第142話
おなかの前にゆったりと回されていたマクス様の腕に力がこもる。
あら? と思って振り返るが、彼はしれっとした顔をしている。全く気にしていないぞ、というように見えるのだけど、これは……
「わかっている。何度も言わなくてもいい。この世界とは似て非なる世界の話なんだろう? 混同はしない。多少設定が気に入らない部分はあるが、それを否定してみたところで始まらん」
言葉ではそう繕ってみたところで、実際には苛立っているようだ。ミレーナ嬢の予想は間違っていなかった。ぐりぐりと私の肩に顎を乗せてきているあたり、まるで嫉妬した大型犬かなにかのようだ。自分の匂いを擦り付けるように身体を密着させてくる。
「あー……そういえばミレーナ嬢」
「はい」
「その乙女ゲームとかいうのは、主人公の少女の周りに彼女と恋に落ちる可能性のある男が何人もいるということだったな」
「はい。攻略対象って言うんですけど」
興味本位で聞いていますよ、という姿勢に見せるような振る舞い。しかし、ぎゅうっとしがみついてきている彼の態度には、わずかな嫉妬心が混ざっているように感じる。
――この私のことではないのに。
私はマクス様の元にいます、大丈夫ですよ、と安心させるように彼の手に自分の手を重ねると、指を絡めて握ってきた彼は、小さく笑う。それからミレーナ嬢に向かい合うと
「……その中に、私はいたのか?」
あくまで淡々と質問する。
「ミレーナの攻略対象だったのは、エミリオ、ユリウス、レオンハルト、オリバーがメインで、その4人を攻略すると、マクシミリアンとコレウスの話をプレイできるようになるんです」
全員の視線がコレウスに集まる。まさかそこで自分の名前が出るとは思っていなかったのだろう。彼もさすがに目を大きく見開いていた。そして、マクス様と視線が合うと、大きく首を左右に振る。
――そんな必死で否定しなくても、あなたが私にそういう感情を抱いてないのはわかりますが?
それに、ミレーナ嬢が主人公の物語で相手役になっていたキャラクターの話をしているのであって、私が恋に落ちたかもしれない相手の話はしていない。
それでも、主人の視線が怖かったのだろうなと思うと、少々同情してしまう。
「あ、コレウスは今お会いしているコレウスさんよりも、ちょっとだけ若い見た目でしたね。外見年齢20歳くらいで、他のキャラと大差ない年齢でした。キャラ付けとしては、クール系毒舌キャラでー、で、正式な攻略対象じゃなくて、マクシミリアンを攻略したいなら、コレウスとも交流しなきゃいけないって感じで。まず全然話を聞いてくれないんですもの。苦労しましたよー。でもめちゃくちゃビジュアル良いので、どうして攻略対象じゃないんだ! って言われてましたね、ずっと」
「ああ、なんだ。コレウスは対象外だったのか」
「はい。ミレーナがマクシミリアンとのフラグ立てるために攻略っていうか懐柔が必要なキャラって感じでした。いやー、でも人気あったんですよー、コレウス。黒髪オールバックでクール系毒舌眼鏡執事ですよ。定番すぎるじゃないですか。主人に対する絶対的な忠誠心を見せてくるんですもの、そりゃ各種方面に人気あったの思い出しますねぇ」
「……ああ、そうか」
まるで呪文のようにミレーナ嬢の口から出てくる単語の数々がよく理解できなくて、疑問のあまり身体が傾いでいく。それを、落ちないようにという気遣いからだろうか。マクス様は背後からきつく抱き締めて止めてくれる。
「こら。ビー、そんなに斜めになると落ちるぞ。もっとこっちに来なさい」
「はい」
真っ直ぐに座り直すと、またぐっと彼の方へ引き寄せられる。ちょっとくっつきすぎなのでは? と思っているのは私だけのようで、周囲はやっぱりそれで当然という顔をしている。
「で? ミレーナ嬢はそこでヴォラプティオの存在を知った、ということだな?」
ミレーナ嬢に質問するマクス様の口元がニヤついている。これは、機嫌が直ってきたというよりも、もしもコレウスがミレーナの攻略対象だったら――と想像してしまったのだろう。
――ミレーナ嬢と恋愛している、今より若い見た目のコレウス……っていうのは。
それは、私もちょっと見てみたい。かなり見て見たいかもしれない。誤解がないように言えば、見たいのは恋愛している若いコレウスであって、その相手はミレーナ嬢でなくてもいいのだけど。
「そういえば、マクシミリアンは白の王って言われてましたね。ルミノサリア国との契約で辺境伯をやらされてるエルフの王様で、作中一番って言われていた美形で、チートキャラで、それで、ミレーナの物語のラスボスでしたね」
「らすぼす?」
「最終的な敵、みたいな?」
――作中一番の美形と言われても特に驚きも喜びもしないあたり、マクス様はご自分の顔の良さを自覚しているのね。
それにしても、マクス様が最後に倒さなければいけない敵と設定されていたというのは、何故なのだろう。そう思ったのは、私だけではなくて。
「旦那様が、その最終的な敵だったんですか?」
「作中のいろんな発言でマクシミリアンを怒らせて、国が滅ぼされそうになるって展開が基本で」
「あー、そういうことですかぁ」
ありそーう、と呟いたクララを、マクス様が笑顔で見る。びくっと震えた彼女は、ささっとコレウスの影に隠れた。
「お姉様はこんな展開を話されても信じられないですよね。今のシルヴェニア卿は、お姉様がいらっしゃるので国の脅威にはならないですもの」
「え? ええと……まぁ……」
歯切れが悪くなってしまった私の顔をマクス様が覗き込んでくる。
「ビー? もしかして、あなたまで私がそういうことをやりそうだと思っているのか?」
「えっ?!」
「……思っているんだな」
「あっ、私は! マクス様は話の通じる方だと思っているので、そんなことはなさらないと思っています」
慌てて弁解したのがいけなかったのだろう。ビーまでそんなことを、と落ち込むマクス様に申し訳なさがこみあげる。
「マクス様、私そんな」
「ビー」
低く呟いたマクス様は、私の耳元に囁く。
「あなたが口付けをしてくれなかったら、ショックで倒れてしまうかもしれない」
「マ、マクス様なにを」
「頬にでいいから」
「み、みんなの前ですよ?!」
ああ、とソファーの背もたれに身体を預けたマクス様は、露骨に意気消沈した様子で強く目蓋を閉じて溜息を吐く。心配になって、身体ごと捻って彼の顔を確認する。
「あの」
大丈夫ですか? と問えば、薄く目を開けたマクス様と目が合う。
「ほら、この姿勢ならみんなからは見えないから」
囁いてくる口元が笑っている。全然落ち込んでいない。
――もうっ!
私は覚悟を決めて、目を閉じる。
そしてそのまま、彼の額に自分の頭をぶつけた。
ゴッ!! という大きな音がして、マクス様は悲鳴にならない声を上げた。
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