第148話
その後、食事をしながらメニミさんはソフィーに対して、エミリオ様が私に飲ませたお茶を入手してほしい、と依頼した。調べられるのなら、直接異界の素材を研究してみたいようだ。出来るかどうかの確証はないけれど可能な限りやってみると返事をしたソフィーは、他に自分ができることはないかと尋ねる。
「特にないよー」
「じゃあわたしは? わたしはなにをすればいいですか?」
ミレーナ嬢の質問には「ヴォラプティオの動向報告かなー?」という返答だ。
「確かにな。あれの存在については大っぴらに出来ないし、ミレーナ嬢ならどこにいるか探れるだろうから適任だな」
同意を示したマクス様だったけど
「今は、エミリオ様と一緒にいますよ」
というミレーナ嬢の言葉に思いっきり嫌な顔になった。
「は?」
彼女はお昼として用意されているシチューをスプーンで掬いながらなんでもないことのように言う。
「どうやら、王宮全体に『エミリオ様付きの魔導師』だと思わせたようでー、昨夜も今朝も、堂々とエミリオ様と一緒にいましたよぉ」
「あー……」
「エミリオ様、ヴォラプティオと契約したって、魔族との契約だってなんか変なテンションなんですよね。あ、あと、国王様に面会を申し入れてたみたいですね」
「なんのために」
「さあ?」
ミレーナ嬢もソフィーも、エミリオ様の動きに興味がないのか、それ以上の情報がないからなのか、続けて話さなければいけないことはないようだ。マクス様は「なんなんだ、あいつらは」と少々頭を抱えたようだったのだけど、ふと思い出したように
「ところでミレーナ嬢」
とスプーンを置いた。
「聞きたいことがあるんだがな」
「はい、なんですか?」
「ミレーナ嬢の知っている限り、この世界はその乙女ゲームとやらの世界なんだろう?」
「はい」
「だったら、エンドマークはどこで付くんだ? どうなったら、ビーの物語は終わる?」
――私の物語が、終わる……というのは。
私は、この生活がずっと続いてくのだと思っていた。マクス様とも、これからだと思っていた。でも、本当にただの物語でしかないのだとしたら。誰か、例えばヴェヌスタなどがエンディングだと設定したら、その先の生活はどうなるのだろう。
この世界が本当に1つの作品なのだとしたら、幕引きを迎えたら、その先はなくなってしまうということなのでは?
急に不安になって、目の前が真っ暗になっていくような錯覚に陥る。
「えっ?! シルヴェニア卿っ、お姉様の物語を終わらせたいって、それどういう意味ですか?!」
ミレーナ嬢も動揺したように腰を浮かす。
しかし、マクス様はそんな反応に驚いたらしい。違う、と手を振ると、軽く頬杖をついた。
「変な意味ではないぞ。その乙女ゲームとかいうのの中では、ヒロインであるビーは周囲の男だったら誰とでも恋愛関係になる可能性があるんだろう?」
「誰とでもじゃなくて、攻略対象とだけですけど」
「うん、だから。そういう作品の中で、ヒロインの相手はどうやったら固定されるんだ? なにか決定打になる出来事があるもんじゃないのか?」
「あー、そういうことですか。各キャラのルートっていうのがあって、好感度を上げていくと話の中盤に入る前には確定するものなんですけど。お姉様の様子を見ても、これはマクシミリアンルートで間違いない世界線ですよ?」
ライバルのことは、もう気にしなくていいとミレーナ嬢は言う。
「でも、エミリオが邪魔をしてくるじゃないか」
「えーと、そうですね。んふふ、決定打を知りたいってことですよね」
にんまりしたミレーナ嬢は「お食事中失礼します」と立ち上がってマクス様のところまで行くと、その耳元になにかを囁いた。
「ッ、ぐ……ッ、げほっ!」
マクス様が、むせる。
「大丈夫ですか?」
「ん、んん」
手の平をこちらに向けてきて、大丈夫だと言ったマクス様は、むせたせいか顔が赤くなっている。コレウスが持ってきた水を一気に飲み干すと
「それは、本当か?」
隣に立っているミレーナ嬢を見上げる。
「はい! 周回っていうのもあるんですけど、この世界は多分ループしないので。そのイベントスチル回収したらほぼエンディングです。あとはイチャイチャするだけですよぉ」
「っ、あー……ああ、なるほど」
こほっと咳をしたマクス様は私を見て、それから気まずそうに視線を逸らす。
「どういうゲームなんだ、それ」
「だからぁ、乙女ゲームですって」
「いや……ああ、うん。そういうものなんだな?」
「そういうもんなんです」
上機嫌なミレーナ嬢は、続いてクララになにか耳打ちする。話を聞いたクララの髪が、ぶわっと広がったように見えた。それから、興奮した様子で何度も頷いて、コレウスに断ってアミカを引っ張りながら部屋を出ていく。
なにが起こっているのかしら、と思っていた私は――その夜、寝室に足を踏み入れて開いた口を閉じられなくなった。
「これは……」
結婚した当日、寝室で見た光景そのままのものが、そこには広がっていた。
天蓋付きのベッド。そこには、薔薇の花弁が撒かれている。
――これ、これって……
一気に顔が赤くなる。
そういえば、今日はクララやアミカがついてこなかった。と、いうことは。
背後からマクス様に抱き締められ、ビクッと肩が跳ねてしまう。
「ビー、怖かったら、無理強いはしない」
「マクス様、私」
「途中まででも、出来る範囲で構わないから」
私を抱き上げたマクス様は、私をベッドに運ぶ。背後でひとりでに寝室の扉が閉まるのが見えた。ベッドの上の花弁も、シーツの端にまとまっていく。
ぽす、とベッドに横たえられれば、マクス様が上から覗き込んでくる。顔の横につかれた腕。目の前に、夜着の合わせ目からちらちらと彼の胸が見えている。
どこを見ればいいかわからない。
横を向くと、マクス様の髪がカーテンのように垂れ下がってきている。全身、彼のすべてで閉じ込められてしまったようだ。
「ビー、こっち向いて」
「で、でも」
ちゅ、と頬にキスされる。
「昨晩、言っただろう? 『明日は、必ず』と」
「っ……!」
「あなたも、私と触れあっていたいと、もっと触って――それから、全部、私のものにしてほしいと言っていたではないか」
「ひゃっ!?」
言ったつもりはなかった。でも確かに、全部口から零れていると言われたような気もする。
眠かったせいで、もしかして私、全部言ってしまっていたのかしら、と恥ずかしくなって顔を覆う。
「こら。顔を見せてくれとお願いしているのに、どうしてもっと隠すんだ」
マクス様はそう言いながら、何度も手の甲に口付けてくる。
柔らかな唇が、愛しそうに何度も触れてくる。
「私のビー、可愛い顔を見せておくれ」
「むりっ、です……っ」
「ははッ、本当に可愛いな、あなたは」
見せて、と言いながら、マクス様は私の手を握って顔から外させる。緊張しながら見上げた彼の顔は――
――あ、私、この方に心から愛されているのだわ。
そう、自覚するのに十分なものだった。
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