第147話
「直接話していても思いましたけど、ヴェヌスタって結構人間臭い方ですよね」
ミレーナ嬢は変わらず満面の笑み。ヴェヌスタに対してかなり好意的なように思える。というか、彼女が誰かに対して嫌悪感を示しているのを見たことがない。昔好きだった作品の登場人物はみんな好きということだろうか。
――あ、マクス様はあんまり好きじゃなかったって言っていたわね。
どうやら、ミレーナ嬢が知っていたマクシミリアン・シルヴェニアというキャラクターは、マクス様とはかなり違うようだけど。
「あれは我儘っていうんだよ」
ミレーナ嬢の感想に、マクス様がまた嫌な顔になる。
ここまでの話を聞いていた私は、王城でも疑問に思ったことが再び気になって仕方なくなる。マクス様から大聖堂で聞かされた話、あれはどこまでが本当だったのだろう。
「マクス様。お話の途中なのですけど、質問させていただいても良いですか?」
「なんだい?」
「王族用に作っていただいた誓約書に私だけがサインをした状態で放置してしまうと、ヴェヌスタの愛を失って一族断絶、国王様のサインもあるのだから国の危機だ、とおっしゃっていましたよね」
「ああ」
「あれは、嘘だったのですか?」
マクス様が嘘を吐く理由もないとは思うのだけど。それこそ、なにか事情があって私を手に入れようと思っていない限りは。
――あのマクス様が、なにが下心があってあんなことをおっしゃったなんてことは、ないわよね?
ちょっと不安になる私に軽く笑った彼は言う。
「別に嘘は吐いていないさ。あなたを騙したわけじゃない」
信じてくれ、と言っても、信じられないかもしれないが、と苦笑いしたマクス様は、向かい合うように私を座らせ直す。
「王族と縁を結ぼうとしておいて、途中で止めただなんてあの女神が赦すはずない。まあ、サインしなかったのはアホ王子だからな。本来はあっちにそういう感情が向くべきなんだが、残念なことにあれはライラの血を引いている。ヴェヌスタの怒りがあなたに向くのは必然だ、と。本気で思ったんだよ、あの時は」
「そうなのですか?」
「決して、この機に乗じて若い娘を自分のものにしようなんて気持ちはなかったよ」
少なくとも、あの時は。
マクス様は私にだけ聞こえる声で言って続ける。
「最悪の事態を想定しての発言だったんだ。まさか、ビーがライラの生まれ変わりとはなぁ。言っておいてくれれば、このままじゃいけないなんて思って、私と結婚しようなんて言い出さずに済んだものを」
「え。シルヴェニア卿は、結婚したことを後悔なさっているんですか?!」
ミレーナ嬢が素っ頓狂な声を出す。マクス様は、私の身体を越しに部屋の中を見回して、全員の視線を集めていることに気付いたようだ。
「いや? 全然」
「でも、今の言い方では――」
「確かに、あのタイミングであのような形でなければ今の私たちはないだろう。それこそ、私たちは『運命ではない』のだからな」
マクス様の言葉に、ビクンと身体が跳ねてしまう。
別に、私はその言葉を否定的に使ったつもりはない。だが彼の言う通り、運命的に結ばれるふたりではないのなら、あの機会を逃してしまったら、私たちはこのようなことにはなっていない。何度想像してもゾッとする。
「そんなの、ゾッとするがな」
私の思考と同じタイミングでマクス様は言って、私をみんなの方へ向けた。
「あの時、私がビーを連れ去っていなければ、エミリオはいろいろと理由をつけてビーを自分の側に置いていただろうからな。そうなったら、私にはビーと恋に落ちる機会などない。あったところで、不貞とされたら大事になる。それこそヴェヌスタからなにを言われるか」
「仮にシルヴェニア卿があのタイミングで結婚を申し込んでいなくても、多分どこかでは恋するチャンスはあったと思いますけどね」
「それは、ミレーナ嬢の知っているゲームなどでの展開だろう? 私は、まだそれを完全に信じられているわけではない。あれは、私にとっては、奇跡的な出来事だった」
もーう、とミレーナ嬢が焦れたように小さく足踏みして、ソフィーにお行儀が悪いと窘められている。
「でも、お姉様がご自分で運命じゃないっておっしゃるんですもの。これは運命だったんですよ! なんて軽いこと言えなくなるじゃないですかぁ!」
「なにを言ったところで、マスターとベアトリス嬢が今夫婦なのは間違いないことだし、ふたりとも離縁する気はないんだろー? だったらもう、それでいいじゃないかー」
私たちの話には興味がないということなのだろう。メニミさんは話を終わらせにかかる。
「つまり、ヴェヌスタにとって一番大事なのは、ライラ――であったベアトリス嬢でー、相手は誰でも良いから、惚れ薬を使っても誰にも女神の怒りは向かずに、効果も出た……誰でも良いなら、完全に第二王子の方に気持ちが向いてしまってもヴェヌスタは構わなかったのに、そうならなかったのは、ベアトリス嬢がどっちでも選べるようにしてくれた、ってことかい?」
「というか……お姉様が、拒絶したからでしょうかね?」
しばらく考えていたミレーナ嬢は、ぽつりと呟いた。彼女は顔を上げると私を真っ直ぐに見てくる。
「ライラの生まれ変わりということは、お姉様は呪いにも多少は耐性があるのかもしれません。ご自分の愛している人以外を愛するようになるのを魂が拒否したから、その結果あんなことになってしまっていたとか?」
とか? と問われても私にはわからない。しかし、それは考えられないことではないというのは、マクス様とメニミさんの共通見解のようだった。そんなことがあるの? という疑問は、魔法の専門家であるふたりの意見の前には意味がない。
「だから、わたしが聖女の力をお姉様に使った刺激で魂が聖女の力を思い出して、自分の中の聖なる力でヴォラプティオの術を壊した、みたいな?」
「みたいな?」
「わからないですけど。でも、だったらある程度話は通るなーって」
「それは面白い説だねー」
メニミさんが嬉々としてメモを取っているということは、考慮に値する意見ということだろう。そして、ミレーナ嬢はまたキラッキラな目で祈るように手を組んだ。
「シルヴェニア卿以外を愛したくないって、すっごい愛ですよね。良いなー、素敵です」
「えぇと……私は……」
何と答えた良いものが迷っていた私は、急に目が合ったメニミさんの笑顔に数度の瞬きで返す。そうすれば、彼はにまーっと笑みを深める。
妙に楽しそうだ。何故。
「ところでベアトリス嬢はずいぶんと不服そうだったよねー?」
「そうでしたか?」
頬を押さえてみるけれど、自分ではよくわからなかった。後ろから覗き込んできたマクス様も「そうか?」と言うので、顔に出ていたわけではないと思う。
メニミさんの勘違いではないのかしら。
そう思ったのに、ニヤけているメニミさんの言葉を誰も否定しない。それどころか、クララやソフィーまで、彼と同じようなにまにました顔で見てくる。
「いやー、不満そうだったよー? マスター以外でもいいって言われた時とか、絶対に嫌だって顔してたじゃないかー」
「え?!」
「……その顔、私見ていないぞ」
私も見たかった、というマクス様の主張に「にゃはは」と笑ったメニミさんは、抱っこしているなら顔は見られなくて当然だ、と言いながら手帳を閉じる。
「ベアトリス嬢を見てるとさー、本当にマスターを愛してるんだなーって思えるよー。誰にも邪魔はさせないって意思が見えるなー。マスター、いいお嫁さん見つけたねー? マスターの愛の方が重いのかと思ってたけど、マスターも十分に愛されてるじゃないかー」
「ねーっ、お似合いですよね! わたし、お姉様とマクシミリアンのカプ推しになるとは自分でも思ってませんでしたよー」
またしてもミレーナ嬢がよくわからないことを言ったところで、そろそろ昼食にしましょう、というコレウスの言葉で一旦話は終わることになった。
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