第141話

 最初に思ったのは、

 ――ミレーナ嬢、23歳ならば本当は年上なのね。

 ということ。

 それから

 ――かがく、ってなにかしら。

 ということ。

 マクス様は「はぁ?」と心底訝しげな声を出した。


「もしかして、自分の見た夢の話を真面目にしているのか? それを事実だと信じ込んで、私たちにあんな話をしていたのか? おいおい、偶然一致していたから良かったようなものの、外れていたら大問題だぞ」


 もう聖女様に対する態度ではない。今に始まったことではないけれど。

 しかし、ミレーナ嬢は気分を害した様子もなく、そして真面目な顔で続ける。


「夢という形でヴェヌスタには会いましたが、あれは夢ではありません」

「だが」

「あの、発言を疑われている段階ですけど、もっと意味の分からないことを言っていいですか?」

「良くはないだろう」


 まずは一つずつ説明していけと要求するマクス様に、ミレーナ嬢は困った顔になる。


「でも、なに話しても信じてもらえないと思うんですよね。だったら全部話しちゃおうかなーって」


 一つ一つ否定されるくらいなら、一気に話してしまって最終的にまた問い詰められた方が良いと彼女は言う。

 到底信じられないという顔をしていたマクス様だったけれど「とりあえず、知っていることを全部話せ」と、面倒になった様子で軽く手を振った。


「では……えーと、どこからにしようかな。わからない単語は多いと思うので、気になったら聞いてください。えっと、以前の私が住んでいた世界に、乙女ゲームっていうジャンルのゲームがありまして」

「すみません、乙女ゲームってなんですか?」


 はい、と手を上げてクララが質問する。


「えっとですね、物語の主人公になる女の子がいて、その周囲に格好良い男の人が何人もいて、条件を揃えるとその男性と恋に落ちる、みたいな。ちょっと上手に説明できないんですけど、特定の相手とのエンディングもあれば、周囲の男性全員から愛されて誰も選ばずに終わるような展開もあるんですよ」

「そのゲームがどう関係しているんだ」


 さっさと話せというマクス様に、ミレーナ嬢は「関係あるんですって」と笑顔を向けて、言い放った。


「ここは、私の知ってる乙女ゲームがベースになっている世界なんですもの」と。


「……はぁ?」


 理解不能だということを、マクス様が声と顰められた眉で表す。

 

「だから私、この世界の人たちの設定をある程度知ってたんですよ。マクシミリアンがエルフだとか、そういうのもゲームでやってましたから。一応全ルートクリアしてますし、ファンブックとかも買ってました」

「……あ゛ぁ?」


 理解が追い付かないのはマクス様だけではない。もう、私もクララもアミカも、コレウスだって目が点になっている。どこから突っ込んでいいものかわからず、誰もなにも言えない。

 彼女の言うゲームというのは、学院で使っている石板のようなものを使って遊ぶものだったようだ。それにしても、ゲームの世界とはどういうことなのか。この世界は作りものだと、彼女は言っている……?


「でも困ったことに、この世界ちょっと私がプレイしていたものとは内容が微妙に違っていたんです。まず第一に、私が知っている話では、ヒロインはミレーナで、悪役令嬢がベアトリスお姉様だったんですよ」

「ビーが悪役? ふざけているのか。そんなわけがないだろうが、こんなに愛らしい彼女が悪役だなんて――」

「あ、お姉様はあっちのゲーム中でも愛らしかったですよ? なんか……こう、ご本人を前にして言うのもあれですけど、ちょっとピントが外れてて、真面目が空回りしていて、あまり悪役っぽくないポンコツ悪役令嬢だったのでツボにはまる人とそうじゃない人の差は激しかったですね。私は好きでしたけど」


 フォローされているのかいないのかわからない。

 のことではないけれど、でもミレーナ嬢の知っていたベアトリス・イウストリーナはそういうキャラクターだったということだ。

 ――もしかして私も空回りしていることがあるのでは?

 そう考えると心配になる。


「そうそう、私が『お姉様』ってお呼びしているのも、これゲーム由来なんですよね」

「どういうことだ?」

「聖女ミレーナが現れたことで第二王子のエミリオから婚約破棄されてしまったベアトリスが、エミリオの新しい婚約者になったミレーナに言うんです。『私の次の婚約者だというのなら、私はあなたの先輩です。お姉様とお呼びなさい』って」

「っ!!」


 ――その世界の私、アホなのかしら。

 自分の言ったことではないのに、猛烈に恥ずかしくなって両手で顔を覆う。

 ミレーナ嬢の「先輩」発言を受けてなにを言っているのかと思っていたけれど、よもやどこかの世界の『私』が発言だったとは。どこかの私はなにを考えていたのかと、穴があったら埋まりたくなる。

 ――恥ずかしい。とんでもなく恥ずかしいわ……!


「あの世界では、登場人物のほとんどはまだ学生で、舞台は王立学院でした。エミリオが3年生で、ベアトリスが2年生。ミレーナは、それまでほとんど受けていなかった貴族教育を受けるため、まだ社交界デビューもしていない立場にも関わらず、エミリオの婚約者候補の聖女として、特例で1年に編入してくる展開でした。エミリオとベアトリスは13歳の時に婚約していて卒業したら結婚することになっていたのに、王子と結婚する運命にある聖女が現れてしまったので婚約破棄となってしまって」


 それで――とミレーナ嬢が口ごもる。ちらちらと私と見て、困った顔になる。


「どうした?」

「これからするのは、あくまで私の知っているゲームの話なので、気を悪くなさらないでくださいね?」

「全部話すと言ったのは自分だろうが。それで?」

「あの……ベアトリスはエミリオのことが幼いころから好きで、婚約できたのをとても喜んでいたんです。でも、エミリオが想いを返してくれることはなくて、あくまでも公爵家との繋がりを強くするという程度の認識でしかなかったようです。幼馴染だったこともあって嫌いではなかったようですけど、あくまでそこどまりと言うか」


 つまり、今の私の感情がそのまま、ミレーナ嬢の知っていたエミリオの中身だったということなのだろう。なるほど、私の言動が知っているものとは違った彼女は、当初とても戸惑ったに違いない。


「ああ、そのゲームの中のベアトリスは、婚約破棄されてもなお、エミリオに執着していたというわけか」

「ゲームの中のベアトリスは、ですけど」


 苦笑いのミレーナ嬢は、マクス様が今の話を聞いて不機嫌になるかもしれない、と警戒したようだ。私自身も、エミリオ様のことはどうとも思っていませんと反論しそうになったが、でも彼女が話しているのは、私たちの知らない世界の物語の話なのだ。そういう反論は、するだけ無駄だった。

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