家族から便りがあること

 内陸に住む家族から便りがあった。

 人魚絡みの面倒を請け負ったのを小耳に挟んだらしい。親父の手紙には厄介事を押し付けてすまないくれぐれも無理はするなと見送ったときと同じようなことが並んでいた。後は近況が簡素に続けられている。妹の調子はよいそうだ。お袋からはなにもない。文字を書くのが苦手らしいのと元々の寡黙さが相まって手紙なぞ来たことはない。

 妹の手紙を読む時おれは少し緊張する。

 歳の離れた妹は内陸での暮らしの方が長い。潮風が身体に良くないと外に出ることも少なく、海に出てばかりいたおれとは同じ家で暮していても生活が合わなかった。その割におれに興味があるらしく手紙でも兄様はいかがですか、兄様はどう思われますとあれこれ聞いてくる。聞かれたからには返書を出さなくてはならずいつも困るのだ。そも兄様という呼び方が落ち着かない。

 女学校の流行りであるとか町の様子であるとか近頃好きなものを並べた手紙はなにひとつ馴染みがなくて座りが悪い。それでも囲炉裏のそばで熱が出るまでおれの袖を引っ張って話していた小さい妹を思い出して無下にもできない。おれは筆まめな方ではないので返書にまた時間がかかるだろう。

 ふと知った名前を見つけた。

 最近読んでとても好きになった本の作者としていつかの物書きの名前がある。女学校で流行った本から好きになって出ている本をすべて借りて読んだそうだ。おれはといえば貰った本を開かずしまい込んでいる。どうせなら妹にやろうと取り出す間に物書きから一緒に貰った手紙のことを思い出した。握り潰してしまったがモデルのお礼をしたいとあったはずだ。

 物書きに手紙を出した。妹が好んで本を読んでいるから貰った本をやりたい旨と折角だからおまえと会わせたいと用件をまとめて送る。家族へはそのうちそちらに顔を出すとだけ葉書を出した。

 小舟を出して釣り糸を垂れる。内陸へ行くのは辛いが返書を考えなくて済むから気は少し楽だ。祖母のお守りを人魚に食われてなくしてしまったことも伝えておきたい。

 ぼんやりと潮に流されるまま海を眺める。海から離れるのは好きじゃない。先日の市で通りすがりの学者に絡まれたことも思い出した。海から近いやつはおれの目が赤いことなんぞ気にかけない。内陸に近づくほど興味津々といった嫌な目で見られる。煩わしい。

 出かける前から憂鬱になるものの、おれの気分に関係なく魚は釣れる。今日の釣果は上々だった。舟釣りは櫂を漕ぐのが疲れるがたまにはいい。あまり釣れすぎても売るに困るので適当なところで切り上げて櫂を引き上げる。小舟に横になると空が青いのがよく分かった。

 海に出ると波の音はほとんど聞こえない。風も少なくて日はあたたかく気持ちがいい。やや眠くなった。

 ぱしゃりと大きな音がして体を起こす。魚にしては音も波も大きい、人魚だろう。目をやれば先日のテングサの人魚らしきやつが遠くからじっと見ていた。

 テングサの人魚は仲間に合図しているのか後ろや水中をせわしなく見る。そのくせおれから注意を離さないようにしているようだ櫂を下ろしただけでびくりと肩を揺らした。

 人魚がつるむなど珍しい。他の人魚がどこにいるか知らないがさっさと逃げるに限る。櫂を漕ぎはじめると小舟の下に大きな影が通った。人魚だろう。腕に力が入る。

 舟の傍で人魚が跳ねる。濃い緑の葉のようなヒレ、頭の横と腰にある桃色のキョウチクトウの花。いつかのキョウチクトウの人魚だった。

 キョウチクトウの人魚は気が強い上に毒がある。捕まりたくはないので小舟の速度をあげた。キョウチクトウの人魚は並んで泳ぐ。テングサの人魚は遠く動かない。潮に流されて遊んでいたのが祟った。海辺までが遠い。

 水面を突き破ってキョウチクトウの人魚が跳ねる。高さがある、小舟に乗り込むつもりらしい。そうはさせるかと全身を使って櫂で水を切る。汗で手が滑りそうだった。足を踏ん張ってひたすらに舟を進める。

 キョウチクトウの人魚がひときわ高く跳んだ。視界に思い切り飛び込んでくる。目と目が合いそうになって慌てて視線をそらした。濃い緑が視界の一面に広がり桃色の花が揺れる。そのまま人魚は反対側に着水した。腰ビレにある棘には毒がある。刺されなくて助かった。

 目指す海辺は近い。深さがなければ跳ぶこともできなくなるだろう。小舟の傍を泳いでいたキョウチクトウの人魚はじきに影も見えなくなった。助かったらしい。

 なにが気に触ったか分からないが人魚に絡まれるようではしばらく舟釣りはできない。小舟ごと片付けて家に帰った。

 ガラスの器のなかで猛毒のキョウチクトウの人魚の花が揺れている。先程前を横切ったキョウチクトウの人魚の顔を思い出す。ひどく不愉快そうだった。

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