第191話
※ 予告なしのいきなりのイチャイチャ回。
苦手な方は閲覧ご遠慮ください。大まかな内容については、後ほど近況ノートにまとめますので、こちらをご覧いただけますと幸いです。
―――――――――――――――――――――――――
その夜、やはり少し悩んでいるような雰囲気を醸し出していたマクス様は、私を膝に乗せて抱き締めながらも心ここにあらずといった様子だった。
「マクス様」
「なんだ?」
何度も触れるだけのキスを繰り返す彼に薄く唇を開けて促せば、そっと舌が挿し込まれる。口付けられる舌先に、昼間感じたような刺激はない。
「あ……っ」
「相変わらず可愛らしい声を出すな、あなたは」
くすりと笑ったマクス様の首に腕を回した私は、先程見たものについて尋ねる。
「昼間の、あのパイプの件ですけれども」
「ああ、匂いが不快だったか。すまない、あなたが嫌だと言うならもう吸わないから――」
「あれは、人間にとっては無害だという話ですか? それとも、エルフにも害はないのですか?」
気になっていたことを問う。コレウスが良い顔をしないということは、完全に問題のないものではないということのように思えた。
「ん? エルフであっても害はないな。人工精霊のアミカも大丈夫だ。他の種族……メニミやアッシュがどうかは知らない……ということは、彼らが今ここに滞在している以上、あれはやはりやめた方が良いな」
もうしない、と言うマクス様に、結局どういうものだったのかを問い質す。例え無害だったとしても、効果によってはあまり好ましくないものなのかもしれない。
彼には、健康で長生きしてほしい。単純に、それだけの気持ちだった。
「あなたは……」
少し言葉に詰まったマクス様は「ん、まあ好ましくはないかもしれないな」苦笑いで身体を起こす。
あれは、組み合わせ方によっては酩酊するような効果がある薬草で、魔法では取り除けない類の呪いなどによる痛みや苦しみを軽減させるものとして利用されるらしい。基本的には安全だとはいうものの、多少の依存性があるとか。
「ここ最近は、使っていなかったんだ。しかし、今日はあまりに気が滅入る話を聞いてしまって、どうしようもなくなってしまって、だから」
常用していたわけではないという言葉は、彼からあの香りがしたことがなかったことを考えても本当なのだろう。少し前、5年ほど前からは使っていないと彼は話した。
――それ以前は、そんなにも憂鬱になるようなことが多かったの?
私に話したくないような過去があるというのはわかっている。私たちよりもずっと長く生きる種族なのだ。これまでの長い人生の中にも、いろいろなことがあったのだろう。女性関係でも苦労していたようなことは聞いている。あのようなものに頼りたくなる日もあった、と言われたら、その時自分が隣にいられなかったことを悔しく思う。
――幼女に寄り添われても、困ったでしょうけど。
年齢差を考えれば、そういうことになる。
なんとも言いようがなくなってしまった私に、マクス様は困ったような笑みを浮かべた。
「いや、現実逃避でしかなかったな。そんなことしても、どうしようもないのに」
すでに契約済みということは、満場一致で、マクス様も反対することなく迎え入れられた人ということだ。新しく魔導師の塔に迎え入れる魔導師ひとりが、そんなにも彼を煩わせるものだろうか。
「まだ話せない内容なのだとは思うので、相談してくださいとは言えません」
「うん、そう言ってくれる気持ちは有難いが、まだ話せない」
「わかってます。だから、無理に聞き出すつもりはありません。でも、あなたが辛そうにしていらっしゃるのを見るのは、私も辛いのです」
正直に告げれば、すまない、と言った彼は私を抱き寄せる。
「前も言われたな。あなたを信用していないわけでも、頼りないと思っているわけでもないんだ。それだけは理解してほしい。私はあなたを信頼しているし、頼りにもしている。この言葉は、嘘ではない」
理解はしているが、それと心の動きは違う。どうにもうまく折り合いがつかない。
「私、誰かに恋をして、愛するという経験が初めてなので、踏み込みすぎているのかもしれませんね」
彼に身体を預けるようにして、甘える。
「自分とマクス様の境界が曖昧というのは、とても良くないことだとわかっているのに。でも、マクス様が苦しそうにしていらっしゃるのを見ると――」
「私も、ビーが辛そうなのは嫌だよ。力になれるなら、いくらでもなってやりたいと思っている。だから、あなたの気持ちはわかる」
「……そうやって甘やかさないでください。こんな子供みたいなわがままを言っているようでは、あなたの妻だなんて胸を張って言えなくなってしまうのに」
「そんなことはないよ。どんなあなたであっても愛してるよ」
ちゅ、と頬に口付けられると、よけいに子供扱いされているような気分になる。少し不貞腐れて彼の肩に頭を預ける。そんな態度もあまりに子供っぽくて、自分で自分が嫌になる。
「こんな私を甘やかしてはいけません」
じゃあどうすれば? と笑うマクス様の表情は、少し明るくなったようにも見えた。
「厳しく、窘めてくださるとか」
「うん? ビーは私に厳しくされたいのか?」
「そういうわけでは……」
「へぇ?」
覗き込んでくる顔は少し意地悪で、ほんのちょっとだけ、本当にほんのちょっとだけドキッと胸が高鳴ってしまったのはここだけの話だ。
私は、そんな自分の気持ちをも誤魔化すように言葉を繋ぐ。
「そうだわマクス様。変なもので酔うくらいなら、私の相手をしてくださいませ」
「ビーの相手?」
「はい、私とお喋りしたり、お茶を飲んだり」
「あなたを、愛したり?」
やらかした、と思ったが言葉は取り消せない。
「では、お言葉に甘えてあなたで酔わせてもらおうか」
そう言ったマクス様は、その夜私を解放しようとはしなかった。久しく触れ合えなかった時のように私の体温に飢えているということもないだろうに、熱っぽく甘い視線と言葉に篭絡された私は一晩中彼の腕の中に閉じ込められたのだった。
「ビー」
名前を呼ばれるだけで頭の奥からじんじんと痺れてくるようだ。その指先が肌を撫でるだけで、口からは甘い吐息が零れてしまう。マクス様と私、ふたりきりの寝室に、衣擦れの音と熱っぽい呼吸の音、そして私の甘えるような声だけが響いていた。
耳朶を甘嚙みされると、小さく声が漏れる。その刺激から逃れるようにいやいやと頭を振ると、いつの間にか服の中に潜り込んでいた指で直接肌をなぞられた。
「ふ……っ、ん……っ」
「すっかり、あなたの肌は私を覚えてしまったな」
嬉しそうに囁き、首筋に吸い付かれる感覚に腰のあたりの肌が疼く。マクス様の細身ながら筋肉質な身体に縋り付くと、逃がさないと言わんばかりに腰を抱き寄せられた。
私の身体を隅々まで知り尽くし、味わい尽くしているマクス様は弱いところばかりを責める。跳ねる身体を抑えられず、私はただ翻弄されるばかりだ。首を反らせると、彼はそこに顔を寄せてくる。ちくりと痛みを感じた直後、うっすらと目蓋を開ければマクス様は満足げな笑みを浮かべていた。
彼が愛しそうに撫でているあたりには、きっとまた赤い痕がくっきり残っている。治癒魔法で消せるとはいっても、自分で出来るわけではない。誰かに――私の場合は主にミレーナにお願いする必要がある。どれだけ夫から愛されているのかを他人に見せるのは恥ずかしい。でも、見える場所に残されるのは服装を制限されたりと生活に支障をきたすから、消してもらわないわけにもいかない。
「これを見るたびに、ビーは私のものだと安心してしまう。私こそ、子供のようだな」
マクス様の指が、唇が私の肌に落とされる。その場所に赤い証が刻まれるたび、頭が身体の奥が、痺れて、疼いて、どうしようもなくなる。
マクス様は身体の至るところに所有の印を刻んでいく。首筋や鎖骨といった、明らかに見せることを目的とした場所ばかりでなく、背中や太腿の内側など、普段は人目に触れない場所まで及ぶ。
「子供はこんなことしませんし、それに、そんなもの付けなくなって、私はマクス様のものですのに」
「わかってはいるが、見せびらかしたい」
私が困るのをわかっていてやっているような顔を見て、なにやら悔しくなる。
「誰かが私を見たと言って気分を害されるのにですか?」
お返しとばかりにそう返せば、彼は途端にへにゃりと情けなく眉を下げた。
「それとこれは別問題だ。見せつけたいが、見られたくない。あなたが私のものであることに羨望の眼差しを向けられるのは良いが、ビーを下心のこもった目で見られるのは許しがたいんだ、私は」
複雑そうな表情を浮かべた彼は妙に愛らしく見えて、私はつい吹き出してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます