友人と市に行くこと

 海から離れた少し遠くの町では定期的に市が立つ。

 学のある友人が書物を買い込みたいから荷物持ちをしてほしいと頼み込んできた。前回の市に伏せっていて書物を増やせなかったのがそうとうこたえたらしい。釣った魚を友人の家に買ってもらっている恩もある。市に用はないが着いていくこととなった。

 未明に出立して町につくと宿を取る。友人は体が頑丈ではない。市を回った足で帰るのは難しい。宿の主人はおれを見て軽く目を見張ったが、慣れた様子で荷物を預かってくれた。首から下げた布袋と財布を持って市へ向かう。布袋にはキョウチクトウの人魚の花弁がいれてある。この頃はどこで人魚に会うのか気も抜けないので常に身につけていた。

 友人が書物を見聞するのを放って釣具を見る。洒落た浮きだ偽餌だとを冷やかして質のいいテグスを買った。釣り屋の親父はおれの目を見て得心したように玄人向けの道具を勧めてくる。今のものより目立ちにくい重りを手にとって確かめた。自信満々な説明だけあって質がいい。こちらも買い上げる。

 ポケットに買ったものを詰めて友人を探していると見知らぬ男がおれを見て顔をしかめた。君、と鋭い声に身構える。

「その赤い目、異形食らいか」

 侮蔑の声音で相手が内陸の人間だと悟った。人魚や獣人、鳥人なんかを食らうと目が赤くなるのは広く知られた話だ。否定するだけ無駄なので親父の代まで人魚釣りを生業としていたと告げる。あからさまに不快そうに顔をしかめた男は自分は学者だと名乗った。最悪だ。

 おれは口が回る方ではない。人魚釣りは野蛮だとかまだ釣っているのだろうとか一方的に学者はまくしたてる。周りの野次馬は気の毒そうな面白そうな視線をよこす。はあ、まあ、そんな返事をしているおれの前に人影が出てきた。友人である。

「友がなにか失礼を?」

 どうも腹を立てているらしい。学者の名前や彼の言わんとする所をを洗いざらい聞き出している。置かれている立場を忘れてつい学者が気の毒になった。友人は大変弁が立つのだ。吊るし上げられるのは学者の方だろう。

 そろりとふたりから離れて野次馬の輪を抜ける。声が聞こえなくなるところまで行くとどっと疲れが出た。学者なんぞに会うとはついてない。座って一息つきたくなる。

「兄さん、寄ってかないかい」

 笠を深く被った女が茶屋の店先から声をかけてきた。店員ではなさそうだがその親しげな声にうっかり安らぎを覚えて寄る。茶と果物の砂糖漬けを頼み女の隣に座った。

 難儀だったね、先程の騒動を知られていたのだろう。労う声にろくに反論もできなかったことが恥ずかしくなる。よくあることだとぶっきらぼうに返事をした。

「人魚釣りだって?」

 詮索するのとはまた違った少しどうでもよさそうな声音に頷く。とっくに廃業したと付け加えると女は笑う。人魚は住みやすくなったろうね、嫌味でもなさそうなのでこちらも自然と相槌を打てる。

 女がこちらを見て傘のつばを上げる。なんとなくそちらを見上げた。今更だが恐ろしく背の高い女だ。傘の下からぐるりと強い瞳がこちらを射抜く。なんだったか、人の目ではないだろう。ぼんやりと見返すと女は笑った。

「なンだもう魂を抜かれてるじゃないか」

 いい男なのに残念、反応に困って首から下げた布袋に触れる。鮮やかな桃色の花が波に揺れるのを思い描く。濃い緑の背ビレが海を切って進む。そうしてふてぶてしく笑うのだ。

「その子に飽きたらおいで」

 空いた手になにかふわりと軽いものを握らされる。じゃあねと去っていった女の足は鳥のものだった。

 なにかを握らされた手を開けるわけにもいかず、友人が探しに来るまで茶屋で休んでいた。宿に戻ってそっと拳を開けば小さな羽が入っていた。君は妙なのに好かれるね、友人がぼやく。友人の顔を見て、そうかもしれないと頷いた。

 小さな羽はキョウチクトウの人魚の花と一緒に布袋に入れて首から下げた。己の心境もよくわからないが捨てるのは惜しかったのだ。

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