第157話

「そういえば」


 もりもりとお昼ご飯を食べながら、思い出したようにミレーナが言う。


「卒業発表については、なにをなさるんですか?」


 ここでの学びの日もあと数ヶ月で終わる。卒業間際には、ここで学んだことを発表する催し物があるのだ。研究結果を書物にまとめてもいいし、習得した魔法を公開してもいい。私はメニミさんから学んだ古代魔法を再現したものを発表することに決めていた。


「古代魔法の術式を下地に、私なりのアレンジを加えたものを披露させていただこうかと思ってます」

「ああ、そうですね。それが良いかもです」


 召喚魔法を使えるというのは、あまり大っぴらにしない方が良い。ルクシアとノクシアを召喚して彼女たちの力をひけらかすわけにはいかない。そして、飛行魔法はさして珍しいものでもない。ただ舞ったところで、ただのショーになってしまうだろう。幻術でも良いけれど、それも見世物の域を出ない。


「アナベルはどうするんですか?」

「わたくしは、サリスさんと共に魔法具の発表をいたしますの!」


 彼女はいつの間にかサリスさんと仲良くなり、一緒に魔法具の研究をしていた。魔力のほとんどない人でも容易に使うことが出来るようなものを開発している。夜間、火を使うのは危険も多い。でも魔法の光ならば熱くもならなければ火事を起こすこともない。

 卒業後には、サリスさんはアナベルの家の支援を受けて小さな店を始めるのだそうだ。ここで、一人で生きていくと言っていた割にはすぐに相手を見つけて結婚するのではないか、と単純に思ってはいけない。彼らはいわゆるビジネスパートナーというものらしく、そこに恋愛感情はないのだという。お互いに憎からず思ってはいけそうだけれど、今は多分、そういうことに意識を割いている時間や余裕はないのだろう。

 アナベルは冒険者にも興味があるようだし、卒業後の彼女の動向はなかなかに興味深い。「卒業後も仲良くしてくださいましね!」と言うアナベルに、私は大きく頷いたのだった。


「卒業発表には、魔導師の塔のマスターもいらっしゃるのですわよね」

「え……ええ、そうね?」


 無邪気なアナベルに、私の笑顔はほんの少しだけ強張る。

 普段表に顔を表さない魔導師の塔のマスターが、マクシミリアン・シルヴェニアであることを知っている人はそう多くない。アナベルは知らない方の人なので「一生に一度お会いできるかどうかという方ですものね」とその日を楽しみにしているらしい。


「そこで才能があると認められれば、塔にスカウトされる可能性だってあるんですよね。私は関係ないですけどぉ」

「わたくしも無関係ですわね。魔力量も質も普通ですもの。でもベアトリスは――」

「――私も、スカウトされるほどの才能は……ないと思うわ」

「でもメニミさんのお気に入りでしょう? 彼の口添えがあれば、研究者として迎えられる可能性も」

「メニミさんの助手ですか? いいじゃないですか!」


 なにも知らないアナベルは兎も角、どうして全部知っているミレーナがそっち方面に話を持って行くのかわからない。それ以上深掘りしないで、と思っていると


「ベアトリスも塔に所属するの?」


 隣の席からエミリオ様が話しかけてくる。


「したいと言って出来るものでもありませんわ」

「そう?」

「そうですよ」

「……ふぅん」


 ここで「だってマスターはきみの夫だろう?」とか言わないくらいの分別はつくらしい。ホッとしていると、隣でニヤニヤしているヴォラプティオの顔が視界に入ってくる。視線が合えば彼までも


「ベアトリスなら塔所属だって不可能ではないだろうね」


 なんて言ってくる。塔の魔導師ということになっている彼からのお墨付きだ、とアナベルは声を弾ませる。


「もう! そういうことを勝手に言って盛り上がっていても、あちらにその意思がなければ無意味です。それよりも、発表会を成功させることを考えなければいけません」

「ですよねー、マスターの前での発表となるとただでさえ緊張するっていうのに、緊張感マシマシになりますよねぇ」

「それを言わないで、ミレーナ……」


 当日、彼の前で魔法を披露すると考えると、今でも眠れなくなりそうだ。

 でも、不安で寝られない、なんて言った日には、疲れて寝落ちするまで愛されてしまうので迂闊なことは言えない。アッシュのように魔法で眠らせてくれればいいのでは? と思ったのだけど、マクス様は精神に作用するような魔法を私に対して積極的には使いたくないらしかった。


 それから、新作のドレスの話やお菓子の話などに話題は移っていく。今度一緒に出掛けましょう、と約束をしている私たちの隣には「プティオ、誰も僕の発表に興味を示してくれないよ……」と露骨に落ち込むエミリオ様を「当日のお楽しみってことで良いじゃないか」と慰めるヴォラプティオの姿があるのだった。

 

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