第166話

「あらまあ、元気をいただいてしまいましたわね」


 隣に座っているアナベルが驚いたように自分の手を見ている。それからぐるりと会場内を見回す。


「寝不足でひどいお顔だった方々も、顔色が良くなっていらっしゃるように見えますわ」

「ええ、そうね」


 緊張は消えていないけれど、倦怠感は明らかに消えた。即効性のあるものではないという話だったし、聖女に癒しの魔法を掛けてもらえたという意識が強く関係しているのかもしれないけれど。

 それからも順調に生徒たちの発表が続く。ここでは危険だと別会場で攻撃魔法を披露する人、自分で組み上げたのだというユニークな魔法を披露する人――例えば、話した言葉が音声バブルとなって空中に浮かび一定時間後に弾けて声が聞こえる魔法、履いている靴が透明になりまるで裸足で歩いているかのように見える魔法……これは服にも適応できるということだったが、風紀を乱すということで靴での発表になったらしかった。

 今は、サリスさんとアナベルの発表が行われていた。


「わたくしたちは、2人で共同開発した魔法具をお見せいたします」

「それでは」


 サリスさんが、まるで卓上オルゴールのような大きさの小型の装置の蓋を開ける。

 サイドの取っ手を引くとなにかを入れられそうな引き出しが現れた。そこにコインのようなものを置く。箱のなかにそれを押し込むと、彼らのうしろの空間に絵姿が浮かんだ。

 次々と切り替わっていくそれは、アナベルやサリスさんの身近な生徒、先生たちの姿だった。そういえば、いつだったか休み時間などに思い出として絵姿を作りたいとアナベルに言われたのを思い出す。それから彼女は頻繁に小さなカードくらいのサイズの絵姿を作っていたのは知っていたけれど、このためだったのか、と驚いた。

 その装置は実際にオルゴールでもあるようで、音楽が鳴っている。会場中に聞こえるような大きさの音ではないはずだから、拡声の魔法が掛けられているのだろう。


「これは、絵姿を何枚も取り込み、空間に順番に表示することができる魔法具になります。必要な絵姿はカード程度の大きさなので、大きなものほど製作者が限定されません。また、絵姿は1枚あれば何個も複製することが可能になります」

「例えば、結婚式で二人の思い出の場面を参列者に見ていただいたり、セレモニーの演出や、公演の宣伝にも使えるのではないかと思いますわ。人気の俳優の絵姿を取り込んだりしても、ファンの皆様が欲しいと思われるかもしれませんわね。音声もご本人のお声を使えたら面白いものが出来るかもしれませんわ」


 なるほど、と会場から感心したような声が漏れる。

 

「価格も、貴族にしか手に取れないものではなく、贅沢品にはなりますが庶民も購入できる程度を予定しております」



 ちゃっかりと発売時期まで宣伝したセリスさんとアナベルに拍手が送られる。

 今までは、大きな絵姿は画家を雇うことのできない家庭ではなかなか手に入れることはできなかったし、小さな子供ならば絵に比べたら短い時間で作ることのできる例の魔法具だって大きなものは作るのが難しかった。でもカードサイズなら大きなものに比べて使える人は増えるし、もしこの魔法具が一般的になったら、小さな絵姿しか作れない魔法絵師の仕事も増えるかもしれない。

 大きな拍手を受けて笑顔で戻ってきたアナベルは


「実はこの魔法具、ミレーナからヒントをいただいたんですのよ」

「ああ、そういうことね」


 彼女の元々いた世界にあったなにかしらの道具が原案になっているのだろう。彼女の私たちの知らない文化は、この世界に変化をもたらす。あまりにやりすぎては世界を壊しかねないのでは? と心配にならないわけでもないが、彼女だってなにも考えていないわけではない。この世界に多大なる影響を与えるような文明は持ち込まないだろう。ミレーナは、元々この世界を愛していたのだから、自分の手で壊したりはしないはずだ。

 発表を終えて安堵した表情で椅子に座っていたアナベルの元に、魔導師の塔の魔導師が寄ってきた。何事かと思えば「マスターがお呼びです」とのこと。

 ――マクス様が?

 塔へのスカウトかとも思ったけれど、それは後日知らせが届くと言われている。発表直後の今、全体の発表が終わる前に呼び出されるだなんていうのはよほどのことだ。一気に緊張して顔色を悪くし、目を白黒させるアナベルの手をそっと握る。


「マスターは、お優しい方だからそんなに緊張しなくても大丈夫よ」

「ベアトリス……マスターを知っているの?」

「まあ、ええ。なにか無理なことを言われたら、友人だと私の名前を出してくれて良いわ」

「……??」


 余計に混乱させてしまっただろうか。サリスさんもがちがちに緊張した様子でアナベルと揃って会場を出て二階に向かう。一体なにかしら、と彼らの動向が気になった私だったけれど、そろそろ準備を始めなければいけなかった。舞台裏に移動すると、メニミさんが待っていてくれた。


「皆の発表も楽しいねー」

「はい。とても興味深いものもいくつかありました」

「ボクはベアトリス嬢の発表も楽しみにしてるよー」

「そう言っていただけるのは嬉しいですけれど、なかなかに重圧感が大きいですわね」


 苦笑いを浮かべた私に、メニミさんは笑う。


「じゃあ、上手くいくように応援してあげようかねー」


 彼はそう言うと私に屈むように言って、それから爪先立ちになると額に彼の額を押し当ててきた。


「カーバンクルのおまじないだよー」


 前髪を上げた額には、真っ赤な石が輝いている。富と名声を手に入れられると言われる宝石。普段は触れることも許されていないそれを、私に押し付けた。

 

「ベアトリス嬢に名声を。っていっても、そんなのは要らないって言われそうだけどねー」

 

 からからと明るく笑ったメニミさんは、小さな手で私の背中を叩いた。その瞬間、緊張に強張っていた身体に温もりが返ってくる。

 ほう、と息を吐いたところで、呼吸もままならなくなっていたことに気付いた。


「ほら、出番だよー。行っておいで」

「はい。それでは、行ってまいります」


 明るい照明に照らされた舞台の上に、私は足を踏み出した。

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