人魚が浜に打ち上がること
遠くない浜に人魚が打ち上がったらしい。
子供らがちょっかいをかけるからとおれが呼ばれた。新しく作った布袋にキョウチクトウの人魚の花弁を一枚入れて首にかける。ガラスの器に残った花弁は二枚。惜しむ気持ちを清々したと言い換えて誤魔化す。
生きてるか死んでるか分からない人魚を見に行くと、壮年の女が人魚から少し離れて網を繕っていた。子供らが近寄らないように見張っているのだという。肝心の人魚はぐったりと浜に横たわっているがまだ息がある。子供らが魚をやったらしく食べていたそうだ。女も乾かないようにときどき塩水を桶で掛けているらしい。危ないことには変わりないし、沖に返したほうが後腐れがないだろうと話をつけた。
打ち上がっていたのはサンゴの人魚だ。大きなヒレが赤色の骨軸で支えられて扇状に広がっていた。昔は高く売れたというが、近年では人魚の売り買いは大悪である。浜で死なれても処分に困る。一度帰って翌朝舟を出すことにした。
仕舞ってあった舟を点検する。舟で人魚を曳くとなれば体力がいるだろう。手銛と網を舟に乗せて早く寝た。
朝日が出る頃に舟を出す。先日キョウチクトウの人魚に絡まれたことを思い出していささか緊張するも、行きは問題なく浜へと着いた。舟を浜に上げると待っていた大人衆と改めて話をする。
サンゴの人魚を網に入れて牽引し、沖で網の片側を外してサンゴの人魚を投棄する。網に入れるときだけ人手を借りるよう頼んでいたのにうまく伝わっていなかったらしく渋られた。さすがに一人でできる作業ではない。条件を呑んでもらえないようなら出直すか、と諦めかけたときだ。
女の悲鳴が上がった。
見ればサンゴの人魚に向かって走っていく子供がいる。弾かれたように足が動く。子供は警戒心などないのかサンゴの人魚の手の届く範囲にあっさりと入り込んだ。なにをしているのかサンゴの人魚から離れようとしない。サンゴの人魚の腕が動いた。おれは子供の襟を掴んで引っ張る。ひらりと鋭い爪が子供の頭のあった位置を掠めた。
固まって動かない子供を抱えて人魚から離れる。大人たちが子供の無事に安堵の息を漏らした。悲鳴を上げた女が近寄ってきて子供の無事を確かめている。サンゴの人魚の口元には干した魚が当てられていた。子供は餌をやろうとしたらしい。
すぐにでも人魚を片付けたい、と話がとんとん拍子に進む。網に入れたサンゴの人魚を牽引して舟で沖を目指す。陸から離れる流れに乗り、ほどほどのところで流れから更に沖に出た。
網の片側を離すとサンゴの人魚はふらりと海底に沈んでいったように見えた。尾ビレがわずかに動いていたからまだ生きてるだろう。
網を全て舟にあげて浜に戻る。戻る方が体力がいる。サンゴの人魚が変に暴れなくてよかった。日が沈む前に元の浜に戻った。
報告を終えて帰ろうと舟に寄った矢先だ。
「にんぎょは、ひとがきらいなの?」
散々怒られたのか涙を目に貯めながら子供が聞いてきた。わっと話し散らす子供によると、魚をあげたら食べていた、いままであんなことしなかった、ちょっと笑っていたという。
「人魚からするとお前くらいの子供は特に美味しそうなんだ」
おれが子供だった時分にさんざ聞かされた人魚の話をしてやると子供は更に泣いた。人魚はずる賢いし計算高い。自分が海に帰れる機会を逃しそうだったから子供を利用したのではないか。本当に食べたければとっくの昔に食べていただろう。まあこちらは言わないでおく。
「もう人魚に近寄るなよ」
泣いてる子供の頭を撫でて舟を出す。月夜の海もなかなかに居心地がいい。舟唄など歌いながら家へ向かう。ちゃぽんと遠くで人魚の跳ねる音がした。警戒しながら進んだが、それきり姿は見なかったので気の所為だったかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます