第164話
しっかりと話を聞いてくれている態度を見せてくれるユニコーンに安堵しつつ話を進める。
「私の、彼に対する好意は減っていくばかりでした」
最初から、恋愛という意味での情はゼロだったのだけど、そんなことを今言う必要はない。
さらに、クイーンは私のことを治すために彼を連れてきてくれたのだろうから、最初抵抗を示したことに対してあまり良くない感情を持っていた可能性は正直ある。でも、ユニコーンの力のおかげで少し状況が改善していたことを思えば、少しくらいは良い感情を持っている可能性だってあったわけで。
しかし、どちらにしろあれだけしつこくされていたのなら、クイーンがとんでもなく天邪鬼な性格でもない限り、今現在の好感度は限りなく低いと考えられた。
「自分の気持ちを押し付けるだけでは、自分の希望を伝えるばかりでは、クイーンの気持ちを動かすことは難しそうだと思いませんか?」
ユニコーンが小さく頷いたように見える。
「出会っていきなり恋に落ちるばかりではなくて、一度別の形で縁を結んでから徐々に恋心が育っていく、というのを、私は経験しました」
テラスを見上げれば、こちらを見下ろしているマクス様と目が合う。彼を見ると、自然と頬が緩んでしまう。私は微笑んだまま、ユニコーンの角をそっと撫でた。
「私が愛している方は、出会った当初、ただ私の側に寄り添って、話を聞いて、希望を叶えようとしてくださいました。家族として愛してくださいました。私は、そんな彼だからこそゆっくりと惹かれていって、恋をしたんです」
今していることが正しい行いではない、それでは駄目だ、と諌めるだけではどうするべきかは伝わらない。かといって、自分で考えろと言われても、他の方法を知らなければ動くことは難しい。
自分で選ぶことが苦手だった私が、今こうして彼の隣がいいと自分の意志で選択できるようになったのは、マクス様が好きなものの探し方、選び方、希望の伝え方を教えてくれたから。
もし、ユニコーンの彼がやり方を知らないだけなのだとしたら、別の行動のヒントを与えられたらなにか変わるかもしれない。
「今も、ああやって私があなたと話したいという意思を尊重してくださっています。黙って見守ってくださっています。時々は過保護だと思うこともありますけれど、でもそれも、思いが通じ合った今だからこそ迷惑だとは感じず、愛されているのだと感じられます。でも、これが私も彼を愛しく思っている状況でなければ、鬱陶しく思っていたかもしれませんね」
関係によって、同じ態度でも受け止め方は変わるのだ、と当たり前のことを言いながらくすりと笑えば、ユニコーンはマクス様と空高くまで舞い上がったクイーンを見た。
その目には確かに温かな慕情が感じられて、ただむやみやたらに執着しているのではないと理解は出来た。しかし。
「種族の違い、それからそれぞれの種族の中での立場というものは、異種族であるふたりには避けることのできない問題です。価値観の違いだけでなく、生活習慣の違い、嗜好の違い、そして寿命の違いなど……特に寿命は、どれだけずっと一緒にいたいと思っていてもどうにもなりません。いつか私が年老いて死ぬ時、彼を置いていかなくてはいけないと考えると、今から胸が締め付けられます。忘れないで、も、忘れて、も、どちらも彼を縛る言葉になるのなら。私は……」
つい、彼に言ってもどうにもならない想いが唇から零れる。その日を想像して涙ぐみそうになるのを堪えて、口元だけ笑顔を作る。
「……ごめんなさい、話が逸れました。同じ種族であっても簡単にはわかり合えないのですから、私たちのように想い人が他種族であるのならなおさら、相手と対話をして、理解にまでは至らなくとも、せめて彼らについて知っているということが大切なのかもしれません。いえ。結局は、どのような相手であってもお互いに思いやって歩み寄って、理解していくことが大事な――」
『……わかったよ、ベアトリス』
「え?」
つん、と頭をつつかれたような感覚のあとになにか声が聞こえた気がして、俯いてしまっていた視線を上げる。そこにはまっすぐに私を見ているユニコーンがいた。
『確かに彼女はペガサスで、ぼくとは違う生き物だ。こっちの流儀だけじゃいけなかったんだね』
「え、ええ、多分……?」
『彼女と、ちゃんと話をして、彼女の話を聞いて、それでもこの気持ちが通じなかったら……諦めて生涯番を持たずに過ごすよ』
「え、いえ、諦めろとかそういうことを言っているわけではなく」
ただでさえ、ユニコーンと会話が成り立っているらしい状況を飲み込み切れていないのに、『クイーンに振られたら生涯独身宣言』をされた私は戸惑う。
「クイーンがだめだったとして、なにもずっと独身を貫かなくても」
『ユニコーンは一度この雌と決めた相手以外と子供を作ることはしない。だから、僕にとっては彼女じゃなきゃダメなんだ』
「そういうものなのですか」
『だから、彼女に選ばれなかったらって他の雌に乗り換えたりはしない』
しかし、ユニコーンといえば清らかな乙女が好きな種族として有名だ。番のいるいないは知らないけれど、相手にする人間の乙女も一人に限らないという話を読んだことがある。
かなり一途なようだけど、だったらあの人間の乙女に対しての逸話の数々は嘘なの? と思ったのが顔に出たのか別の方法で伝わってしまったのか、ユニコーンは小首を傾げた。
『人間の場合は、オンナノコだから雌ではないよ』
――生物学的に言うのなら雌だと思うのですが?
それぞれの種族の価値観に、人間の視点から意見を述べることにさして意味がないことは学習している。だけど、それでもその部分に関して疑問を挟まずにはいられなかった。
私の話を聞いて納得してくれたのか、その翌日からユニコーンがクイーンにしつこく絡むことはなくなり、少しずつ距離が近付いたようだった。そのうちにクイーンがユニコーンから逃げ回ることはなくなり――そして数週間後、彼はペガサスの群れの端に加わった。
クイーンが彼を番にした様子はない。あれは多分振られてしまったのだろう。そこからしばらく、アクルエストリアのひとたちは彼に対して心なしか優しかった。
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