第176話
――呼び出し?
私に? と首を傾げながらも、慌てて城に戻る。駆け込んできた私に「あれっ、奥様早かったですね?!」とクララは洗濯物を手に目を丸くした。
「クララ、どうしましょう、魔導師の塔からの呼び出しが来たの。私、なにかやらかしてしまったのかしら。いえ、やらかしてはいるのだけど、叱責されてしまうのかしら。どうしましょう、マクス様のお顔に泥を塗るようなことになったら私……!」
「落ち着いてください、奥様」
近くを通りかかった他のメイドに洗濯物を押し付けた彼女は、私の肩を押さえる。
「大丈夫です。大丈夫ですから。この時期、そういう理由で塔への呼び出しはありません」
「……本当?」
「はい。新人の勧誘でそれどころではないんですから」
にっこりと笑った彼女は「おめでとうございます」と言ってくれた。
「おめでとう、って」
「ですから、勧誘ですよ。魔導師の塔に所属しないかっていう正式なお誘いのはずです。さあ、旦那様もお待ちですよ。さっさと行きましょう」
「え、え?」
「今の奥様は……制服ですよね。まあ、学院生徒の正装ですから、変に着飾っていくよりも清潔感もあって良いでしょうね」
「え? クララ?」
「転移魔法陣はお持ちですね? はい、広げてください」
状況を受け入れきれていない私に対して、クララはさっさとことを進めたい様子だ。そのままの服で構わない、と言って、私のスカートのポケットに手を入れると巻物を取り出した。するすると開くと床に置いて「はい、いってらっしゃいませ!」言うなり背中を押してきた。
「きゃっ! ちょっと……ッ!」
ハッと気付いた時には、薄暗い広いホールに立っていた。ここは、と周りを見回していると
「おー来たねー。思ったより早かったなー」
メニミさんがてとてと足音をさせながら手を振った。
「メニミさん、あの、私で間違いないのでしょうか?」
「ベアトリス嬢を呼んだんだよー。いや、それにしても制服なんだねー。制服で来る子と盛装してくる子と両極端で面白いねえ、人っていうのは」
こっちだよーとメニミさんに先導され、長い廊下を歩いていく。薄暗い廊下が、歩いていくとぽっぽっと壁に掛けられているランプに灯がともっていく。
「これも、魔法ですか?」
「うんー。誰かが通ったのを感知して明るくなるようになってるんだよー。ただ透明化しただけなら感知されるからさー、侵入者に対しての警告でもあるんだと思うよー」
「そうなのですね」
アクルエストリアの廊下もこれを採用すればいいのに、と思いつつ、そんなに広くはないお城だから一つ一つメイドたちがつけていくので問題はないのでしょうね、とも思う。あれこれ置いてあるものがきになるのだけど、あまりきょろきょろしたらお行儀が悪いだろう。
先を行くメニミさんの頭の耳を眺めながら、おとなしくついていく。
「ここだよー」
ルミノサリアのお城の王の間にも匹敵するような荘厳な扉を前に、緊張感が高まる。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよー」
メニミさんが笑う。
「怖いことは言われないし、特にベアトリス嬢はねー、緊張する必要全然ないなー」
「……そうはおっしゃいますけれど、でもやっぱり、緊張してしまいますわ」
「にゃはは」
メニミさんが扉の前に立つ。
こつん、と杖の先端の宝石を当てると、低い音を立てながら扉がゆっくりと開いていった。
少し冷たい空気が流れだしてきて、青白い光で照らされた大きな空間には大きなテーブルと、その両側にいくつもの凝ったデザインの椅子が並んでいて、一番奥、正面には一際立派な椅子が。そこに座っていたのは、当然マクス様で。
「……っっ!!」
その場に崩れ落ちそうになるのを必死で押さえる。
――お仕事中のマクス様、なんて素敵なの……!
モノクルを掛けて、軽く頬杖をついて手元の資料に視線を落としている。少し伏し目がちの愁いを帯びているように見える表情は、私にとっては新鮮なもので、緊張とは別の意味で胸がどきどきしてくる。
「……ああ、メニミと、ビー……ベアトリス・シルヴェニアだな」
「マスター、この場にいる面子の前だったら、渾名でも構わないんじゃないかなー?」
「いや、それはそうかもしれんが、その……あるだろう、私の面子とか威厳とか」
「今更だなー?」
にゃははは、とまた笑ったメニミさんの言うように、そこに居たのは私の知っているひとばかりだった。
学院長は、今まで生徒を預かっていた身としてこの場にいるのはわかる。
アレク先生、どうして? と一瞬思ったけれど、そういえば以前ミレーナから彼はサブマスターだという話をされていたではないか。となれば、ここにいるのは当然だろう。
コレウス……が一番わからない。
――あら? コレウスって魔導師の塔所属だったかしら?
「改めて」
かた、と小さな音を立てて立ち上がったアレク先生が、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべる。
「ぼくは、ここのサブマスターをしているアレキサンダー・アルカノスです。ベアトリス・シルヴェニア嬢、今回の卒業発表を受けて、貴殿を魔導師の塔へお迎えしたいという話になりました。いかがでしょう? 貴方の意思をお聞かせいただけますか?」
「アレク先生……」
「ここでは先生ではないですね」
私で良いの? なにか役に立てるの? いえ、希少と言われている召喚魔導師だからかしら。
などとぐるぐる考えてみたものの、私の答えは決まっていた。
「私でお役に立てるなら、是非、よろしくお願いいたします」
マクス様のお役に立ちたい。それが、今私がやりたいことのひとつなのだ。塔の所属になることで、それが可能になるのなら、断る理由がなかった。
正式な礼をしながらそう答えれば頭を上げるよりも早く「マスター、我慢しなくていいよー」などと笑い混じりのメニミさんの声。次の瞬間にはマクス様に抱き締められていた。
「ああ、ビー。これからは毎日あなたを傍で見つめることが出来るんだな」
とろけそうな声で囁かれて、みんなから見られています、と抵抗するのだけど、彼の力はとんでもなく強くて振り払うことが出来ない。
「マスター、ベアトリス嬢の所属は古代魔法、召喚魔法の部署ですよ」
「あ、そうなのですね?」
アレク先生の言葉に、顔を向けて返せば、メニミさんが大きく手を振っていた。
「ボクの助手としてスカウトしたんだから、マスターには渡さないよー。これからもよろしくねー、ベアトリス嬢」
「はい、よろしくおねがいしま――」
「嫌だ。ビーは私の側近にする。メニミになんぞ渡すものか」
「マスター、我儘を言わないでください。所属はもう決まっているんです」
「私がどうしてもと言っても駄目なのか」
「駄目に決まっているでしょう。何回言っても駄目です。もうその話は終わったじゃないですか」
はいはい離れてください、とアレク先生がマクス様を引きはがす。名残惜しそうにしていたマクス様は「だから、最初からビーは私の元へという話をしていたのに」とぶつぶつ文句を言っている。メニミさんが助手を欲しがっていたのは聞いていたし、ちょうど身近にいた古代魔法を勉強している生徒だったのだろうと思えば、幸運だったとしか言えなかった。
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