漁村のVHSテープ(前編)

坐骨の特産品に「コナメリ」がある。


名前の由来は「小さなスナメリ」が訛ったものと言われている。

カンパチほどの大きさの魚だが、いわゆるイルカの一種であり、クジラ肉である。

脂分が多く、骨と皮の間には豊富なコラーゲンがある。

旨味は強く、香りに癖はあるが地元の人間はよく買い求める。


見た目が奇妙で、頭はやや三角でサメのような形をしている。

だがサメと異なり、大きな丸い目が横並びについており、横一文字に伸びた大きな口がある。


サメの顔に、丸い目を二つ並べて、口をつけたような、幼児の落書きを思わせるような顔つきの生物だった。

その他はスナメリに似て尾ひれと、胸びれがある。


このミニサイズのクジラは、坐骨市に面した響灘で良く捕れた。

かつては、漁獲量も制限がなく、年中店頭に切り身やアラが並んでいたらしい。


だが、現在は漁獲量や漁期が制限され、解禁期間以外は目にすることがない。


このクジラは、好事家は非常に好む「通の味」であるが、特に50代以上の女性が好むそうだ。

理由は不明であるが、食した女性は続けざまにこの「コナメリ」を求めるようになる。


漁期制限までは、中高年の女性たちが魚市場でコナメリを求める姿をよく目にする。


もしかしたら、その年代が求める栄養素が豊富だったりするのかもしれない。

あいにく研究論文のようなものは見当たらなかった。


だが「廻骨陰」と呼ばれる、坐骨市の北部一帯地域では妙な言い伝えがあった。

「コナメリを食いすぎると、海に呼ばれる」

というモノだった。


とある廻骨陰の漁村の女が語ってくれた。

「海に呼ばれるって…自殺かなんかと思いますよ。コナメリの肉は、興奮というか、覚醒作用みたいなのがあって、ウチらみたいな年の女にはよく効くんです。それで、まあ、興奮状態になった人が、日ごろの悩みとか…そういうのもあって突発的に海に飛び込んだりする。そういった事件が大昔にあったって聞きましたね…。更年期のおばさんが、突発的に万引きしたりするでしょう?それと同じじゃないかしら」


とのことだった。


坐骨の風習を調べる私は、この噂のもとになった話調べた。

奇妙なことに、村によって、結果が異なっていた。

「海に飛び込む」「海で殺される」「海の事故に遭う」などだ。


しかし、「海で命を落とす」という意味では各村で共通していた。


ある漁村の女は真面目くさって言った。

「コナメリが禁漁になったのも、この怖い話があるからですよ」


私は、苦笑した。

まさか、こんなうわさ話で漁獲量や漁期が制限されることはないだろう。


だが、なんとなく漁民からは噂について言いにくそうな雰囲気を感じた。

皆コナメリの話を避けているようにも見えた。


そんな中、私が気味悪がりつつ、とある寂れた漁村を取材していた時だった。

齢80歳に差しかかろうとしている老漁師が、私を人気のない路地に誘い込んだ。


老人は私に、1本の古いVHSテープを渡した。「コナメリ 海 シロタ」とラベルに手書きで書いてある。

そして言った。

「これはな…昔、この村にいたビデオ好きの若いもんが、コナメリ狂いのおばさんをビデオに撮ったもんじゃ。ホントは、もう何本かあったんじゃけど、国の偉い人がみな持って行ってしもうたから…これだけ残っとるけど、だれも信じんじゃろうし、持っとってもしょうがないからあげる。」


私はVHSを受け取っていった。

「どんな映像なんですか?」


老人は言った。

「わしはもう気味悪いから話とうない。自分で見るがええさ。これ見て、国の偉い人が慌てて帰って禁漁とか話が出たんじゃけえ」



私はそのVHSを自宅で再生することにした。



【後編につづく】

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