第160話

※ 今回もイチャイチャ回です。あとちょっとだけ続きます。


―――――――――――――――――――――――――


 彼の唇が触れた場所からじんわりと温もりが広がって、ゆっくりとさざなみのような快感が身体を包んでいく。


「ん……っ」

「その声だけで眩暈がしそうだ」


 囁かれる声の方が、よほどその言葉に相応しい。

 息が上がっていくのも恥ずかしい、と思う気持ちも薄れてきた。


「大丈夫、声はこの部屋以外には聞こえないから」


 私が恥ずかしがるのを見て、マクス様がそう言ったのははじめての時だっただろうか。音が漏れないような処置をしているから、何一つ周囲のことは気にしなくていい、と笑った彼の顔は、滲んだ涙のせいで歪んで見えた。


「なにひとつ我慢する必要はないぞ」


 楽しめ、と言われても、その言葉を素直に受け入れられるようになったのはだいぶ経ってから。今でも恥ずかしいものは恥ずかしい。しかし、彼の様子を見ていると、自分ではわからないなりにマクス様が喜んでくださるような態度を見せられるようになっているのだとは思う。


「満足していらっしゃいますか?」


 などと聞いた日には「……満足していたのに、そうやって煽るから、ほら」とまた押し倒されるというのは学習したので、気にはなるけれど聞くことはできないでいる。

 彼の性格を考えるに満足してなくても満足していると言うと思うし、かといって正直に「あなたはそんなことを気にすることはないんだ。ただ、素直に気持ち良くなってくれればいい」などと言われても、気を遣われているのだと察してしまってまた落ち込んでしまうだろう。


 マクス様も私の体力については把握してきたようで、かなり加減して愛してくれているのだとは思う。でも、エルフ族のそういう話については少し勉強したので、あれでは到底満足はしていないのだろうということも理解している。

 変なことをたくさん知っているメニミさんに、エルフの生態について質問してみたところ参考に、と本を貸してくれたのだけど……その内容がほぼ生殖に関するもので、読んでいいものかどうか非常に迷った。


「それはちゃんとした生物学的な本さー」


 と真面目な顔で言われてしまっては、これを恥ずかしいと考えることが浅ましいのだろうと、頑張って読了した。したのだけれど。

 ――エルフ族って、美しい姿をしていながら、あんなことや、こんなことまで……

 本当に? と頭を抱えたが、こと様々な種族について造詣が深く、真面目に研究しているらしいメニミさんが私をからかうはずもない。ということは、ここに書かれているのは事実ということで。


「私も、このような作法にのっとった方が良いのでしょうか……」

「んー? 人間がエルフの相手をするのが大変な事なんだから、そこまで気にしなくてもいいんじゃないかなー? マスターがやってくれと言ったのなら別だろうけど―」


 言わないだろう? と確認されたら「言われていないです」と正直に答えるしかない。

 あまりこういうことはひとに相談するものではないかもしれないけれど、失敗するのも嫌だ。家族になど相談は出来ないし、いくら別の世界の私たちを知っていると言ってもミレーナに聞くわけにもいかない。結局、私の相談相手はメニミさんしかいない。


「だいたいさー、気になるなら、マスターに聞いてみればいいじゃないかー。そういうのは本人同士で擦り合わせるものだよー」


 とごもっともなことを言われてしまっては、ぐうの音も出ない。


「でも、恥ずかしいんですっ」

「どうしてボクには聞けるのかなー?」

「メニミさんは、メニミさんなので」

「まあいいけどさー?」


 それからついでに、リザードマンやらワーウルフ、他の珍しい種族についての知識まで詰め込まれたのは、言うまでもない。

 ――ワーウルフのそういう話は、アッシュを見ると思い出してしまいそうになるから、教えてくれなくても良かったのに。

 そんな話はともかくとして、知ってしまったのなら、興味がわいてしまうのも事実だ。自分がこんなに好奇心旺盛な人間だとは思っていなかった。ひとしきり泣かされたところで、私は涙を拭いながら体を起こす。


「今日はもう身体が辛いか? 今は卒業に向けて頑張っている時期だから、いつものようにはいかないだろうな」


 少し残念そうな顔をしながら、彼は服を整えてくれようとする。


「あ……そうではなくて」


 ベッドに腰掛けている彼の前にしゃがみ込むと、不思議そうな顔で見返される。


「私も、その……マクス様には満足していただきたくて」

「うん? そんな余計なことは考えずとも、私は十分に――」

「本当ですか?」

「ああ、可愛いあなたの姿を見られるだけで満足だといつも言っているだろう?」


 そういうことではないのだけど。

 きゅっと眉間に力が入る。そこに優しくキスをしてくれた彼は、そのまま唇の位置をゆっくりと私の口に移動させて、深い口付けを交わす。いつもならば、そのまま彼の唇が首筋に落ちてくるのだけど、今日は私が、と彼の身体のあちこちにキスを落としていく。


「ちょ、と……ビー? あなたはなにを」

「気持ち良くない、ですか?」

「……っ、いや。むしろ、それだけで……」


 小さく呟いたマクス様が自分の手で口元を押さえる。


「あら、マクス様」


 彼にされるように、その手の甲にキスをする。


「いつも私には声を聞かせろ、とおっしゃるのに」

「するのとされるのでは、話が違う」


 彼の頬がじんわりと赤くなっている。耳の端も、赤く染まっている。狼狽えたような表情はとても珍しくて。


「マクス様、愛らしいわ……」

「は……?」

「あ、ごめんなさい、つい」


 可愛い、と言いながら身体を起こして、彼の唇をついばむ。

 待ってくれ、と言うマクス様はもっと愛らしく思えてしまって、はしたない行為だと思うことも忘れてつい彼の膝に乗り上げてしまったのだった。

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