第163話
クララとアミカが困っている。もう日は落ちかけてきて、吹き曝しのテラスはだいぶ冷えてきた。しかし、昼食時だけ退いてくれたクイーンが、マクス様が所用で離れて以降まったく動いてくれないのだ。
「クイーン、お願いします。一緒にお部屋に入っても良いですから」
「奥様がお風邪を召されてしまいます」
お願いしますぅ、と半泣きになっているクララを、片目だけ開けて見たクイーンは、また目を閉じて寝たふりを始める。
「まだ少しは大丈夫よ。クイーンの体温で温かいから」
「お膝だけではないですか」
そんな会話を聞きつけたのか、クイーンの羽根が私を抱くように広げられる。それだけで、少し寒さが和らぐ。
「お気遣いありがとうございます」
彼女の首を撫でると、気持ちよさそうな顔をしてくれた気がした。
「クイーン! 奥様のこと気にしているのならお部屋に入りましょう? お願いですから」
「クララ、そんな声を出してはクイーンから鬱陶しがられてしまいますよ」
「でもアミカ」
そんなことをやっているうちに、いい加減外が暗くなって肌寒さが増してきた。これ以上ここにいるわけにもいかない。私からも何度か声掛けしてみたけれどクイーンの反応はなく。
「失礼するよ」
聞き慣れた声と共に、私はひょいと抱き上げられる。目の前にはマクス様の顔。
「ただいま。結局ずっとこうしていたのか?」
「おかえりなさいませ」
すりっと鼻を合わせて、マクス様は軽く頬にキスを落とす。目で促されるので、私からも挨拶を返す。満足そうにした彼は、一転表情を引っ込めるとテラスで丸くなったままのクイーンを見下ろした。
「それで? あのユニコーンを自分ではどうにもできないから助けてほしいと? そこまでを我々に求めるのは甘えではないか?」
一瞬だけ視線を寄こしたクイーンは、顔を逆に向けてしまった。これはかなりご機嫌斜めなご様子だ。
彼女のもどかしい気持ちはわかる。なにを言っても話が通じなくて、どれもこれも自分の良いように解釈をして、何度拒絶してもいつまでもしつこく言い寄ってくる。こちらの話を聞こうともしない、寄り添おうともしない、一方的に思いを告げてくるだけ、押し付けてくるだけのそんな男に好意など抱くはずがないのだ。まったく魅力などありはしない。
「お手上げ状態なんですよね」
語り掛ければ、クイーンは私を真っ直ぐに見た。
「困りますよね、なにを言っても通じない相手というのは。私、とてもよくわかります。でも、どんなに迷惑でも相手や自分の立場的にあまり強くも出られなかったりして、それで余計に疲れてしまうのでしょう?」
マクス様に抱き上げられている私の足に頭を擦りつけたクイーンは、まるで「わかってくれるのね」と言っているように見えた。私は同情してしまって、彼女の頭を撫でようとする。しかし、甘やかしてはいけないというマクス様に止められてしまった。
「マクス様、しかし」
「ビーを助けてくれようとした気持ちにはもう十分に礼をしたじゃないか。その後のトラブルは全部自分の蒔いた種だ。自分でなんとかしろ」
恨めし気な目をしたクイーンは、ゆっくり立ち上がるとふわりと空に舞い上がった。
「あの」
まだ上空にいる彼女を見上げながら、私はマクス様に問う。
「改めて、私がユニコーンとお話をしても良いでしょうか?」
「ビーが? 何故」
「直接のお礼はもうしていますが、今の状況についてお話をさせていただきたいと思いまして」
彼を説得してみたい、と言えば、マクス様は不思議そうな顔になる。
「ユニコーンと会話するつもりか?」
「あちらの言葉はわかりませんが、人間の言葉は理解していると思うので、伝えられるだけ伝えさせていただきたいのです」
「……まあ、それでビーの気が済むなら」
これも甘やかしになって良くないと言われるかと思いきや、やるだけやってみろと許可が下りた。と言っても、許された時間は夕食に呼ばれるまで。となると、あと30分もない。
「お行儀悪いですが、ここから失礼します」
私は、浮遊魔法で庭まで降りると、上空のクイーンを見ているユニコーンの前に立った。
「改めて、ベアトリス・シルヴェニアと申します。先日はありがとうございました。まだこちらに滞在されているのですね」
返事はないが、黒い瞳が私を見る。清らかな乙女しか相手をしてもらえないのでは? という不安がなかったわけではないから、話を聞いてくれる気がある様子なのを見て胸をなでおろす。立ったままだと視線が高くなってしまうので、彼の前に跪く。
「あなたの目的は、クイーンと仲良くなることでしょうか? 彼女と添い遂げたいと思っていらっしゃるという話を小耳に挟みました」
ユニコーンの反応はない。が、構わずに話を続ける。
「これは、私の話なのですけれども……私には以前婚約者がいました。わけあって破談になりこちらに嫁いでくることになったのですが、破談になったあとも、元婚約者は私と親交を持ちたいと思ってくださっていたようで」
なんの話をしているのかというような顔をされて、私は苦笑いを浮かべた。
「その時の私と、今のクイーンの立場や気持ちが重なるんです。彼女の気持ちがわかってしまうような気がして、代わりに体験談をお話しに来ました」
ふっ、と鼻から息を吐かれるが、馬鹿にされた感じではない。
「彼は、私の話を一切聞いてくれなかったんです。耳に入ってはいても理解してくれなかった。理解してくれたかと思えば、それは彼にとって都合のいい解釈ばかり。話が通じない、と絶望に近い気持ちを抱きました。でも、彼はここの下に広がる国の王子様で、無碍に扱うわけにもいきませんでした。結局、逃げ回ることと、ひたすら同じことを言って拒否し続けることしか出来ない日々は疲弊する以外の何物でもなかったんです」
ユニコーンの目が、少し迷いを持ち始める。私の話を、自分のこととして顧みてくれているのかもしれない。これはもしかしたら、例のあの人と違って話が通じるかもしれない、と期待が膨らんだ。
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