漁村のVHSテープ(後編)

VHSテープを再生した。


映像はざらつき、解像度も悪い。

自前のビデオカメラで撮影したものだった。


古い漁村だった。

おそらく昭和後期くらいの映像であると思われる。

カラーだったが、活気のある漁村が撮影されている。


フェンダーミラーの昔の車が通ったり、紙芝居と子ども達を撮影したりと、村の様子をはじめは映していた。


そして、一人の50歳代くらいの女性をインタビューがてら撮影しているカットに変わった。


「シロタさん、おいしいですか」と撮影者は聞いている。


「ええ、とっても。滋養がありますものね。この辺の人はみんな食べてますよ」

シロタさんと呼ばれた女性は、恥ずかしそうに笑って答えた。

髪型はパーマのかかった黒髪で、時代を感じさせるヘアスタイルをしている。


そして、食事のカットになる。

皆、大皿に用意された切り身の照り焼きを食べている。

片手にはご飯。

和装の父親に、いがぐり頭の息子、お櫃をそばに置いたシロタさん。


映像を見ていると、息子や父親よりシロタさんがしきりにコナメリの切り身に手を出している。

一口で食べてしまい、またすぐに大皿へ箸を伸ばす。


その顔は無表情で、ただひたすらコナメリを食べる事だけに意識が向いているように見える。


しばらくその調子で、シロタさんがコナメリを食べる様子が撮影されていた。

何度か服装が変わっているので、数日の食事を撮影したものであると推測できる。


またインタビューのようになった。

玄関口で撮影者がシロタさんに聞く。

「なにも変わったことはないですか」


シロタさんは微笑んでいった。

「海に呼ばれましたのよ」シロタさんは、さらにニッと笑って続けた「日曜日に浜へ呼ばれまして海から招いてわたしが海に入るけど他の方たちもいるのでなんともうれしくて待って…」


シロタさんは、笑ったまま続けざまにしゃべる。

ビデオの音声を度外視しても聞き取れなかった。

一聴して日本語ではあるが、どうも意味の通じないことを延々と話している。

シロタさんは笑顔だが、目は、若干泳いでいた。


そして、しゃべりながらも突然後ろを向いて家に入り、引き戸をぴしゃりと閉めた。


撮影者は「あっ」と声を漏らし、「日曜日か」と呟いた。



映像が切り替わる。

映像からしておそらく早朝。

朝日が差し込み始める時刻であろうと思う。


映像は、家を出るシロタさんを撮影していた。

だが、遠目からズームで撮影しており、近寄ってはいなかった。

近寄れない事情があるのだろうか。


その後、シロタさんは、村の海岸に着いた。

シロタさんと同年代の女性や、それよりも年齢を重ねた女性たちが、浜に集結していた。

皆、楽し気な笑顔で笑い、何かをしゃべっている。

それも、離れたカメラも音を拾うほど大きな声だった。


だが、何を言っているか分からない。

日本語だが、妙な羅列で意味が通じないのだ。

女性たちはそれを話しては大きな声で笑い合っている。


女性たちが妙な熱気に包まれた時、浜から奇怪なものが何匹も飛び出してきた。


それはコナメリだった。

コナメリと言っても、大きさはスナメリよりも大きい。

大型のアザラシのようだ。

女性たちの身長は超す。

顔はコナメリのまま、丸い目に、横一文字の口。

だが、口は口裂け女のように大きく開き、ニヤリと笑っている。

コナメリ達は、奇妙にもアザラシのように上半身を起こし、胸びれを使って女性のもとへ這っている。


女性とコナメリたちが合流すると、場のボルテージが上がった。

笑顔のコナメリたちと、笑顔の女性たちが肩を寄せ合って歓談し始めた。

女性たちはしきりに何かをしゃべる。やはり支離滅裂。

コナメリたちは、女性に肩を抱かれながら、せわしなくあちこちへ顔を向ける。


「来たよ…くそったれ」撮影者は悪態をついた。


まるで、笑気ガスで包まれたかのように、女性たちとコナメリたちは気味悪く笑い合っている。


すると、女性たちはコナメリたちと一緒に、浜へ入り始めた。


ゆっくりと波の中へ入ってゆく。

服が濡れているが、全く構っていない。


そして、女性たちが首から上を水面に出すだけの状態になったときだった。


コナメリの表情が変わった。もともと光のない不気味な黒目は、さらに暗黒となった。

にやけていた口は、サメのように、への字に逆転し、憎悪や威嚇と言った言葉がふさわしい…恐ろしい表情をしていた。


女性たちはまだ、声を上げて笑顔で笑っている。


次の瞬間、女性たちにコナメリが躍りかかった。

激しく水しぶきがあがり、同時に真っ赤な血しぶきも混じっていた。

海獣らしい力強い動きで、半分溺れたような女性たちを、つぎつぎと裂いていく。


女性たちはより一層笑顔だった。

それに、顔を半分噛みつかれている者すら何か楽しそうに大声で叫んでいる。


女性ははたから見たら、溺れて、邪悪な鯨類に襲われているように見える。

だが、顔は楽しきパーティーで羽目をはずしている表情だった。


そのうち、赤く染まった水しぶきに混じって、体の一部や、服のきれはしが乱れ飛ぶようになった。


撮影者は「うっ…」と声を詰まらせ、びしゃびしゃと液体を地面に落とす音を立てた。

嘔吐したのだろう。


しばらくして狂宴は終わった。

ただ、朝の光を浴びた穏やかな海に…おぞましい人体やぼろきれが、赤い波間にたゆたっている。


おそらくシロタさんもあの中に…


「くそっ…やっぱり、止めるべきだったんだ」

撮影者の男性が、宴の後に向かって吐き捨てた。


そして映像は終了した。


出来の悪さと、グロテスクなシーンのリアルさから言ってもフェイクには見えない。


これが、「海に呼ばれる」という事だったのか。


私は、数日後老漁師にVHSテープのお礼をしようと尋ねた。


だが、家は誰もいなかった。


浜にいて、七輪を囲んでいた女たちが声をかけてきた。

私は老漁師はどこへ行ったと聞いた。


「亡くなったわ。脳溢血でね。いいおじいちゃんだったのにねえ」

女たちは、そう言いながら七輪で何かを焼いている。


コナメリの切り身だった。


不意に、背中が寒くなって私は振り返った。

後ろは静かな浜だった。


凪いでいる海面に、一匹の大きなコナメリが顔を出していた。


黒い目をこちらへ向け、口をへの字にしていた。


私と目が合うと、海に潜って去っていった。





【おわり】

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