第171話
※ 今回はイチャイチャ回につき、苦手な方は閲覧をお避けください。
簡易的な内容につきましては、近況ノートに「即日婚 171話まとめ」として掲載いたしますので、こちらをご覧ください。
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「ずっとこうしたかった、というほどに間が開いているわけではないんだが、いや、いかんな。もう少し余裕がなければあなたに嫌われてしまう」
「嫌うなんてことはないです」
「はは……だと、良いんだが」
「それに、口付けならばしていたではないですか」
はぁ、と少し情けない様子で私の胸に顔を埋めて熱い息を漏らすマクス様の頭を撫でる。
「あんなのでは足りないのはわかっているだろう? しかし、頭が働かない状態で、難易度の高い魔法に挑戦するのは危険だ。あなたの身体に負担を掛けてはいけない。翌日に響かないように、と思えば、私にとっては軽いと言える程度の触れ合いであってもできない。だから、あれでもそういう雰囲気にならないようなものを心掛けていたんだぞ」
ぎゅうぎゅうと抱き締めてくる彼は言い訳のように続ける。確かに、色気というものはほとんどない、挨拶のような口付けしかされていなかった。そして、極最初期にしていたような、一方的に抱きつくだけの、抱き枕扱いのような寝方をしていただけ。
「もしかして、マクス様にはかなりのご負担をかけていたのでしょうか?」
「ん?」
「我慢の限界、と先ほどおっしゃっていましたよね? 限界とおっしゃるくらいに辛い思いをさせていたのなら……もっと早く言ってくだされば良かったのに」
「いや、これは私の我儘だから、あなたがそんな気にする必要はないんだぞ?」
「でも」
過剰な我慢を強いていたのではないかしら、と思えば、仕方のなかったこととはいえ申し訳ないのだ。しかも、彼に散々我慢させた結果があれでは、合わせる顔がないではないか。うぅっ、と小さく唸った私はマクス様と額を合わせる。
「なのに、私ったら」
「ああ、確かにあなたはいけない子だな」
「う……」
マクス様は笑って、私の下唇を甘噛みした。
「あのような、周囲を魅了するようなことをするだなんて。あのアホ王子だけじゃなくてもっと多くの者があなたに惹かれたらどうするつもりなんだ?」
しかし、彼の口から出るのは、私が想像していたような言葉とは違う。
「魅了って、私はただ昔から行われてきた魔法を強化するための歌と踊りを」
「今は、そのような方法を取るものはほとんどいないだろう? 歴史として習ってはいても、実際に目にすることは極稀だ。精霊たちが惹かれて姿を現すほどのものに、それよりも精神的に格の劣る人間が魅了されないわけがない」
「えぇぇ……私、そんな話聞いていません」
あれがそんな効果のあるものだなんて、メニミさんは教えてくれなかった。古代魔法の使い方というので教えてくれただけだ。彼がやるとかなり愛らしく、あれを人前でやったらそれはメロメロになってしまう人もいるだろうな、と想像は出来る。でも、それが自分のこととなると別だ。あんな反応をされるとは一切予想できていなかった。だからこそ、の、この落ち込みなのだけど。
「歌も舞いもそれなりの熟練度だったが、直接見た者たちにはそれ以上に魅力的に映っただろうな」
「魔法の効果ということですか?」
「相互効果というべきかもしれないな。まあ、あれは失敗ではなかった。それだけは確かだと言える。だからそんな顔をしなくていいんだ。ビーは本当に心配性だな」
「だから、私はマクス様のお顔に泥を塗るようなことはしたくないのです」
「ははッ、なにを言っているんだろうな、私の可愛いビーは。あなたが私の妻だということを羨む者はいても、相応しくないなどと言う者はいないよ」
マクス様は私の髪を一房すくって軽く口付ける。
「あのメニミとアレクサンダーが目を掛けているという話は、既に広がっているだろうからな。余計にだ」
「メニミさんは、確かに私のお師匠様のような方で、アレク先生には入学以来ずっとお世話になっていますが。おふたりともご親切ですもの、生徒に頼られると断れないだけではないのですか?」
アレク先生は優しそうな雰囲気と声、それに最初に接することになる教員ということもあって、生徒からの人気は絶大だ。メニミさんの人気の理由はほぼあの見た目と接しやすい部分にあって、教員として尊敬されているというわけでもなさそうだけど。
「ビーが思っているよりも、あのふたりは興味のない相手には冷たいよ」
「そうなんですか?」
「ああ。アレクサンダーは笑顔で突き放すし、メニミに至っては相手の理解できないことを捲し立てた挙句に理解出来たらまた来いと言っているのを何度も見た。まあ、年を取って多少丸くなったかもしれないが、それでも誰にでも親切なわけでは――」
「でも、ミレーナやソフィー、エミリオ様たちにだってお優しい態度で……」
と、そこまで言ったところで、そういえばアレク先生はエミリオ様には笑顔で対応はしていても、彼からのリクエストを受け入れているところを見たことがなかったと気付いた。
「……なるほど、そうなのですね」
「ははッ、なにか思い出したものがあったようだな」
いつ用意されていたのか、グラスに注がれている淡いピンクのお酒を口に含んだマクス様は、私の頭を引き寄せて唇を合わせ、そこからほのかに甘いそれを流し込んでくる。んっ、と声を出して飲み込めば、少しとろみのあるものが喉を滑り落ちていく。
「っ、は、マクス様、なにを」
「せっかく用意してくれたものなら飲まなければな」
にんまり微笑んでいる彼の思惑は、多分別の場所にある。
「さあ、次はビーから」
「わ、私からですか?」
「ああ」
愉しそうに笑っている彼を少し恨みがましい目で見た私は、覚悟を決めてお酒を口に含む。このくらいの量で良いのかしら? とよくわからないままにマクス様の頬を両方の手で支えて顔を近付ける。
零さないように、と細心の注意を払いながら、唇を合わせてその隙間に少し丸めた舌を挿し込んだ。自然と流れ落ちていく液体を、彼が飲み込むのがわかる。時折漏れる小さな声がやけに艶っぽくて、頭がぽうっとしてしまう。
「んっ?!」
すべて飲ませ終えて顔を離そうとすれば、後頭部をしっかりと手で押さえられて逃げられなくなる。絡んでくる舌はまだアルコールの味がする。翻弄され、溺れそうになる。重なっているそこが、明らかに笑っているのが伝わってくる。少し浮かせていた腰が、力が入らなくなって、かくん、と彼の足の上に落ちると同時に、目の前にマクス様の顔、と、その後ろに天井が広がる。背中全体に感じるベッドの感触。
「もう、またそうやって簡単に魔法を使って」
「私にとっては瞬きと同じくらいに簡単なものだよ」
「そうかもしれないですけど」
「ああ、抱きかかえられて一歩一歩運ばれる方が好みだったか。それは失礼した」
そういうことは言っていないのですけれど、という私の言葉は彼に飲み込まれる。
誰にも邪魔をされないように、とマクス様は防音やらなにやらと多重に――しかも、多分同時に無詠唱で――魔法を掛けてから、また深い口付けをしてくる。
「疲れてはいるだろうから、無理はさせない」
「はい」
「……ように、善処する」
それって、加減できないかもしれないと同義ですよね? という私の問いは、笑った彼にまた食べられてしまったのだった。
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