第145話
今回はメニミさんのお話です。
―――――――――――――――――――――
「メニミさんは、私の話を信じてくれるんですか?」
「面白い話はねー、だったらいいなーって思うさねー」
「まあ、つまりはさー、あの媚薬はそもそもこっちの素材じゃなくて、異界の素材も使われていたからボクが作った薬じゃ打ち消す効果はなかったんだよー。しかも、惚れさせるための術を掛けたのは魔族なんだろー? それじゃあ、幻獣程度の力じゃ太刀打ちできないよねー」
そうだ。メニミさんは幻獣種という話だったけれど、具体的な種族は聞いたことがない。
「あ。メニミさん幻獣なんですね。そのお耳も本物?」
それが聞きたかった! という質問を、タイミングよくミレーナ嬢がしてくれる。
ぴこぴこと耳を動かした彼は前髪を上げて額を見せた。そこに輝くのは赤い……宝石?
「もしかして、カーバンクルですか?」
「おぉー、ミレーナ嬢は物知りだねー」
メニミさんは手をパチパチ叩いて彼女を褒める。
「でも、カーバンクルって猫じゃないですよね? 猫の種族っていったら……ケットシーとか思いつくんですけど」
「猫じゃないよー」
聞いたことのない種族名に、ちらりとマクス様を見る。額の痛みと精神的なショックから立ち直ったらしい彼は、また私の腰を抱くような姿勢に戻っていた。
「ん? カーバンクルか?」
「はい」
「幻獣だよ。数は多くない。とても珍しい種族だな。額の中央に赤い宝石を持ってるのがその証拠になる。あの石を手に入れると富と名声を手に入れられるとか言われているらしいが、あれは頭のいい種族だからなあ。奪い取って殺してしまうよりも、飼い慣らして色々研究させる方がよっぽど多くの富を生む」
飼い慣らすとかあまり穏やかではない言葉が聞こえた気がするけど、ここで引っかかっては話が進まない。一先ず目を瞑ることにする。
「メニミさんの頭のお耳は猫のものかと思っていたのですけど、違ったのですね」
「ああ、やつらは姿が不定だからなあ。鳥だと伝わっている地域もあれば、小動物のように伝わっている地域もあるし、人型のこともある。アレは本人の趣味だな。別の姿に見せようとすれば見せられる、そういう種族だ。あの一見子供にも見える無邪気な姿は、相手に警戒心を持たせずに懐に入るための術だと言っていたな。なんともあざといことだよ」
「マスターってば、そんなに褒めたら恥ずかしいじゃないかー」
「まったく褒めてないぞ」
カーバンクルって可愛い小動物のイメージでした、というミレーナ嬢は、どこかでその姿を見たことがあったのかもしれない。
「ミレーナ様が前世でいらした世界にも、幻獣は身近にいたのですか?」
「え? いませんよぉ、魔法すらないんですもの。そういうのは想像上の生き物として、創作物の中によく出てきたんです。だから、そういう方面での知識であって実際に見たことがあるわけじゃないですよ。ユニコーンとかペガサスとかも初めて見ました」
「そうなんですね。……あら? そういえば、アッシュは瞳は赤いですけど、額に宝石はないですよね? メニミさんの息子さんなんですよね?」
「俺は、カーバンクルとワーウルフのハーフだ。額の石は継いでない。」
「ワーウルフとの間にはこれしかできなかったんだよねー。この世に1匹しかいない種族だよー」
そういう異種族でも子供は出来るのね、勉強になるわ。と思っていると、ニコニコしているメニミさんに対してマクス様は呆れたような声を出した。
「お前は、自分がどこまでの種族と子を成せるかという身体を張った実験は今も継続中か?」
――……ん?
「いやぁ、最近はめっきりだよー。なんか子供にも孫にも曾孫にも恨まれるからさー? 命を狙われたくはないから、それが末っ子さー」
彼は笑顔でアッシュを指差す。こく、と頷いたアッシュにとって父親に曾孫までいるというのは驚くようなことではなかったらしく、あくまでもいつもの無表情だった。
「……つい数年前までしてたんじゃないか」
「にゃはは」
「まあ、お前の責任だから勝手にすればいいんだが」
「それにさー、この世界に一匹の種族っていうのはとても興味深いじゃないかー。どっちの性質に似るのか、とか、寿命は? とかねー。孫や曾孫に関してもレポートが上がってきてるから、今度提出するよー」
「ああ」
「いやー、どんな姿してるんだろうねー。種族によっては絵姿を残すなんて習慣はないからさー。想像するだけなんだけどねー」
「孫らに会ったことはないのか」
「ないねー。子供ですら顔知らない子はたくさんいるしなー」
――え? メニミさんってもしかして。
ヒクっと頬が引き攣る。
曾孫に会ったことがないというのでも驚きなのに、子供ですら会ったことがない子がいるだなんて。
――ああ、でも、子供の数覚えてないって言っていたわね。
あの時はそれどころではなくてうやむやになってしまったけど、以前そんな話をしていたではないか。
ハーフの生態に興味があるという割には、近くで成長を見守りたいという態度は全くない。子育てにも興味はないようだ。わからない。メニミさんがなにを考えているのか全くわからない。ちょっと変わっているけど研究熱心な亜人種の魔導師、という当初の印象がガラガラと崩れていく。
「うわぁ、ある意味クズ男ぉ。っていうか、マッドサイエンティスト系だったんですね、メニミさんって」
苦笑いを浮かべたミレーナ嬢が呟く。マッドサイエンティストというのがどういう意味かはわからないが、褒めていないことは伝わってくる。
「カーバンクルの血に興味がある、欲しいって言ってくれた子しか相手にしないよー。実験に協力してくれるって契約も結んでるさー。それに、成長の経過を連絡してもらうお礼として十分な謝礼もしてるよー? 母親から文句を言われたことはないんだよねー。だいたいが種族の中でも変り者って言われてる、研修者気質の子が多いよねー」
「子育ては手伝わないんですね」
「んー? ボクに出来ることがあるのかなー?」
と首を傾げたメニミさんに罪悪感などというものは一切なさそうだ。それぞれの価値観で生きているのだから、人間には理解できないことが多々あっても仕方ないのかもしれないけれど、見る目が変わってしまう。
「あー……ビー。それから、ミレーナ嬢とソフィエル嬢には誤解がないようにしてもらいたいんだが、産んだら雄だけではなく雌も世話をしない種族なんて掃いて捨てるほどいる。メニミだけが特殊なわけではない。エルフ族も、基本は女たちだけで子を育てるからな。私自身も幼い頃に父に会った記憶など数えるほどしかない。そんな目で見てやるな」
「………………」
――へー、エルフ族もなんですね。
じっと顔を見れば、言いたいことが伝わったのだろう、マクス様は慌てたように私をぎゅぅっと抱き締めてきて
「いや、私は違うからな? そんなことはしないぞ?」
と縋るような目をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます