第140話

 翌日、マクス様に呼び出されたミレーナ嬢とソフィーのアクルエストリア訪問は、クイーンからの洗礼を受けかけて間一髪でクララに助けられる――というところから始まった。


「ペガサスがこんなに群れを成しているところなんて、絵でも見たことがないわ。それに、ユニコーンまで一緒にいるっていうのは、異例中の異例よね……」


 普段あまり見ることのない、希少な幻獣種がそこかしこにいる様子に目を丸くしたソフィーが呟く。

 私がヴォラプティオの術にかかって、クイーンの浄化だけではどうにもならなかった時、彼女に強引にここまで連れてこられたらしい例のユニコーンは、なぜかアクルエストリアに居ついていた。もう彼は必要ではないので、メニミあたりに帰っていいと話をしてもらわなければな、とマクス様は言う。

 改めてお礼をしなくては、と思ったのだけど、クララやアミカがユニコーンのお世話をしてくれているから、それで十分だと言われてしまった。結構偏食らしく、彼? のためにいろいろと手配しているからこれ以上の礼は要らないとコレウスからも釘を刺される。言葉だけでも、とお礼を告げれば、ユニコーンはゆっくりと頭を下げてくれた。


「……おい」


 クイーンにユニコーンが突き飛ばされる。それと同時にマクス様が低い声を出した。


「乙女の加護など不要だ」

「加護ですか?」

「今のは、あのユニコーンがビーに加護を与えようとしたんだよ。最初にビーに加護を与えたクイーンの許可が得られなかったから、与えることはできなかったようだが」

「乙女の加護と言えば、清い乙女にのみ使える浄化の力を得られるものですね。聖なる乙女たちならば大喜びする力でしょうけれど」


 ソフィーはなんとも言えない顔になる。なんでそんな顔をしているのかと思っていると、ミレーナ嬢が補足してくれた。


「お姉様はシルヴェニア卿の奥様なんですから、加護を受けても力を使える機会は少ないでしょうしね。だって、その力ってまだ男性を知らない乙女という証拠ですもんね。聖なる乙女が乙女の加護を受けていてその力を使えるとなると、教会を出た後の結婚の申し込みが増えるんですよね。嫌ですよねぇ、自分のことは棚に上げてユニコーンみたいな女性にばかりそういうの求める男って」

「ミレーナ様!」


 下世話なことを言わないでください、とソフィーから注意されたミレーナ嬢は、すみません、と小さく肩を竦めた。あまり反省しているようではなかったけれど。

 真っ白な城を見上げ、改めて感嘆混じりに


「ベアトリス、貴女普段こんな場所で生活しているのね……」


 と呟いたソフィーは、まるで夢のようだとここのことを言う。

 彼女とは鏡越しに話をしていたけれど、見えていたのは私の後ろに広がる室内だけ。実際にその全貌を見ると、圧倒されるのだろう。


「ようこそ、我が城へ」


 遠くに見える魔導師の塔を背に、マクス様は彼女たちを出迎えた。


 応接室のテーブルの上には、キーブス渾身のお茶菓子が山のように積まれている。ここの料理長手作りの物ということで、もうソフィーも「毒味を」というのはやめたようだ。事実、彼女に毒物は効かないのだから。

 ミレーナ嬢は満面の笑みであれこれと口に運んでは幸せそうに「んー♡」と頬を押さえている。


「ミレーナ様、食べ過ぎてはお食事が入らなくなります」

「でも美味しいんだもの。ソフィー様もほら」

「私は……んぐっ……――あら、本当、上品な甘さでいくらでも食べられてしまいそうですわね」


 強引に口に押し込まれた一口大の焼き菓子を飲み込んだソフィーも、つい次に手が伸びている。

 ――そうでしょう、うちの料理長の腕は天下一品なのよ。

 誇らしく思っていると、クララがお茶のお代わりを持ってきた。


「いくらでもあるのでおっしゃってくださいね」


 彼女の明るい笑みに遠慮なくおかわりを申し出たミレーナ嬢は、マクス様の膝に乗せられている私に「それにしても」と話し出した。


「わたし、てっきり大騒動になってしまうんだと想像してました。ラスボスを口だけで撃退……?できるだなんて思わないじゃないですか」


 うんうん、とクララが小さく頷いている。


「まさかオリバー様に成り代わってるだなんて。見抜けなくてごめんなさい」


 頭を下げるミレーナ嬢に、マクス様は「結果なにもなかったんだ。気にするな」と手を振った。

 彼はなにもなかったと言うけれど、そんなことはない。マクス様にとっては、ヴォラプティオとエミリオ様の契約については、完全に意識外のようだ。


「そうそう、あの後、王城の図書室で眠らされているオリバー様が発見されました。昔から化けていたわけではなく、あの時たまたまオリバー様の姿だったようですね」


 ソフィーは私が気になっていた事柄の1つについて話してくれる。オリバー様はなにも覚えておらず、怪我もなかったそうだ。

 昨日語られたいくつかのことは重大秘匿事項とされ、ソフィーやユリウス様たちはもちろん、大司祭様、国王様たちまでも語ることを禁じる魔法を掛けられた。

 エミリオ様に関しては、ヴォラプティオがマクス様の術を嫌がって「ワタシがやるから、手を出さないでおくれよ」と同じように作用する魔法をかけたようだった。彼にとっても、自分についての情報が広まるのはあまり好ましいことではないらしい。

 ヴォラプティオのこと、私の前世について、マクス様とエミリオ様の魂について、マクス様がエルフであることとその立場諸々について。

 様々なことが、あの場にいた以外の人間に話そうとしても出来ないようにされていた。


「で? ミレーナ嬢。私たちに隠していることはないのか?」

「たくさんあります。以前は伝えられなかったことも、今ならばお話しできます。えーと、どこからお話ししましょうか」


 その時が来たら話すと言っていただけあって、素直に隠し事をしていたことを認める。


「では、あなたは何者だ? というところから行こうか」


 ミレーナ嬢は、背中をピンと伸ばして言う。


「わたしは、ここではない世界、この世界から言うと、異世界というところから転生してきた人間です」

「異世界?」


 マクス様に問い返され、彼女はしっかりとその言葉を肯定する。


「はい、ここではないところにある世界です。そこでは魔法はなくて、科学というものが発展していました。わたしはそこで23歳で病気で命を落としました。何故わたしが選ばれたのかはわかりませんが、それを思い出したのは泉で聖女として覚醒した時のことで、本当に最近のことです。その後、夢の中でヴェヌスタに出会い、お姉様を幸せにすることを依頼されたんです」

「え? 私ですか?」


 異世界という聞き慣れない言葉に困惑していた私は、突然自分の名前が出てきたことに驚く。


「はい。ヴォラプティオが良からぬことを考えているようだから、お姉様が巻き込まれて悲しむことのないようにしてほしい、とお願いされました。結果的に、後手に回ってお姉様を苦しませることも多くなってしまったことは、後悔しています」


 本当にごめんなさい、と頭を下げたミレーナ嬢の後頭部を眺めながら、私は余計に困惑するのだった。

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