鳥人が訪ねてくること
人魚は嫌い、歌うようにダイサギの鳥人は言った。
鳥人は人間と鳥の特徴を併せ持った異形である。鳥の尾と足を持ち腕の代わりに翼がついているそうだが詳しくは知らない。目の前のダイサギの鳥人は着るもので体の大半を隠しているためひょいと見ると普通の女のように見える。鳥人は声で人を惑わし食うのだという。鳥人打ちから聞いた話である。
おれのうちは代々人魚釣りをしていた。親父の代で廃業したか知識は継いだので、おれは異形の中でも人魚には詳しい。鳥人は全くの専門外である。海辺に鳥人がでることは稀なのだ。
にこり、とダイサギの鳥人が微笑んだ。
「久しいね、人魚食い」
釣りをするおれのそばにダイサギの鳥人は立っている。恐ろしく背が高いので威圧感があった。釣り竿を握る手のひらに汗をかく。知識もなく、なんの対策もしていない人間が異形に向き合えばたちまちに食われる。おれは死を覚悟した。
「海風ってよくないね、髪が乱れる」
こちらが黙っているというのに鳥人は柔らかに話を続ける。
滑らかにひとと喋ることができる鳥人は珍しいらしい。おれは眼前の鳥人がねぎらいや世間話ができることを知っている。一度知らずに市で話したことがあった。なぜだか小さな羽を貰い、それは怪我をして飛べなくなったカラスの鳥人へやった。まだ暑い頃の話である。
そう固くならないでおくれ、ダイサギの鳥人はふふと笑った。あまりに人間らしすぎておれはどうしたらいいのか分からない。つい癖で顔を見ないようにしたが完全に目を離すのは危なく思えて、釣り竿が引かれるのにも反応できない。
「カラスが世話になったねえ」
「おれはなにもしていない」
反射で返事をしてしまった。会話をしてはいけないと聞いていたのにうかつである。己を責めたがどうしようもない。おれは恩を売ったつもりはないのだ。
謙虚さね、ダイサギ鳥人はどうにもご機嫌らしかった。
本当はもっと早く見つけ出したかったこと。鳥人の情報網に引っかかるときは忌々しい鳥人食いが一緒にいたので声をかけられなかったこと。先日ひとりでいたので同族に後をつけさせたこと。ダイサギの鳥人はこちらをなだめるように喋る。おれの遠出を把握されていることを知って背筋に汗が伝った。
「わざわざ来ることもないだろう」
掛け値なしの本心である。
つれないね、ダイサギの鳥人は楽しそうだ。気を抜くと人間と会話している気になってしまう。そこがまた恐ろしい。緊張でどうにかなりそうだった。
「人魚は嫌い。だから人魚食いは好きさ」
他にも理由はあるけどね。ダイサギの女の話は続く。
人魚釣りではなく人魚食い、鳥人打ちではなく鳥人食いと呼ぶところに異形を感じた。よく似ているのに耳慣れない言葉は妙に落ち着かない。
「相変わらず毒花を抱えて」
思わず首から下げたお守りを見る。中には猛毒であるキョウチクトウの人魚の花弁が一枚入っている。どうしてそれを知っているのか。
「飽きたらおいでって言ったのにね、未練かい?」
答えなくても分かっているだろうに。おれはうめくことしかできない。キョウチクトウの人魚のことは自分でも困っているのだ。おれもいつかキョウチクトウの人魚の面影を追って海に返ってしまいそうで嫌だ。情けないことである。
ダイサギの鳥人がすっと海を見た。首の動きにつられておれも海を見る。
人魚が十匹近く、じっとこちらを見ている。
人魚が群れるところはあまり見ない。二、三匹ならまだしも五匹以上いると圧巻である。
「面倒なのがきた。またね」
は、と鼻で笑って鳥人は歩いて去っていった。おれは人魚の群れを視界に入れたまま釣り道具を片付ける。キョウチクトウの人魚、テングサの人魚、馴染みの鉱石人魚もいる。普段野生を忘れたかのような振る舞いをする鉱石人魚ですら圧を放っていた。
釣り道具を抱えてじりじりと転ばないように気をつけて後退し、振り向いて一気に走り抜ける。無事に家に入ると足から崩れ落ちた。心臓がうるさく脈打っている。まだ生きている。
生きた心地のしない日だった。
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