第146話

シルヴェニア夫妻のお話ちょこっと+諸々ネタバラシ回


――――――――――――――――


 じとーっとした目になる私に、マクス様は訴える。


「いや、私は当然、ビーとの子が出来た時には共に育てるぞ? 人間の価値観に合わせる。というよりも、あなたとの子供なんて絶対に可愛いだろうからな。あっという間に成長していくのを見逃すだなんてもったいないじゃないか」

「エルフにとっては一瞬かもしれない20年で、人間は大人になってしまいますからね」


 弁解するように言ってくるマクス様を真顔で見ていると、ぱぁぁぁぁっと正面から妙な気配が漂ってくる。何事かと思えば、両手を握りしめたミレーナ嬢が、ソフィーの両手で口を押さえられていた。また衝動的になにか言おうとしたのを強引に止められたのだろう。

 それで黙るかと思った彼女だったが、私と視線が合うとぶるっと首を振って強引にソフィーを振り払い


「その時は! わたしにもお祝いさせてくださいねっ! 祝福とかできるように覚えておくので!!」


 キラキラした目と大きな声で言ってくれた。


「ああ。そうだな、いつか」


 マクス様は穏やかに笑って返す。のだけど、それはいつのことかはわからないではないか。

 ――エルフ族は、子供が出来にくいというお話だったのだし。

 まだ、そういう関係ではないし。

 ――でも、本気で子供が欲しいとなったら、彼はきっとかなり頑張るのでしょうね。

 ……頑張る……がんば……?

 考えていると、顔が熱くなってくる。

 こんな人の多い場所でなんてことを考えてしまったのだ。みんなに羞恥に耐えかねている顔を見られたくなくて後ろを向けば、マクス様と至近距離で見つめ合うことになってしまう。

 ――今、一番気まずいお顔がこんなに近くにあるなんて!


「ん? どうした?」

「な、なんでもありません」


 どこを向くことも出来なくなって、顔を覆う。そんな私の耳元に「期待されているな」と嬉しそうに囁いてきた彼は


「この会合、そろそろ切り上げてもいいか?」


と本気にしか聞こえない声で続けたのだった。

そんな時、空気を読まないメニミさんが声を張り上げる。


「やーっ! ボクの種族についてとか、まだ出来てもいないマスターとベアトリス嬢の子供についての話は今はどうでもいいんさー! 謎だった事柄について解明するのが先決だよー。魔族の魔法についてとか、異界の素材についてとか、今回は調べなきゃいけないものが多いんだよー、忙しいったらないよねー?」


 そう言いながら、メニミさんの目が爛々と輝いている。研究者魂に火がついてしまっているのだろう。その勢いのままに彼は手帳を振り回す。


「伝え聞いているヴェヌスタの話と、実際に起きていることが矛盾しまくってるだろー? どういうことなんだい? って思ってたんだけどさー」

「その辺りは、完全とは言えないが私が説明できるかもしれないな」


 マクス様は、私の座っている位置を直して話し出した。なにやら座らせ心地? が悪くなった様子で先程までよりも膝の方に移動させられる。


「ミレーナ嬢は実際に会っているようだから知っているかもしれないが、ヴェヌスタは博愛の女神だからな。彼女の愛は全方向で一方的だ。だから、ライラの生まれ変わりだというビーが幸せになれるのならば相手はなんでもいい、というのは実際に彼女が考えそうなことだよ。納得したくはないが、理解はできる」


 マクス様はソフィーを見る。教会で教育を受けてきた彼女は、女神の話とあって真剣な顔になる。しかし、マクス様はかしこまった彼女に対して「あまりショックを受けるなよ」と微妙な笑みを浮かべて話し出した。


「残念ながら彼女は、人間たちの間で言われているように全夫婦を祝福して愛を注いで見守っている――なんてことはない。満遍なく愛しているものたちが勝手に結婚しますと報告しにきている、くらいに思ってるのだろうな。一般的な夫婦であれば、離縁も珍しい話ではないだろう? ヴェヌスタは愛の形が変わることも知っているひとだからな。もう愛がないと言っている二人を無理矢理に繋ぎ止めたりはしない。ただ、その愛が実っている期間があまりに短いと怒りを買う。簡単に結婚して離縁したものが、その後愛に恵まれないのも見たことがあるのではないか?」

「そういえば、離縁してはいけないという話はないですね。離縁式でヴェヌスタにそれまでの祝福に対する礼を述べて、別れることを宣言して結婚誓約書を聖なる炎で焼き捨てなくてはいけませんけれども」


 ソフィーは考え考え答える。愛の女神を信じている国なので、離縁自体が比較的珍しいのだけど、全くないわけではない。死別以外で夫婦の縁が切れることもある。しかし、離縁してしまっては二度と結婚できない、なんて話は聞いたことがない。疑問に思って尋ねれば、大抵は片方に問題があってその人物が愛に恵まれなくなるのだとのこと。問題のない方は、また縁を結ぶことが出来るようだ。


「マクス様はあの時、ヴェヌスタは自分が見守ることになった夫婦に永遠の愛を注いでくれるけれど、契約を破ることは許さないとおっしゃってましたよね? 一度彼女に愛を誓っておいて、やっぱりなしはいけない、と」

「だからそれは、王族に関する話だよ。一族が愛から遠くなるというのも、王族に関係した時だな。ヴェヌスタはライラを溺愛しているから、その血縁者に対しては若干こう……」

「あー、ヴェヌスタはライラの強火担なんですね? まあ、そうじゃなかったらお姉様を特別扱いで私を送り込んだりしませんよね。全然役に立てませんでしたけど」

「……ミレーナ嬢がなにを言っているのか全くわからないが、まあルミノサリアの王族はライラの血を引いているのだから、全力で幸せにしてやろう。なんて、かつては思っていたわけだよ」

「かつて、とは?」


 今は違うのですか、というソフィーの質問に、マクス様は苦い顔になった。


「昔は、そりゃその人間を一番幸せにしてくれる人間をあてがっていたようだがな? 今はあの一族のライラの血も薄くなっているから、彼女の興味も薄れている。ああ、気紛れとか言うなよ。神なんて一方的なものなんだ。ただ、神の愛が自分たちから逸れているだなんて彼らは知らない。だから、慣習的に今もヴェヌスタに作らせた誓約書を使って婚姻を結ぶ。今となっては、自分に誓約書を作らせておいて愛を誓いながら簡単に別れるだなんて赦さない、と2人の縁が切れないように……良い言い方をすれば祝福、その実は呪いのようなものをかけるわけだな。それが、見守っている夫婦に永遠の愛を注いでくれるという風に解釈されているわけだから、知らないことは幸せなことだよ」

「呪い……」


 ソフィーが思いっきり困惑している。私だって驚きを禁じ得ないけれど、聖なる乙女だった彼女の衝撃を想像すると、私程度がショックを受けてはいけない話なのだとも思えてしまう。

 ――女神様のお考えって、一筋縄ではいかないのね。

 まるで子供のような感想を抱くばかりだった。

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