第162話
今日は休みの日、ではあるのだけど、卒業発表の前とあってなにもしないでいるのも落ち着かない。でも、私の発表するものはただの魔法ではないからここでは練習も出来ない。
仕方なくイメージトレーニングをすることにする。参考になるからとメニミさんに渡された本をテラスで読んでいると、クイーンがふわりと降り立った。
「あら、クイーン。どうしたんですか?」
言葉はわからないが、首元に顔を摺り寄せてくる様子を見ると、なにやら疲れている様子である。下を気にしている様子なのに気付いて、手すりのところからそっと覗いてみるとそこにユニコーンがいた。
「まだ帰らないんですね。私からも、マクス様からもお礼はしたはずなのですけど」
足りなかったのかしらと思っていると、クイーンが不愉快そうに鼻を鳴らす。その視線はユニコーンを鬱陶しそうに見ている。なにかを訴えるようにこっちを見ているユニコーンの様子と見比べて、私ははたと気付く。
――これは、エミリオ様に絡まれていた時の私に似ている。
「もしかして、付きまとわれているんですか?」
そっと尋ねれば、クイーンは私にぐりぐりと頭を押し付けてくる。私では彼女と言葉でのコミュニケーションは取れない。詳しいことが知りたいと周囲を見回せば、ユニコーンに近付いていくメニミさんが見えた。なにやら草を渡しながらユニコーンに話しかけている様子を見ると、彼は相手の言うことも理解できているのだろう。
――あ、メニミさんがいたじゃない。
私は、少し離れた場所で控えてくれていたアミカに頼む。
「アミカ、メニミさんの手が空いたらこっちに来てもらうようにお願いしてきてくれる?」
「かしこまりました」
頭を下げたアミカが部屋から出ていく。そのまま上から様子を見ていると、庭に出たアミカはタイミングをみてメニミさんに話し掛ける。こちらを見上げた彼は「あとで行くよー」と大きく手を振った。
ユニコーンの視線から逃げるように私の後ろで小さくなっているクイーンはだいぶお疲れのようだ。彼女の首を撫でながら本を読み進めていると、10ページほど進んだところでメニミさんがやってきた。
「わからないところでもあったのかいー?」
「いえ、本の内容についてではなくて」
「じゃあ、なにを聞きたいのかなー?」
メニミさんは懐からなにやら花を取り出すとクイーンに差し出す。香りを嗅いだクイーンがそれを食んだ。鼻先を撫でている様子は、仲の良さをうかがわせる。
「クイーンが疲れているようなのですが、もしかして原因は……あれですか?」
私は視線だけで、まだ庭でこちらを見上げているユニコーンを示す。顔をそちらに向けたメニミさんは「ああー!」と大きな声を出した。
「ベアトリス嬢も気付いたんだねー?」
「私のところに来るなんて、よほどなのかと」
「にゃはは!」
笑ったメニミさんは、クイーンの顔を見て仕方なさそうな顔になる。
「きっとクイーンはベアトリス嬢を助けたくて必死だったんだろうさー。ユニコーンの習性を詳しく知らなかったんだねー」
「習性ってなんですか?」
ぷいっとソッポを向いてしまったクイーンは、聞きたくないとでもいうかのように耳を伏せている。ユニコーンというと、かなり気性の荒い種族で、人間の処女を好むというのは有名な話だと思う。あとは、あの虹色に輝いている角。それ以外になにを知っているかと聞かれると、首を傾げてしまう。
「ユニコーンの雄は、自分よりも強い雌が好きなのさー。庇護対象の人間であればか弱い乙女……処女が好きなんだけどねー。番となったら、やっぱり自分の子をたくさん産んでくれそうな強い個体を好む傾向があってねー」
「強い個体って、クイーンのことですか? でも、別の種族ですよね?」
とはいえ、見た目だけで言ったらかなり近しい種族のように見えないでもない。
「別の種族だねー。そもそも、属性も全然違うからねー。子を成せるかと言われたら、どうなんだろうねー」
「メニミさん、興味があっても、クイーンが拒否しているのですから駄目ですよ」
「わかってるってー」
静かな、しかし断固として興味本位の実験は許さないという響きを含んだアミカの声に、彼女の種族を思い出す。人間の身勝手な欲求から生み出されたという彼女は、動物実験のようなものに対して拒絶感が強い。その気持ちはわからないでもないから「駄目ですよ」と私からも念を押す。
「信用ないなー?」
困ったように笑うメニミさんに「自業自得ですよぉ」とクララだけが明るく笑い返す。
「やらないよー。クイーンに本気で蹴られたら、ボクなんて簡単に死んじゃうだろうからねー。ここまで長生きしたのに、最期がそれっていうのもねー」
ぶるっと鼻を鳴らしたクイーンに「ボクにはそんな価値もないって言うのかいー? ひどいなー。これでもカーバンクルだからそこそこ珍しいんだけどねー?」メニミさんは軽く返す。
「あっちからしたらさー? 自分を倒した雌と番うためならなんでもやるってユニコーンの性質を知らないで喧嘩売って、勝っちゃったクイーンがいけないんだよー。うん、だからさー、知らなかったっていうのはあっちには関係ない話だからねー?」
どうやらクイーンはメニミさんに言い返しているようだ。
「クイーンもさっさと番を見つけてしまえばいいんさー。いやいや、ベアトリス嬢がいいって言ってもさー? 彼女は人間だし雌だから無理だよー」
「それに旦那様の番ですからねぇ、いくらクイーンにでも譲ってはくれないですよ」
どうやらそんなことを言われて拗ねたらしいクイーンは、しばらく私の膝に頭を乗せたまま動かなくなってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます