川人魚を見に行くこと

 川に住む人魚を見に来て欲しいと鳥人打ちから連絡が来た。

 鳥人打ちは内陸で鳥人とときどき獣人を駆除している。人魚は専門外らしい。おれのうちは親父の代で人魚釣りを廃業にしたが、人魚についてはそこらの学者よりよほど詳しい。内陸の学者と異形狩りはたいてい仲が悪いのもあって話が回ってきたのだろう。

 先日人魚につられて海に帰りかけた身としては正直に怯んだ。ただ海から離れられるのは助かる。返事を送って遠出の準備をした。

 乗合に揺られて海から遠ざかる。波の音が聞こえないのに気がつくと後ろ髪を引かれた。乗合から降りるわけにもいかないので遠くを眺めて暇をつぶす。荷物の中には人魚釣りのための手銛や携帯用の竿と桶、手土産の干物なんかを入れた。首から下げたお守りには猛毒であるキョウチクトウの人魚の花弁が入っている。

 体格のいい鳥人打ちの女に迎えられて山道を歩きがてら話を聞く。

 川上に魚を釣りに行ったものがずたぼろの死体となって流れてきた。怪我の形が鳥人ではない、獣人よりも爪傷が浅い。川人魚が住み着いてるかもしれないと鳥人打ちに相談が入ったそうだ。

「助かったよ」

 獣道をかき分けて進む。今度はおれが人魚の話をする番だった。人魚と目を合わせてはいけない。滅多にないことだが歌が聞こえたら近づかない。

 人魚も歌うのかい、驚いて振り向く鳥人打ちに頷く。歌わないのがほとんどだが、歌うやつが出ると村ごと潰れると言われている。

 たちが悪いね。鳥人打ちの言葉を肯定した。鳥人はひとの言葉を喋るだろうと聞いてみる。

「そうだとも。耳を傾けちゃあいけない」

 話すこと自体が駄目らしい。支離滅裂で話が合わなくてもなぜだかまた話したいと山へ入ってしまうのだと言う。以前、市で鳥人と話をしてしまったことがある。どうにもおれは運が良かったらしい。

 会話をしているうちに目的の川淵まで着いた。おれは地中からミミズを掘り当て餌にして携帯用の竿で釣りをはじめる。魚がある程度釣れたらその魚を餌にするつもりだ。川の人魚が人間の釣りを知っているかは分からない。知っていれば向こうから来るが、知らなければ川に入ってみる必要がある。海と川はまた違った危険があるからそれは避けたい。

 鳥人打ちはどこかへ行ってしまった。なにか考えがあるのだろう。

 魚が釣れる。川の魚には詳しくない。桶に入れてもう少しミミズでの釣りを楽しむ。海釣りと違って川釣りは餌が流れてしまう。餌を引き上げたり投げ込んだりと繰り返していると視線を感じた。ちらりと確認すれば人魚が川べりにあがってきていた。

 釣りを続ける。人魚はゆっくりと近づいてくる。手銛がすぐそこにあるとはいえ、緊張する。人魚が竿に引っかからなくてよかった。携帯用の竿は脆いから釣り上げられる自信があまりなかった。

 川岸に人魚があがる。さきほどまで釣っていた魚によく似た下半身をしている。横に通った筋、黒く規則的に並んだ楕円模様。なんという魚だろう。

 竿を戻して手銛を取る。さて、どうやって距離を詰めるか。息を殺してタイミングを図る。

 ずどん、と大きな音がした。鳥が一斉に飛び立つ。血を出して人魚が倒れる。音に驚いたおれは立ちすくむ。

「早かったね」

 鳥人打ちが後ろからでてきた。茂みに潜んでいたらしい。手に持った火縄銃から煙が出ていた。人魚を撃ったのだ。

 人魚の死骸を背負って来た道を帰る。鳥人を撃つときは隠れてじっと待ち、機を見て一撃で仕留めるのが定石だと言う。全く知らなかった。背中の人魚に視線をやる。ヤマメという魚の人魚だった。

「こいつはどうする?」

 食べるよ、当たり前のように鳥人打ちは答えた。鳥人打ちに持ってもらった桶にも二、三匹の魚が入っている。ふたりで食べるには多すぎた。

 依頼してきた里人にヤマメの人魚の死骸を見せて謝礼をもらう。桶の中の魚は買い取ってもらった。

 開けた河原でヤマメの人魚を解体する。鳥人打ちは興味深そうに眺めていた。鳥人や獣人はもっと食べる部分が少ないらしい。借りたナイフで鱗を削ぎ骨をのぞき肉をわける。異形の食べ方について意見を交換し、焼いて食べることにする。

 人魚は懐かしい味がした。

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