第168話

 やらかした気はしなくもないけれど、マクス様の言葉で誤魔化せたことを期待しつつ席に戻れば、呼び出されていたアナベルも帰ってきたところのようだった。ドアの前でばったりと出会ったところで、夢見る乙女のような顔をしたアナベルから強く手を握られた。


「ベアトリス!」

「は、はいっ?!」


 なにを言われるのかどぎまぎしながら見返すと「あなた……」と言ったきり言葉を詰まらせた彼女はほのかに上気した頬で浅く呼吸を繰り返す。


「あの、アナベル? 少し落ち着いて――」

「落ち着いていられませんわ!」


 まだ発表は続いているので、室内に聞こえない程度、周囲の迷惑にならない程度の声ではあるが、明らかに興奮した様子だ。聖女のリリアを見られたと感激しているのかそれとも……と思考を巡らせていると、またぐいっと手を引っ張られる。


「ベアトリスがダンスがお上手なのは夜会で拝見したことがありますから知っていましたけれども」

「……はぁ……」


 ――どうしてダンスの話を?

 怪訝そうな顔をしてしまった私に、彼女は熱っぽい声で続ける。


「あのような祭りの時に捧げられるような踊りもお上手でしたのね!」


 彼女は先程の、精霊たちの力を借りるべく、共に歌い踊り楽しむという古代の魔法を再現したあれのことを言っているらしい。


「そんなに難しいものでもないわよ? 本当は楽器の演奏も出来るとよかったのだけど、私にはまだ歌って踊りながら演奏するような技術はなくて」


 なので、私なりにアレンジした歌と踊りという方式で一時的に精霊たちの力を借りることにしたのだ。ステップで地面に魔法陣を描いているのを、上から見ていた人たちはわかったかもしれない。

 しかし、アナベルの言いたいことはそこではなかったようで。


「わたくし、ベアトリスのお歌は初めて聞きました。まるで、舞台女優か歌姫かというような綺麗な声と立派な歌で、ああっ、とても感動いたしましたのっ」

「感動した……? ええと、それはありがと――」

「本当に素敵な歌と踊りでしたわ!」


 歌と踊り? 魔法ではなく?

 困惑する私に彼女は続ける。


「ベアトリス、あの盛大な拍手が聞こえませんでしたの?」

「いえ、とても大きな拍手はいただきましたけれど、あれは魔法と花への――」

「違いますわよ。魔法も素晴らしかったですけれど、皆の賞賛はあの歌と踊りへのものがほとんどだと思いますわ」

「魔法、ではなく?」

「いえ、魔法も立派でしたけれど」

「アナベルが感動したと言ってくれているのは、歌と踊り?」

「ですから、魔法も素晴らしかったと思いますわよ?」


 ――なんてことなの。

 もしも彼女の言うようにあの拍手がむしろ芸に対するものだったとするのなら、魔法の発表としては不合格ということになるのかしら。あの花を咲かせたことについてよりも、魔法の発動に必要なものの方が印象的なのだったとしたら――


「……私、失敗した?」

「成功ですわよ、大成功だと思いますわ」

「魔法の、発表だったのに?」

「魔法、失敗してないでしょう?」

「してません」

「やだ、なに不安そうな顔をしてますの? 堂々となさいまし。ほら、席に戻りましょう」


 手を引っ張られるようにして、アナベルに席に連れていかれる。彼女の言葉が気になってしかたがなかった私は、複雑な気分で最後まで発表を見終えたのだった。


 発表の後、それぞれ担当の先生と話したり、お互いの発表についての感想を述べあったりする小さなパーティが催されていた。途中声を掛けてくれたクラスメイトの方々の言葉も、褒めてくれるのは歌と踊りについてが多くて、私はますます複雑な気持ちになる。


「メニミさん」

「んむー?」


 いつものように大量の料理を頬張っていた師を見つけて近付く。振り返った彼は口元を拭いながら無邪気そうな笑みを浮かべた。


「歌と踊りを褒められたのかいー?」

「……はい」

「あの魔法の詳細については気付かれない方が良いから、あれでやっぱり成功だったねー? ベアトリス嬢の歌と踊りなら、そっちに目が行くんじゃないかと思ったんだよー」


 あの方法での詠唱などをアドバイスしてくれた段階から、この事態を予想していたということか。完全に想定外の反応を周囲から返されている私を見て、彼はご満悦だったようだ。


「そうだよ。精霊たちを誰の目にも見えるような形で呼び出しているだなんて、気付かれない方がいいだろうね?」

「っ! ヴォラプティオ……」


 いきなり背後に現れた彼は、私の耳元に囁いてきた。にんまりと微笑んでいる金の瞳がまっすぐに私を捉えている。


「多くの生徒たちは、あれは他の魔法を掛ける時に見える魔力の流れだと思っただろうねえ。さすがに見抜いているのも何人かはいるようだけれど、まあ、そんなことを言われても信じる者は少ないだろうから、生徒たちの間では、問題にはならない」


 なにやら不穏そうな発言に、私は小さく顔を顰める。


「それ。カーバンクルの守護があるから、悪いようにはならないよ。それにあのエルフの王がついているんだろう? 全部ベアトリスにとっては好いように動く流れが出来ているんだ。下手に逆らわずに、今は流されてしまった方が良いと思うよ」


 無言で見返す私に、ヴォラプティオは軽くウィンクをしてくる。


「これは、嫌味でもなんでもなくて、友達としてのただの助言さ」

「私、あなたとお友達になった覚えはありませんが」

「おや、ワタシにもそれ言うんだね」


 けらけらと笑うヴォラプティオに、飲み物を差し出しながらメニミさんは言う。


「それよりもさー? 王子様のあの魔法の方が問題になってると思うんだけどなー?」

「ああ、闇魔法も使えるようになった、ってやつかい?」

「あれ、闇の精霊の加護じゃなくて、きみの魔法だろうー? 召喚獣を発表する子もいるんだし、使役してるものの力を使っちゃダメなんてルールはないんだけど、でもなー」

「んふふ」


 ヴォラプティオは長い指でメニミさんの顎をついと撫でて上を向かせる。


「それも、悪いようにはならないようにしてくれるんだろう? カーバンクル」

「ボクは魔族の魔法にも興味あるからさー、全然いいんだけどねー?」

「そういう会話は、多分影でした方が良いと思うよ、プティオ」


 少し呆れたような声を出しながら、離れた場所で女生徒たちに囲まれていたエミリオ様が近付いてくる。頭を下げると「だからわざわざそういう風に仰々しくしなくていいってば」ちょっと嫌な顔をして手を振られる。


「これを使っているから大丈夫さ」


 彼はその指にある指輪を見せてくる。いつかエミリオ様がついていたものに似ている、と思っていると案の定周囲に静寂魔法を掛けるための魔法具だったようで、今の会話は誰にも聞かれていないとヴォラプティオは言う。


「きみね、僕の護衛として来てるんだから、離れられちゃ困るよ」

「少しくらい離れても大丈夫だって言ってるじゃないか」

「そういう勝手な行動が困る、って言っているんだよ」


 あのエミリオ様がまともなことを言っている。ここに来てからの言動は呆れるものばかりだったせいか、こんな当たり前の発言にも小さな感動を覚えてしまう。

 エミリオ様の発表は複数の魔法の同時発動というもので特に珍しいものではなかったのだけれど、問題はそれが自分の魔法とヴォラプティオに発動させた魔法だったという点だ。多分呼び出しを食らうだろう、というのは先程胃のあたりを押さえていたアレク先生の言葉だ。なんで今年はこんな問題児ばかり、と唸っていたのだが、もしかしたらそこには私も含まれていたのかもしれない。

 ――なんだかもう、本当にごめんなさい。

 私は改めて、心の中でアレク先生に手を合わせて謝ったのだった。

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