第194話 最終話_1
――お父様、お母様、今日私は、ちゃんと幸せになったことをここに証明します。
可憐な花が咲き誇ったゲートの先には、彼が待っている。期待に胸を膨らませて、私は踏み出す。
背筋を伸ばして、正面を見据えて静かに一歩一歩進んでいく。真っすぐに祭壇まで続く道の先に、夫であるマクス様が満ち足りた笑みをたたえて立っている。彼が胸元につけているのは、私の髪に飾られたのと同じ聖なる花リリア。私が咲かせた、あの輝く花だった。
そして、真正面、ルミノサリアの結婚式ならば司祭様が立っているはずの場所にいるのは、満面の笑みを讃えた聖女ミレーナ。
文字通り、聖女に見守られながら、愛の女神のおひざ元であるここで婚姻の誓いを行う。ルミノサリアの恋人たちがどれだけ望んでも得られない幸運の下、私は愛する人と永遠に結ばれる儀式を執り行おうとしていた。
ゆっくりと、両側の席に座る人々からの祝福の視線を感じながらマクス様の元へ向かう。私を迎え入れるようにそこに立っていたマクス様の前に立って少し膝を折って屈めば、顔の前に下ろされていた薄いベールが持ち上げられた。
「ビー、こんなに美しいあなたが私の妻であってくれるだなんて、まるで夢のようだよ」
「これは、まぎれもなく事実ですわ。マクス様」
囁く声は甘くて、優しさに満ちていた。耳元に降ってくるそれに身体が熱くなりそうになる。私は微笑みながら、少し気恥ずかしさを覚えて顔を伏せる。横目で司祭役のミレーナを見れば、これ以上なく機嫌が良さそうだった。
ここに足を踏み入れた愛し合うふたりは、女神ヴェヌスタの祝福を受け、愛が永遠に続くと言われている。太古からそびえ立つ大木の根元には、あたたかく柔らかな光が絶えず降り注いでいた。今もその光が、私たちの頭上を優しく包み込んでいる。
「それでは。これよりマクシミリアンとベアトリス・シルヴェニアの婚姻の儀を執り行わせていただきます」
ミレーナの言葉で、婚姻の儀が始まる。とはいえ、エルフ族の婚姻の儀式はとても簡素なもので。
「ベアトリス・シルヴェニア、あなたはエルフ族の長マクシミリアンを夫とし、彼とこれから先の人生を共に歩んでいくことを誓いますか?」
「はい」
「では、マクシミリアン。あなたはベアトリス・シルヴェニアを妻とし、彼女とこれから先の生を共に歩んでいくと誓いますか?」
「ああ、誓う。私には、ビーだけだ」
マクス様の言葉が終わると同時に、ぱぁっと一層明るい光が私たちを祝福するように照らす。
「ここに女神ヴェヌスタの祝福を受けた夫婦の誕生を宣言します。――永遠に、ふたりに安らかなる豊かな愛が訪れますように……」
ミレーナなりの祝福の言葉を加え、私たちに降り注ぐ光の粒と共に儀式は終わる。
これは、エルフ族の婚姻の儀。ヴェヌスタに直接、愛を誓う儀式。アクルエストリアの最奥、エルフの森の最も神聖とされる場所で行われるものだった。通常は、エルフ族以外が立ち入ることが許されておらず、周囲にはこの地に住んでるエルフ族が勢揃いしていた。
しかし今日は、エルフ族の長の婚姻の儀。彼の名の下に、エルフ以外もこの地に足を踏み入れることを許されていた。
私の家族とソフィー、メニミさんやアレク先生、アッシュ、遠くにはクイーンとユニコーンも揃って参列してくれていた。城に仕えているコレウスやクララ、アミカ、キーブス――その他の使用人たちも後方から見守ってくれている。そして末席には、エミリオ様とヴォラプティオまでもが並んでいた。
ある意味聖地であるここに魔族が足を踏み入れていいものかと思ったのだけど、魔族とエルフは遠い親戚のようなものだから意外と許可されるものらしかった。
彼らを招待したのは当然マクス様だ。どれだけ私がマクス様を愛していて、同時に彼に愛されていて、私が選んだのは他でもないマクス様であって、ふたりの間には割り込む隙などないのか見せつけたい、と呼びつけたのだった。
あまりにも大人げない。
しかし、いかにも彼らしい発言で誰も反対はしなかった。
「では、最後に誓いのキスを」
――え?
そんなのは予定にない、驚いてミレーナを見れば、彼女はにんまりとするばかりだった。
「ビー、こっちを見て」
甘いマクス様の声。
「愛してるよ」
そんなこと、言われなくてもわかっている。みんなの前で口付けは……と拒否したいが、まるで儀式の1つのように言われては拒否できない。マクス様は、私の頬を支えるように両手で包んでくる。ここでは駄目です、と目で訴えても、彼はやめてくれなかった。
ふたりの唇が、ゆっくりと引き寄せられる。最初は軽く触れるだけだったが、これまで過ごしてきたふたりの時間、喜びや苦しみ、迷いや決断、そのすべてがこの一瞬に凝縮されるかのように、マクス様は私を抱き寄せた。
「……ビー」
かすかに囁かれたのは私の名前。それだけで全身が震える。私も、彼の背中に手を回し、縋るようにしながら唇を深く重ねていく。
その口付けは、ただの儀礼的なものではなかった。お互いを深く求め合い、絡み合うような感情が流れ込む。唇が触れ合うたび、胸の奥に積もっていた感情が溶け出し、熱を帯びていく。マクス様は、私の唇を優しく包み込みながらも、私がここにいるのだと存在を確かめるように、さらに深く求めてくる。彼の手は、私の頬から首筋へと滑り、その指先で私の鼓動を確かめているようだった。
――大丈夫です。私はまだ、ここにいます。
その気持ちが伝われば良いと思いながら、腕にこめる力を強める。
私たちの世界には、もう他の音や景色など存在しないようだった。ただ、マクス様の息遣いと、触れ合う唇の感触だけが真実だった。
ようやく唇が離れた時、ゆっくりと目を開けて最初に見えたのは、マクス様の優しい微笑み。彼は私の瞳に浮かんだ涙を見つけて、唇で拭うようにそこにそっと口付けた。
「これからも、ずっと一緒だ。誓うよ。絶対にあなたを手放さないことを」
その言葉に小さく頷き、沈黙のままに見つめ合う。
ほっと息を吐けば、周囲の祝福の声がようやく耳に届いて世界が動き始める。
私にとって、二度目の結婚式、はじめての誓いの口付け。この一瞬は、永遠に忘れない。ずっと大切な宝物になるだろう特別な時間だと思えた。
式が終わると同時に、城のひとたちが準備してくれた色とりどりの花で装飾された会場で、披露パーティがはじまる。キーブスの作った料理に、多くのひとが舌鼓を打っている。メニミさんが山のように皿に盛ろうとするのを、アッシュが必死の形相で止めていた。
「ビー、綺麗よ、とても綺麗だわ。こんっっなに幸せそうに、安心しきった顔で笑う娘を見らっ、れるだなんて……! 私は、わたし、なっ、んて幸福なのかしら……っ!」
「ああ、疑う隙もないほどに幸せそうな姿が見られて、とても嬉しいよ」
感極まって言葉を詰まらせるお母様と、ハンカチを握りしめているお父様に笑ってしまう。声をあげて笑った私を見て、両親ともに涙腺を決壊させる。
「お姉様! 今も十分に幸せだとは思いますけど、これからもずっとずっと幸せであってください! それからシルヴェニア卿、お姉様を絶対に泣かせないでくださいねっ! そんなことしたら、わたしもソフィー様もただじゃ済まさないんですから」
「ベアトリス、今日は一段と綺麗ね。シルヴェニア卿と本当にお似合いだわ。改めて、結婚おめでとう」
「シルヴェニア卿になら、妹を安心してお預けできます。これからも、よろしくお願いします」
なにやらやたら嬉しそうで、自分が結婚したかのように幸せいっぱいな顔をしているミレーナとソフィー、それからうっすらと涙ぐんでいるお兄様に「当然だ」とマクス様は返す。
「そのような心配は不要だぞ、ミレーナ嬢」
「ですよね!」
小走りに近付いてきたミレーナになにか耳打ちされたマクス様は、一瞬呆れたような表情を浮かべてから苦笑いをして頷いた。なにを話しているのかしらと思っていると、ミレーナと目が合った。
「ミレーナ、今日は立ち合いをお願いしてしまってごめんなさいね」
「いいえー! ご依頼いただいた時は驚きましたけど、わたしを指名してくださって嬉しかったです。ふふっ、聖女らしく見えていたら良いのですけど」
「素敵でした」
「嬉しい! でも、今日一番綺麗で素敵なのはお姉様ですよ」
幸せそうな顔を見られる結婚式って良いですね! と笑顔を見せるミレーナの登場で一度目の結婚式は中断されたのよね、と思うと少し複雑な気持ちにもなる。そこに、エミリオ様とヴォラプティオがやってきた。
――――――――――
最終話_2は18時半更新です。
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