第169話

 打ち上げという名前だったらしいパーティは、参加者たちの交流の場という意味合いが強かったようだ。しかし、私はエミリオ様やヴォラプティオに絡まれたこともあって、結局メニミさんと彼らとしか話が出来なかった。

 アレク先生からの閉会の挨拶を受け、他の生徒たちに囲まれたエミリオ様の視線から逃げられたところですぐに学院長の部屋に向かう。どこにいるのか姿は見えなかったが、申し訳ないけれどミレーナのあの元気の良さに応じられる自信がなかったから彼女に見つかる前に、という思いもあった。

 学院長は魔導師の塔の方々の応対をしているようで不在だった。頭を下げるだけではいけないだろうと思っていたから、安堵しつつ魔法陣に乗ってさっさとアクルエストリアに帰ってきた。戸を開けると、待ち構えていたようにクイーンが立っていた。


「ただいま帰りました、クイーン。なんとか……多分、発表は失敗ではなかった……のだと思うのだけれど」


 労うように顔を摺り寄せてくれる彼女の首を抱き締めて、私も頭をぐりぐりとその白いたてがみに押し付ける。


「妙なところで注目を集めてしまったみたいで、私、そんなつもりは全くなかったのに」


 思っていたのとは全く違う反応を返されたことは、私の中でかなりショックな出来事だったようだ。思い出すと、なんとも言えない気持ちになる。

 ――魔導師としては、まったく魅力的ではないということよね。

「アレがなにかわかっている人にとっては、とんでもないことだよ」とヴォラプティオは言っていたけれど、マクス様の推薦で入学している以上、多くの人が魔法として素晴らしいと思ってくれるような発表がしたかった、などという醜い欲が出ていた自分にも落ち込みそうになる。


「ダンスなんて、褒められたことなかったのよ。夜会の時、何度もエミリオ様や他の方とも踊っていたのに」


 私のぼやきの内容についてクイーンはよくわかっていないだろうクイーンは、それでも私を抱き締めるように翼で覆ってくれる。


「ごめんなさいね、こんな弱音」


 ぺろっと軽く舐められて、大丈夫、と励まされているような気持ちになった私は、やっともやもやしていた気持ちが少し晴れたように感じられた。


「ベアトリス嬢はさー? 自分もかなり特殊な才能持ちだって自覚はした方がいいかなー」

「あら、メニミさんもお戻りだったのですね」


 低い位置から聞こえた声に視線を下げると、メニミさんが例の花の生えている鉢を抱えて立っていた。


「それ、持って帰ってきてしまったんですか?」

「これねー、研究するにも、塔じゃないとねー。あっちじゃまともな器材がないんだよー。それに学院内部で弄ってさー、他のに興味持たれるのも面倒じゃないかー」


 あと、マスターが近くで見たいかと思ったんだよねー、と言いながら鉢を抱え直す。持ちましょうか? と尋ねれば、私たちが帰ってきたことに気付いたらしいコレウスが城から出てきた。


「おや、その花は」

「これねー、ベアトリス嬢が咲かせた花なんだよー。マスターにも見せてあげたいからさー、ボクの研究室に置いといてくれるかいー?」


 メニミさんが抱くように持っていた鉢を軽々と片手で持ったコレウスは


「今晩のお食事はどういたしますか? 軽くにいたしましょうか。それともいつも通りで構いませんか?」


 と確認してくる。

 発表会のあとにパーティがあるとは聞いていたけれど、その年の担当者によって用意される食事の量や種類は違うようで、帰ってきてからそれぞれのおなかの具合に合わせて調整しましょう、と言われていた。今年は大食いなメニミさんや、第二王子のエミリオ様がいたこともあってそれなりに豪華なものが揃っていたようではあったけれども、隅っこで目立たないようにしていた私はほとんどなにも食べられていない。


「私は、いつも通りでお願いできるかしら。ほとんどなにも食べていないの」

「お疲れのようですから、消化の良いものをご用意します」


 わずかに微笑んだコレウスはメニミさんをちらっと見る。そちらは? という視線に彼はおなかを擦って眉を下げた。


「ボクもいつも通りがいいなー。パーティの料理は上品すぎてさー。食べた気がしないっていうか。それに、主役はボクたちじゃなくて生徒だろー? さすがに食べつくすわけにもいかないからさー。ちょっと食べたせいでおなか空いちゃったなー」


 メニミさんいつものように山盛りのお料理召し上がっていましたよね?

 なんてことは口にしない。私が言わなくても、多分コレウスは全部わかっているだろうから。


「かしこまりました」


 特に突っ込むこともなくコレウスは城に戻っていく。少し遅れてメニミさんと一緒に玄関をくぐれば、笑顔のクララとアミカに出迎えられる。ホッとして「ただいま」といった私に、彼女たちは


「おかえりなさいませ、奥様!」


 と明るく返してくれた。

 もう準備万端だったお風呂に連れていかれ、念入りに疲れを解すようにマッサージされる。頭皮マッサージというものを受けているうちに、気持ち良くてうとうとしてしまう。ハッと気付いた時には、もうお風呂から上がって、それどころか髪も乾かされて丸く結われている最中だった。


「ごめんなさい、寝ちゃったのね私」

「お疲れだったんですよ」


 クララが優しい笑みを浮かべ、角度によって銀色に見える白いリボンを編み込んでくれている。指の一本一本に丁寧にクリームを塗ってくれながらアミカは呟いた。


「奥様の指に、ペンをずっと握っていらした痕が残ってしまっていますね」

「指……あら、本当」


 王立学院で勉強している時にも、ここまでのタコは出来なかった。この発表に向けて、自分がどれだけ力を入れていたのかを表しているようで、なんだか愛しくなる。


「頑張られましたね、奥様」

「どのように思っていただけたかはわからないけれどね。ああ、マクス様が恥ずかしい思いをされていないと良いのだけれど」

「大丈夫ですよ、自信持ってください!」


 魔導師の塔の方々の評価が気になって仕方がない。結果が出るのは1週間後だ。それまでは、少々落ち着かない日々を過ごすことになるのだろうけど。


「そうよね。少なくとも、現段階で私が出来ることはお見せしたはずだもの。もう終わってしまったことについてとやかく言って暗い顔をしていることに意味はないわね」

「そうですよ、奥様! 明日からはどうなさいますか?」


 結果が出るまでは、登校してもしなくても良いことになっている。なんなら旅行に行くのも赦されている。

 ただし、学院や魔導師の塔からの呼び出しがある可能性があるので、学院と魔導師の塔に通じている1回使い切りの転移魔法陣の巻物を渡されている。遠出の際にはこれを持って行くように、ということだった。


「とりあえず、明日はここでゆっくりしようかしら」

「わかりました。では朝もいつもよりもお寝坊して大丈夫ですね」


 終わりました、とクララが手鏡を持ってきて見せてくれた。発表が終わってホッとしたせいか、昨日までよりも表情が柔らかい気がする。

 ――なんだか、私。前と顔が変わった気がするわ。

 ここに連れてこられた時は今よりも幼い表情だった気もするし、それに……


「奥様、夕食の準備が整ったようです。もう旦那様もお帰りですので、いつでも良いタイミングでお食事をはじめられます」

「っ、はい! すぐ行くわ」


 彼のことを聞いた瞬間、鏡の中の自分の表情が甘く蕩けたように思えて私は慌てて手鏡を伏せる。そんな私を見て、クララとアミカが顔を見合わせて小さく微笑むのが見えた。

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