生え始めていた。

 上京時、着用していた黒ストッキングは色々あっておしゃかになった。此処では決して口には出来ないよんどころない事情である。

 十八歳にもなる年頃の少女ならそう珍しくないだ。深くは訊くな。鬼小町といえど愛鐘も一人の女の子。知られると恥ずかしい事の一つや二つ存在する。

 さて、壇上に上がった白河だが、今回は律儀にも備え付けのマイクを使うようだ。

 電源を入れ、彼は一座に向けて声をのせる。

「皆心して聴いていただきたい。諸君らが此処に招集される以前より、この私が常々嘆願していた政府的な五月雨の弾圧作戦がついに受理された」

 関心無くあくびをしていた愛鐘の目が、突然白く光った。

 驚いた。

 それでは公式的に武力行使を行い、内戦を始めるということか——。

「日米合同演習にて作戦を立案し、その白兵戦稽古を、北辰一刀流の免許を皆伝している私が請け負う事となった。そのため、私は本日をもって明神組を立たせてもらう。全ては御国のため、この身を捧げる覚悟である。なお、本作戦は自衛隊に所属していない新規の隊員も募集している。無論、最前線での活躍は残念ながら期待できない。だが国防のため、少しでも御国に尽力したいという勇気ある者は是非ともついて来て欲しい。——以上‼︎」

 去り際、彼の呼び掛けに賛同した者達は、その後を追うように、共に会館を退室。のち、身の回りを全てまとめるなり、正午を待たずして神社を去った。

 残ったのは、なんと愛鐘を含めて十六人だけである。

 土の上を転がっていた木の葉が、木枯らしとなって寂しく舞い上がる。

「——えぇ〜………」

 愛鐘達が残った理由は言わずもがな——白河東湖がいけ好かないからである。

 しかし、彼女たち四国衆と花沢華奈を除いたその他の者達は、何上ついて行かなかったのだろう。公式的な攘夷の弾圧となれば、さぞかし国民から持てはやされるだろうに——。

 寂れた境内で、愛鐘は漠然と尋ねてみた。

「……えっと、皆さんは何上ここに残ったのでしょう……」

 最初に手を挙げたのは、とある五人組。彼らはなんと——。

「俺達は花沢さんの腹心なんだ。訳あって彼女とは長い付き合いでさ、神道館では苦楽を共にしたもんさ」

 その花沢華奈ご本人はというと、神木であるくすのきを見上げるばかりでこちらに関心がない。

 けれど、彼はどこか微笑ましげだった。

「——そうだ申し遅れた。俺は逢野おおの賢志けんし。免許は皆伝済みだ。よろしく」

「はい。こちらこそ——」

 逢野賢志に並び、山内やまうち悠真ゆうま蔵前くらまえ綾香あやか小椋おぐら美唯みゆ狭山さやま若葉わかばら五人が、共に花沢一派となり、逢野以外の四人は目録とかなり腕が立つらしい。

 さて、残る四人だが、振り返ってすぐに、一人の少女が積極的な名乗りをあげた。

 やや小柄で華奢な姿体を持ち、それでいてどこか掴みどころがなく飄々ひょうひょうとした佇まいの女の子。

 白い肌に、やや薄くもしっかりとした潤いを持つ血色は病弱に見せないだけの不思議な瑞々みずみずしさがある。

 薄紅色の瞳はどこか儚げで、長い睫毛まつげの下で淡い光を灯す。

 肩口で切り揃えた真っ白な髪は裏地が真朱に染め上げられており、出で立ちとは裏腹に、多彩な印象を受ける。

 服装は白のロングTシャツに、黒いベルト付きのタックショートパンツとかなりラフだ。キャステットでも被れば少しは見栄えもありそうなものだが——。

 飾りっ気がなく、悠然とした奥ゆかしい少女というのもまた一つの魅力であり個性なのだろう。

 彼女は、色のない声で口上する。

原田はらだ彩果さやか、十九歳」

 年上かい。

 しかも思っていたより気が強そう。

「呆気に取られて悩んでいる間に取り残された。出身は愛媛。よろしく」

 なんと不憫な……。

 ん——?

「愛媛——⁈ じゃあ同じ四国洋館なんだ!」

「一応……」

 直後、嵐と見紛うほどの勢いで、桜色の頭をした馬鹿が原田に抱きついた。

 まさしく、花吹雪の如し——。

「きゃあぁ〜っ‼︎ 何この子‼︎ めっちゃ可愛いぃ〜っ‼︎ 小動物みたいっ‼︎」

 おい徳山。話の途中だ。引っ叩くぞ。——というか華奢な体型はお前が言える立場じゃないだろ。

 ただ彼女の言うことも理解出来ないわけではない。

 この原田彩果と言う女は極めて童心的で愛くるしく、さながら、子猫のような可憐さで溢れていた。桜でなくとも、彼女の年齢を知らない一般人なら、やはり声は掛けるだろう。——色んな意味で。

 白い目を向く愛鐘を放置し、徳山桜は原田を両手で抱き上げた。

「かっる〜い‼︎ 四十七キロくらい? 身長は一五四センチだよね‼︎」

 なんで分かるんだよキッショ。

「彼氏は居るの⁈」

「は——?」

「体はどこから洗うのかな⁈」

「いや——」

「オ◯ニーは週に何回して————」

 刹那、桜の横っ腹に鋭い雷撃が轟いた。

 月岡愛鐘の渾身の回し蹴りが炸裂したのである。

 あえなく無限の彼方を望む徳山桜の人体。

 花吹雪——もとい、突風に巻かれた木屑のように吹っ飛んでは、待ち構える森林のことごとくを薙ぎ払った。

 巻き上がる粉塵に、わずかに大地がきしむ。

 残心する愛鐘はゴミを見るようなまなこおもてに携え、遥か彼方の散り花をさげすんだ。

「黙りなさい長州人。さもなくば粛清しゅくせいするわよ」

 ——いや、もうしてる。

「ごめんなさい、うちの馬鹿が……いえ、正確にはなんの接点も無かったんですが——」

「は、はぁ……」

 原田の顔は呆れているようでもあり、呆然としているようでもあり——。まさに混乱の最中にあった。

 面目を改め、桜の無礼を詫びる愛鐘に続き、遠星美海も次いで顔を出した。

「彼女には私からも言っておくわ。今後仲間としてやっていくのに、あ〜いった無神経な人間はイヤだものね」

 慣れない笑みを浮かべる美海。

 すると誰かが言った。

「——相変わらず無愛想なのですね——〝韋駄天いだてん〟さんは。もう少し外交的な物腰をしてあげてはいかがですか?」

 突拍子もなく口ずさまれた異質な単語。

 耳にするや否や、原田彩果の形相は険悪になった。

 発声源に目を向けていた愛鐘達はそれに気づかない。

 眉根を寄せる美海。

「韋駄天?」

 怪訝に問い掛けると、愛鐘が続く。

「失礼ですが、あなたは?」

 物陰から現れたのは、またもや女——。

 濃淡鮮やかな藍色のセミロングヘアを、左肩にゆったりとかぶせた大人の女性。よって右耳は露出し、成熟した淑女しゅくじょの凛々しさが一目の上に瞭然とさせる。

 涼しげな目の下には泣きぼくろがあり、人目を魅了するには充分すぎるほどの御尊顔。原田とは実に対照的な存在感だ。

 服装も極めて大人っぽく、白く清楚なボリュームスリーブブラウスは、ネックに花柄が飾られ、橙のロングフレアスカートを履いて淑やかに決めている。その裾が秋風に揺れ、彼女はいたく柔らかな物腰で、上品な立ち振る舞いをみせる。

「——申し遅れました。わたくし来島くるしま伊予いよと申します。二十一歳です。韋駄天というのは原田さんの通り名でして、彼女、足がすっごくお速いんですよ。わたくしは、そんな彼女と同じ道場で稽古に励んでおりました。流派は種子田しゅしだ宝蔵院ほうぞういん流で、どちらも免許皆伝です」

 麗らかな春の風に当てられているような、実に心地の良い声音。心の中の穢れが余さず浄化されるようだ。

 名乗られた流派は愛鐘にとっては全く聞き馴染みのないものだったが、美海にはあった。

「……てことは、二人とも槍術の使い手なの?」

 ここに来て剣客以外の人物に初めて出会った。

 美海の目がわずかに光る。

 愛鐘も、少々興味深そうに目を張った。

 興味津々な二人を前に、来島は穏やかな笑みを残す。

「ご存知でしたか。わたくし達のような弱小流派が、神子の方々にまで認知されているだなんて——至極光栄でございます」

 礼儀正しい御仁だ。

 愛鐘はこう言った慎ましさを忘れていない人が好きだ。

 先刻のような無礼者には然るべき罰を与えるべきだと、幼い頃から思っている。

 さて、原田の様子だが、彼女は例の異称で呼ばれることを良しとしていないようだった。

 可愛い顔にしかめめっ面を浮かべ、いまいち恐ろしさに欠ける相貌を携える。

「伊予、その呼び方やめてっていつも言ってるでしょ」

 声の色から、怒っているつもりなのだろうが、どうにも可愛さが捨てきれていない。

「あらごめんなさい。気を抜くとついうっかり……」

 来島も、謝っているつもりであろうその顔には、小悪魔的な茶目っ気が見られた。

 なんなんだこの二人……。揃いも揃って顔とセリフが一致していない。

 残るは二人だが、——大したやりとりはなく、ただの自己紹介に終わった為、名前だけ記述して端折はしょらせていただく。

 一人目は、現二十代目徳川家当主・徳川菊家きくいえの知人というか腹心というか側近というか家臣かしんなんですけど、——一柳ひとつやなぎ 直哉なおや。十九歳。天然理心てんねんりしん流・目録。

 一柳家の歴史は話すと長くなるので端的に——。

 戦国時代、豊臣秀吉の下で色々あって出世し、関ヶ原以降は水戸徳川家の家臣として、三つの領地を統治する大名となった。

 明治の廃藩置県ののち子爵ししゃく(貴族血統。皇族では無い。国家功労者としての一種の栄誉称号。爵位しゃくいは五段階あり、子爵はその四位)に列せさせた。その後どうなったかは記録に無いが、よもやまだ続いていたとは——。

 二人目は京言葉が抜けない京女、室伏むろぶし 理北りほ。十八歳。彼女の経歴には一同言葉を失った。

 まず、親は赤報組せきほうぐみと呼ばれる組織を束ねる指定暴力団体ヤクザ。1987年に発生した赤報隊事件と関わりがあると見て警察に目をつけられていたりもした。

 事実、室伏家は幕末にて結成された草莽そうもう部隊の一味で、王政復古により官軍となった、薩長を中心とする新政府軍の一派だった。——赤報隊と呼ばれる彼らは、世直しの一つとして年貢半減(現代こんにちでいう税金減税運動)を掲げて数多の一揆いっきを実行。同じく年貢高騰に不満を抱き、旧幕府軍への疑念が抑えきれずにいた民衆にとっては英雄的存在だった。

 しかし、成功のきざしが薄いこの運動へ当時弱腰だった新政府は「官軍之御印」を出さず、文書による証拠を残さないよう保険を掛けた。

 案の定、財政的に年貢半減は不可能だとした新政府は密かに一揆の指揮を取り下げた。

「——やっべこれ絶対無理だわ。失敗したら威厳失くなるしアイツらのせいにしよ」

 結果的に年貢半減運動は全て赤報隊が勝手に決起したものだと責任転嫁。偽官軍としての烙印を押した。

「ねぇあの一揆なに? お前らが指揮したって聴いたんだけど」

「え、知りません。私たちなんも関係ないっすよ。なんかそういうデータあるんすか?」

 赤報隊は新政府に見限られた。

 結果的に、彼らは大罪人の号を背負い、処刑された。

 渦中、公家だったという理由で唯一処刑をまぬがれた一族がおり、それが、当時高松の性を名乗っていた室伏家だった。

 理北はその末裔まつえいだという。

 幼少の頃から京都試衛館にて天然理心流を学ぶが馴染まず転向。のち、よわい十六歳にして〝柳生やぎゅう新陰しんかげ流〟の免許を皆伝したそう。

 ——月岡愛鐘は、白河東湖ら脱退の件と例の日米合同演習とやらの事実確認をするため、防衛省・結城友成のもとを訪れ、室伏達の経歴を聞いた。

「——そうだったんですか」

 同行していた遠星美海も、その歴史はよく知っている。

「……赤報隊……。となった維新軍ね……」

 現代でも、彼らを供養するためのもよおしが聖地である諏訪にて行われている。

「……何度も何度も国民のために戦ったのに、何度も何度も裏切られて……」

 ふと、今の自分たちと重ねてしまう。

 もしかしたら、自分達も同じ結末を迎えるかも知れない、と——。

 愛鐘の顔が上がる。

「それで、白河さんが政府管轄の合同演習に参加するとおっしゃって組織を離反したのですが、本当なんですか?」

 結城の顔は、不可解そうに歪んだ。

「いや、知らないな……なんだそれ」

 やはりか——。

 差し詰め、暗殺の恐怖に怖気付いたことを誤魔化すための口実だったのだろう。

 想定内だ。

 で——。

「おかげで現在明神組の人数は壊滅的です。状況は五月雨の弾圧どころではありません。新しく人手を募る許可をいただけますか?」

「いいよ、許可しよう。でもその前に、君たちには、隊の規則と役割をつくってもらう。現状、烏合を統率するルールもなければリーダーも居ない。そんなあやふやな組織では、新規者達の信用は得られない。そうだろ?」

 おっしゃる通りだ。

 主将が誰かも分からない状態では、団体の進むべき方向性や全体像も見えないだろう。

「せめて明確な組織の顔がいないと、いつまでもラベルのない商品のようなものだ」



 その夕。愛鐘は考えていた。

 一体どうやって役割を分担させようか。

 投票が無難なのだろうが、愛鐘には叶えたい願いがある。よって、自分以外の人間に、この組織を任せることがはなはだ気に入らなかった。

 だからと言って、無為に自分達を主将にすれば、己が独善と私欲が垣間見える。

 どうすれば——。

「美海ちゃんに頼ろっかな……」

 愛鐘の頭では、この難題は解決できない。

 親友の知恵が欲しい。

 愛鐘は、美海の部屋を訪ねることにした。

「美海ちゃん……その、……相談があるんだけど、聞いてくれる?」

 最初は戸惑った。なにせ愛鐘が相談事や悩み事を持ちかけてくるなんて今までほとんど無かったからだ。——否、彼女に苦悩などあり得ないことだった。

 しかし、いま確かに愛友は困ったように表情を曇らせており、その吐口はけぐちに自分を選んでくれた。即ちそれは、それだけ愛鐘が美海のことを信頼しているという証。美海にとってはこの事実が堪らなく嬉しかった。

 冷淡だった氷の美貌に、真っ白なアザレアの花が一面に満開した。

「もちろんっ‼︎」

 それからの美海は、言ってしまえばキャラ崩壊に近かった。

 華やぎすぎた心はとうに限界突破しており、頬の筋肉組織が役割を果たしていない。

 この上なく鮮やかな笑顔で、傍らから愛鐘の話に耳を傾けていた。

 愛鐘の調子が、少しだけ狂う。

「……え、えっとね、実はかくかくしかじかで——」

「うんうんっ! それなら、局長を二人にすればいいんじゃない?」

「ふ、ふたり——っ⁈」

「別に珍しい事じゃないわ。今この組織は二つの派閥に大きく分かれているでしょう?」

 美海の笑顔に変化が現れる。

 依然として華やかな美貌である事に変わりはないのだが、どこか莞爾とした、生き生きしたものへと転換した。

「私たち月岡派と、花沢派」

 月岡派? ——え、私がその派閥の中心核なの? なんで?

 素っ頓狂な顔を浮かべる愛鐘だが、思い人に頼られた美海の饒舌じょうぜつは止まらない。

「月岡は無論、愛鐘、私、憂奈、エマ、玲依…………桜?」

 なんで最後疑問系?

 けれど確かに、徳山桜の立ち位置は少々曖昧だ。

「対して花沢派は、花沢華奈を中心に、同じ神道無念流の門徒達五人」

 確か、逢野賢志、蔵前綾香、小椋美唯、そして狭山若葉だったはず——。

「ここで重要になってくるのが、このいずれにも属さないはみ出し者を如何いかにしてこちら側に引き入れるかよ。組織の規則や方針を、この二つの派閥から選定した局長二名によって取り決め、その下にもう一つ、副長という役職を設けるの」

「ふ、ふくちょう?」

「ええ。この副長は四国派閥から選定し、局長二名の裏で実際に組織の統率を行う重要な役割を担うわ」

「なるほど! つまり、お店の経営や方針を会社と相談しながら決定する店長は普段営業には出られないから、実際に従業員の人達とお店をまとめていく副店長のような指導者が必要ってわけなのね!」

「えぇ……、——あ、うん……まぁいいわ、それで——」

 店長は店の経営のため社長さん方と会議三昧。——なので、実際に店舗営業をするのは、副店長とその他の社員さん方。おそらくどこの飲食店でもやっているこの仕組みを、我が明神組でも採用していこうと事らしい。

 二人の局長は、言わば会社全体の社長と店舗ごとの店長だ。

「そいじゃあ早速作ってくばいっ‼︎」

 密室二人で地言葉を存分に吐き出し、——朝を迎える。

 朝礼——。

「ちゅ〜も〜くっ‼︎」

 境内に十六人を集め、愛鐘は両手に携えた紙片を読み上げる。

「これより、これからの活動を行うにあたって定めた役職を発表いたします‼︎」

「ちょっと待ちなさい」

 手を挙げたのは、またもや花沢華奈である。

 忌々しげに愛鐘を睨みあげ、大衆の最前へと躍り出た。

「なに勝手に決めているのよ。そういうのは皆んなの投票で——」

「お言葉ですが花沢さん、今回のこの案件は、私と月岡さんが結城友成御公儀から直々に任されたものであり、この通り結城公の印鑑もたまわっております。私たちを組織し統治している主君は結城友成公であり、お忙しい彼の代わりに、組織内における統率の完結を義務付けられました。いくら年長者のあなたと言えど、既に主君によって可決されたこの件に関しては、意見する事は認められません。それでも物申したいことがあるようでしたら、防衛省にて直接結城公をお訪ね下さい」

 遠星美海の強い発言の下には、確かに結城の朱印が刻まれた託宣があった。

「ぐっ………」

 言葉を失う花沢。

 愛鐘は彼女へ微笑みを残し、再び一座へと向き直った。

「初めに、本組織には、客観的な視点でより正確な隊の取り決めを行うことが出来るよう、局長を二人設ける事に致しました‼︎ 名も改めさせていただき〝神聖組〟といたします‼︎ では、まず一人目の局長は、元皇族でありながら、神道無念流の免許皆伝を果たし、多くの支持者を獲得している——花沢華奈さん‼︎」

 落ち込んでいた花沢の顔が、朝日のもとに再び浮かび上がる。

「は——?」

 なぜ、と言わんばかりの表情だ。

 だが、理由は述べた。それ以上でもそれ以下でもない。彼女が決める事なら皆が一概になってついて来てくれる——そう信じたからだ。

「おめでとう御座います花沢先生‼︎」

「さすがです‼︎」

 同朋達から讃美の声をもらう花沢。わずかに頬の色が熱を帯びた。

「続いて二人目の局長は、遠星美海‼︎」

 発表する愛鐘のすぐ傍らに、一同の視線が収束した。

 当然だが、元より昨夜から知っていた美海の様子に変化はない。相変わらず落ち着いている。

「なんであかねんじゃないの?」

 疑問を抱いたのは桜だけではない。憂奈もエマも玲依も、四国衆月岡派は皆がいぶかしんだ。

 確かに、この中で一番強いのは愛鐘だろう。

 しかし、隊の統率は力だけでは成り立たない。

 愛鐘は、美海から傾けられる彼女達の視線へ、お茶目な笑みを浮かべて見せる。

「わたしバカだからっ♪」

 組織の取り決めとか向かないわ! テヘペロ♪

 ——と言うのは表の理由。

 なにせ愛鐘には、花沢にも月岡にも属さないはぐれ者たちから信頼を集め、月岡派に誘引する役割がある。よって、彼らと密接に関われる立ち位置でなくてはならなかったのだ。

 ——と言うのが裏の理由。

 月岡愛鐘の野望は、愛しき思い人の願いを成就させることであり、同時に救済すること。

 表舞台で台頭し、彼との再会を果たしたいと言うのが、——本当の理由。

 つまり——。

「そして副長はこの私、月岡愛鐘が担う事となりました‼︎ 局長の御二方には、これから先の隊の取り決め、規則、方針を常に試行錯誤して頂き、その律令のもと、副長の私が、皆さんを統率します‼︎ 今後は各番隊も決める予定ですが、それにはまず、今よりもより多くの隊士たちが必要です‼︎ しかし我らは隠密‼︎ 隊士の募集は記録を残さず、内密でなくてはなりません‼︎ ——よって‼︎ 勧誘方法は私たちが直接おもむき、日本各地の道場をしらみ潰しに探していく事とします‼︎」


『は——?』


「カチコミじゃアアアアアァァァァ————ッッ‼︎」


 つまりは道場破りである。

 さすがは阿州の鬼小町。喧嘩以外の解決方法を知らぬ女だ。

 しかし、美海でさえも他に記録の残らない募集方法が浮かばず、結城も頭を悩ませた。

 招集令状も手紙である事からリスクがあり、二度目は危険と判断した。

 こうして、一行は南海トラフ巨大地震以降の冒険活撃を強いられる事となった。



 演説を終えた愛鐘は身支度を整えていた。

 隊士募集にあたり組まれた班は四人一組。総勢十六人なので班を四組作ることが可能で、東西南北それぞれに散ることになった。ちなみに美海の案である。更にそこから各道場をどう回らせるかはその班に任せる事にした。

 支度を終え、再び境内に集まった一行は、等々班決めに取り掛かる。

 くじ引きか——。

 じゃんけんか——。

 グッパーか——。

 野球拳か——。

 そんな時、愛鐘はエマと玲依の身形に違和感を覚えた。

「——そう言えば二人とも、刀を持っていないんですね」

 キョトンとする二人。

 ——そう。彼女達以外の者達は全員、腰に大小二振りの刀を帯びている。

 槍使いの原田や来島でさえ帯刀している。——もっとも、原田彩果は大刀一振りだけのようだが……。

 艶やかな蠟漆ろうるしの中に、青貝を用いて蝶を形作った鞘が凛然とあてがわれている。

 柄は白の鮫皮に紫色の正絹しょうけんを蛇腹糸組み上げ巻きに仕上げており、つば青条揚羽あおすじあげはと瑠璃唐草を彫刻した堅丸形かたまるがた赤銅魚子地しゃくどうななこじ

 なんとまぁ華やかな——。

 原田の拵を横目に、エマは苦笑する。

「いやぁ〜、助けてもらったお礼に何かしたいって、大口叩いて来たはいいものの、元々平凡な高校生だったから……」

 言われて気づく。

 ——そうだ。元より彼女達は被害者だ。

 鍛錬していたわけでもなければ、攘夷や五月雨への対抗意識があったわけでもない。

「……やっぱ分不相応だよね、ワタシ達……」

 明らかな力不足に、落ち込むエマ。

 玲依も愛鐘と目を合わせる事ができなかった。

 エマは玲依の手を取り、最後に愛鐘へ頭を下げる。

「……山口に帰りますね。多分……退き還すなら、今しかないから……」

 瞬間——。

「——ちょおぉっと待ったアアアァァ‼︎」

 一際大きな声が、遠方から響いては近づいて来た。誰であろう——朝陽憂奈である。

「お嬢さん、嫌がらせをされた攘夷志士に、目にもの見せてやりたいと思いませんか?」

「——へ、?」

「チー牛ちゃん、厳しい現代社会と息苦しい学校生活の板挟み——辛いですねぇ〜」

「ち——ッ⁈」

「良い子の皆んなぁ〜? った斬りたい魔獣のお友達、居ないかなぁ〜?」

 クルッと一回転して、彼女は溜塗たまりぬりが色濃く艶めいた鞘を前に掲げる。

「——そんなお悩みスパッと解決‼︎ 私おすすめの御刀に興味はございませんか?」

「営業?」

「詐欺師」

「何この茶番」

 唐突すぎる憂奈の訪問販売に、ツッコみを隠しきれない愛鐘と美海と桜。

 当然だが、エマや玲依も唖然とした。

「……えっとぉ……………なに……これ…………」

「あたしの刀、金烏きんう一文字いちもんじだよ。上京する時に打ってもらったんだあ!」

 現代刀ってこと——⁈

 憂奈の刀は、花沢華奈と共に白河東湖を討とうとしたあの夜が初お披露目だった。

 奇しくも二人の喧嘩を仲裁する過程が初見となってしまった。

「……き、キレイ……だね……」

「でしょでしょ⁈ 観るもヨシ! 使うもヨシ! せっかくなんだし、エマちゃんや玲依ちゃんも刀打ってもらおうよ! 頑張ってここまで来たのに帰っちゃうなんて勿体ないよ!」

 いや、そういう問題じゃない。

 朝陽憂奈はこの選択が何を意味するのかをまるで理解していないようだった。

 愛鐘が、彼女の肩を引き止めた。

「——憂奈ちゃん。私たちが直面しているのは、戦場と、殺戮です。そこに、戦う目的や人を殺める覚悟の持たない無関係の方を巻き込むことは、決してあってはなりません」

 少し強く、半ばしかりつけるようにさとした。

 けれど憂奈は、

「でも……」

 寂しげな顔をした。

 彼女の言う〝勿体ない〟の所在は、エマや玲依の勇気ではない。

 災害に被災する中で偶発的に出逢い、助け合い、共に過ごす中で育んだ友情、——いては絆のことを指しているのだろう。

 憂奈にとっては、ここで別れてしまう事がどうしようもなく辛く、怖いのだ。

 一人、また一人と自分を見限り、離れていく過去がしきりによみがえるから——。

 物憂気な彼女のくすんだ瞳に、愛鐘は美海から聴いた彼女の過去を思い出した。

 きっと憂奈は孤独を恐れている。

 出会った当初、どうにも気の強かった彼女が、今では無邪気な女の子へと回帰している。おそらく、独りぼっちだった頃は、孤独から自身を守るために強気に振る舞う他なかったのだろう。

 成人するにつれ背負うものが増し、大人になっていった愛鐘とは、全くもって対照的な存在だ。

「憂奈——」

 彼女はもう孤独ではない。隣にはいつだって、愛鐘や美海——そして花沢華奈が居る。そう教えてあげようとしたのを待たずに、伏見玲依の口が勇ましく開いた。

「——わ、わたしは……残る……」

「え……?」

 予想外の決断に、思わず振り向く愛鐘と美海。

 憂奈も玲依を見やったが、その相貌は至極嬉しそうだった。

「れ、れい……?」

 いつになく強気な幼馴染の様子を、不可解に思ったエマは、どこか恐ろしげだった。

 けれど玲依の真意には、誰よりも一途で揺るぎなく、実に武士らしい大義があった。

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