第159話

※ 今回も軽いイチャイチャ回なので話は進みません。


――――――――――――――――――――――――――


 夕食後、気を遣ったらしいクララとアミカは、マクス様と私の飲み物だけ用意するとすぐに夫婦の寝室を出ていった。まずはいつものようにソファーに腰掛け、とりとめもない会話を楽しむ。


「それにしても、卒業発表は私も楽しみにしているよ」

「うぅっ、プレッシャーかけないでください……!」

「ははっ、そんな顔をしなくとも、あなたなら大丈夫だよ」

「根拠のない大丈夫は、もっと胃が痛くなってしまいます」


 情けない声になる私に、マクス様は楽しそうに笑う。私の肩を抱き寄せると、安堵させるようにこつりと頭を軽くぶつけて「大丈夫だよ」とまた言った。


「メニミからもそこまで気負わなくていいと言われているだろう?」

「でも、授業以外で魔法を使うことなどほとんどないので、そういう意味でも」

「ああ、まあ、あんなのは慣れだからな。それに、冒険者になるのだとしたら、習得した魔法をぶっつけ本番で魔物と対峙する、なんてことも多々あるぞ」

「それはそうかもしれませんが」


 そう言われてしまうと、緊張するんです、などと言っている場合ではないと思える。だが。

 考えるだけで、今から指先が冷たくなってくる。その手をマクス様が包んで温めてくれる。彼の体温でじんわりと冷たさはなくなっていくけれど、まだ喉がきゅっと絞められたように息苦しさを感じる。


「まったく」


 マクス様はククク、と笑う。


「魔族相手には、あれだけ堂々と啖呵を切ったくせに。どうして失敗したところでなんの問題もない発表会くらいでそこまで緊張するのか」

「あの時は必死でしたし」

「冷静そうだったがな?」

「マクス様」


 からかわないでください、と言えば彼はまた目を細めて嬉しそうに笑うのだ。時折あの時のことで冷やかされるのだが、よほど「運命だから愛しているわけではない」と宣言したのが心に残っているようで、何度も繰り返し話題に出されると、なんとも言えない気持ちになる。

 コレウスあたりは「旦那様いい加減にしてください。奥様に嫌われますよ」と釘を刺してくれるのだけど、その言葉の効果は数日しか続かない。定期的に思い出してはニヤけているようなので、もうこれは忘れてくれるまで放置するしかないのだろう。

 ――多分忘れてはくれないのよね。

 はぁ、と溜息を吐けば「おっと幸せが逃げるぞ」と唇を塞がれる。そんな話は聞いたことがないと言った私に


「ミレーナ嬢から教わったんだ」


 マクス様はご満悦な顔で胸を張る。

 また余計な入れ知恵を! と憤りそうになるが、それをミレーナ本人に抗議したところで「本当になさったんですね! どうでした?!」とキラキラした目で体験談を語らされそうになる。

 どうして赤の他人に夫婦間の営みの話をしなければいけないのか。

 そんな恥ずかしいことはできないから、結局お風呂でクララとアミカに愚痴るしかない。


 マクス様は手酌でワインを飲んでいる。機嫌がいいのはわかるけれど、やっぱり飲みすぎだ。


「もう飲まないでください」

「ん?」

「読みすぎです」

「……ああ、この程度で使い物にならなくなるようなものは持ってないなら安心して――」

「だから! どうしてマクス様はそうなんですかっ」


 綺麗なお顔に対して、発言があまりにも……あんまりだ。しかし、そんな言動に慣らされて、少し煽られるようになってしまっている私も私で。考え込んでいると、しばらく妙な沈黙が訪れる。マクス様はグラスに残ったワインを口に運んでいるし、彼から話し掛けてくることはなさそうだ。

 数分の沈黙の後に、あの、と話しかければ、マクス様は溢れる笑みを隠すことなく私を覗き込んでくる。


「どうした? ビー」

「お顔が近いです」


 話し掛けたのは私だけれど、唇が触れる距離に来てほしいとは、まだ言っていない。軽く押しのけようとすれば、その手を掴まれてすかさずてのひらと手首に口付けられる。それだけで身体がビクンと反応してしまうのが悔しくてならない。


「なんで嫌がるんだ?」

「嫌なわけではなくて」

「ならば、どうして?」


 くい、と顎に手を掛けてきた彼に強引に目を合わされる。恥ずかしくなって視線を逸らそうとしても、甘く名前を囁かれては無視することも出来ない。曖昧な位置に視線を彷徨わせれば、彼は喉の奥で低く笑った。


「本当にいつまで経っても慣れないな」

「慣れるはずないじゃないですか」

「ほら、ビー」


 ちゅっ、ちゅ、と頬に何度も唇が当たる。これは、顔を見ないと容赦なく続けられてしまうパターンだというのは学習している。


「もう、マクス様」

「んー?」


 彼に唇を塞がれる。小さく啄まれ、自然と開いてしまう口にはマクス様の舌が入り込んできて、私の口腔内を丁寧に舐ってくる。逃げる舌を追われ、絡められ、唇の隙間から恥ずかしい音が響く。


「そろそろベッドに行くか?」

「……はい」


 掠れる声で答えて頷けば、彼に抱き上げられる。そのままベッドに寝かされて、彼が覆いかぶさってきて。

 彼の首に腕を回せば、蕩ける笑みを浮かべられ。


「ビー」

「マクス様」

「本当に可愛いな、あなたは」

「お願いだから、少し黙っていてください」


 これ以上変なことを言われては、なにかされる前に茹で上がってしまいそうだ。彼を引き寄せながら上半身を軽く起こし自分から唇を合わせれば、熱い吐息を漏らしたマクス様に強く抱き締められた。


「今日は、手加減してくださいませね?」

「おやおや……無理なことばかり言うんだな、あなたは」


 善処する、と笑った彼の顔に

 ――これはきっと今夜も遅くまで寝られないのでしょうね。

 私は半分諦めて、全身の力を抜いた。

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