内陸へ出かけること(前)
内陸の家族への土産を見繕う。妹には本、両親には干した魚や海藻がいい。学のある友人から内陸で買ってきてほしいものがずらりと書かれた紙を渡された。ついでのように物書きへの手紙も預かる。それから色付き眼鏡を渡される。
「目を見られるのが嫌いなんだろう」
行商から買ったものだそうだ。おれの赤い目を隠すには確かにちょうどいい。内陸には異形食いなど稀だから、隠さず行けば好奇の目に晒されるだろう。礼を言えば手元の紙を指してにこりと笑った。駄賃らしい。
首に布袋を下げて借り物の大きなリュックサックを背負って乗合を乗り継ぐ。昼は四足が、夜は六足が引く客車はガタガタと硬い揺れ方をする。舟の乗り心地が恋しくなり、最近人魚に絡まれるので舟に乗れないことも思い出してしょげた。
内陸へ近づくほど客車にひとは増え、道が良いのか揺れ方もマシになる。波の音も潮気もなく落ち着かない。三度ほど客車を乗り換えて明け方に内陸の街に着いた。
人懐こい六足たちがもふもふとした顔を近づける。煙をふかせている車掌に一声かけて干し魚を少しやった。物珍しいのか匂いを嗅いだりひっくり返したり互いに顔を見合わせたりしている。そのうちに一匹が食うと他のやつらも立て続けに食った。
「よくよく好かれるねえ」
振り向くと明るい髪色の青年が立っている。物書きだ。朝早くになにをしているのか問えば折角迎えに来たのに釣れないと大袈裟に嘆かれた。すぐに話は色付き眼鏡に移り、不良みたいだとからかわれた。
歩いて家族の家を探す。君から魚の匂いがする、あの店は甘味がうまい、あいつは元気にしているか。物書きはよく喋る。昔歩いた道はすっかり様相が変わっていて何度も地図を睨む。最後には物書きに案内されて小ぢんまりした家に辿り着いた。
扉を開ければ正面に母がいた。ん、と挨拶すると、ん、と返る。母は振り返って来たよ、と声をかけた。父がずんずん近寄ってきて手を出すので荷物を預けた。奥から妹が飛び出してくる。
「お久しぶりです兄様!」
白い肌と長い髪の妹は記憶よりも大きい。あれこれ話し始める前にとりあえず物書きを紹介する。荷物の見聞をしていたらしい父と飲み物を用意する母も顔を上げて頭を下げる。妹は大層驚いて口に両手を当てていた。
妹も物書きもよく喋る。どうやって出会ったのか、海はどうだったかと話は尽きない。おれは疲れたので縁側で昼寝をすることにした。物書きがいて助かった。
起きたら午後から出かける話になっていた。なんでも公園の池に人魚がいるらしい。こんなところまできて人魚もなにもないが、水が見たかった。妹は何度か人魚を見に行っているがまだ一度も見ていないそうだ。
「人魚釣りの娘なのに人魚を見たことがないんですもの」
池は怖くないらしい物書きと妹が軽快に喋るのを後ろから眺めて歩く。色付き眼鏡越しに見える街は相変わらず賑々しく落ち着かない。
公園の池周りは他よりもマシな落ち着きぐあいだ。水面は蓮だか睡蓮だかの葉で埋まっていた。ちゃぽちゃぽとわずかな水音に身を委ねる。
「今日はえらくひとが少ないね」
物書きが不思議だから聞いてくると離れると妹と二人きりになった。ぼんやりと池の植物を眺める。濃い緑の中から白い手がひらひらとゆれた。妹が人魚だと喜ぶ。
次から次にやってくる人魚は一様にこちらを見ている。妹に人魚と目を合わせてはいけないと改めて注意すれば頷いた。人魚の腰から下は白色、金色、赤色と華やかで、腰ビレには朝顔の花が咲いていた。アサガオの人魚たちは手を伸ばす。そうして池の浮き島にある黒い塊を指す。大きなカラスのような鳥人がぐったりとしていた。
なんとなくの閃きで首から下げた布袋を開ける。中に入っている小さな羽を水面に落とすとアサガオの人魚が拾ってヒレを返す。アサガオの人魚たちは浮き島の鳥人に小さな羽を渡し、鳥人はそれを飲み干した。
くぐ、と鳥人が小さく丸くなり、弾けるように高く跳んだ。鳥人は滑空したまま円を描き、赦す、赦すと何度か叫ぶとそのまま飛び去ってゆく。アサガオの人魚たちは大きく手を振って見送っていた。
「騒ぎになる前に逃げよう」
いつの間にか帰ってきていた物書きに頷いて、妹の手を取って公園を後にする。なにがなんだか分からないけど多分いいことをしたんだろうね君、物書きは甘味屋で笑い妹はなぜか胸を張っていた。
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