第139話
「あなたのしたいこと、叶えたい願い、それに私の力や立場が必要だと言うのなら、遠慮なく言ってくれ。とはいえ、あの頃のあなたとは違って、今はもう私の力など必要ないことも多そうだがな」
マクス様に少しは認めていただけるようになったのかしら、と気持ちが高揚する一方で、その言葉からは、ここに来たばかりの頃の私がなにもできない子だと思われていたのだと実感させられる。そして事実、あの頃自分1人だけでなにが出来たかと言われたら、明確にこれと言い切れるものはなかった。
――魔法を使えるようになった程度で、独り立ちできるわけではないけれど。
「この先あなたが興味を持つ事柄の中には、彼らの力が必要になるものもきっとある。その時は、お前たちもビーに力を貸してやってくれ」
「……はいっ!」
「ああ。」
力強く頷いてくれたアッシュとクララ、視線が合えば微笑んでくれたアミカとコレウス。彼らは友達ではないけれど、特にクララとアミカのふたりは、自分たちの主人の配偶者というだけではない感情で私に接してくれているのだろうと思える。
ここに来る前の生活だって恵まれていたし、家族などからも大切にされていた自覚もある。でも、その頃の生活と今の生活を比べた場合の充足感は比べ物にならない。ここに来られて、一員として認めてもらえて本当によかった。
「マクス様」
「なんだ?」
「私、マクス様と結婚することができて、とてもしあわせです」
「どうしたんだ、いきなり」
どうしても伝えたくなって、彼の首に腕を回す。少しだけ目を丸くしたマクス様は「見られているぞ」とからかうように囁いた。
でも、彼の膝の上が定位置になった段階で、この程度は今更だろう。私は、その姿勢のままで話し続ける。
「あれから、したいこと、行きたいところもたくさん思いつきました。これからも、たくさんお付き合いいただいても良いですか?」
「ああ。あなたのためならいくらでも」
仕事はちゃんとしていただきますよ、という顔のコレウスが視界の隅に見えるのだけど、マクス様は丸っと無視する。これからもコレウスは苦労するのでしょうねと思いながら、並んで立っているクララとアミカを見た。
「はい、奥様。お茶のおかわりですか?」
きょとんとした顔をするクララ、それからまっすぐにこちらを見返してきたアミカに「それから、ふたりとしたいこともたくさんあるの」とちょっとだけおねだりするような子供じみた調子で言えば、クララはぱぁっと明るい顔になった。
「私たちですか?」
「一緒に買い物にお出掛けしたり、お菓子を作ったり、そういうこともしたいの」
「お料理……ですか……」
嬉しそうだったクララだけど、お菓子作りという話を聞いて表情が曇る。クララはお料理が苦手なのかしら。そう思っていると彼女はちらっと隣を見た。
「アミカがどうかしたの?」
「あの、アミカは……」
「奥様、私、あまり料理は得意ではありません。なぜか全部黒焦げになります」
――あら、そうだったの?
ここに来たばかりのころは、アミカがしっかり者で、クララは元気でちょっとそそっかしいタイプなのかと思っていた。それが、実はクララがアミカの教育係だと知った時には驚いたものだけど、彼らの経歴を聞けばそれも納得だった。
「お茶を淹れるのと盛り付けは得意です」
少し胸を張っているように見えるアミカが微笑ましくて、笑いが零れる。
そんな調子で話しているうちに、少し疲れが出てきた。口数の減ってきた私を見て「そろそろお風呂にしましょうか」とクララが提案してくれる。うっかりお風呂に沈みかけた私は、キーブスの作ってくれたせっかくの夕食をほぼ残してしまうくらいに、もう眠くてたまらなくなっていた。
「ビー、今日は頑張ったな」
「私は、なにも……」
今日は、クララもアミカもついてきていない。寝る前の語らいの時間も取れそうにない。半分眠っているような状態の私は、マクス様に抱えられて寝室に運ばれていた。
「魔族と真正面からぶつかり合うことにならなかったのは、あなたのおかげだよ」
ベッドに横たえられ、額に口付けられ、彼の腕を枕にするようにして眠る体勢にさせられる。優しく抱き寄せられた私は、彼の胸に身体ごとすり寄った。
温かい。
このベッドは、ふたりで寝るのに慣れてしまったら1人では寂しい。
マクス様の香りだ。
安心する。大好きな香り。
彼を好きだと、愛しているのだと感じても、頭が痛くならない。気持ち悪くもならない。
「マクス様」
「ん?」
「マクス様」
「どうした?」
眠くて重くなっている身体を無理矢理動かして、首を伸ばし彼の顎先に口付ける。
「ビー?」
「本当は、元に戻れたら、すぐにでも」
――抱いていただきたかったのに。
身も心も、すべてマクス様のものになりたいのに。
今日は、もう身体が動かない。好きにしてください、と言ったところで、意識のない女性に彼がなにかするようには思えない。
「ビー、自分がなにを言っているかわかっているのか?」
「ごめ、なさ……」
「いや。それは、うん、謝る必要はないのだけどな?」
マクス様が身体を引こうとするから、逃がさないように身体を寄せていくと困った声が聞こえてくる。
「私だって、同じことを考えていた。けれど、今日は無理だろう? もう寝なさい。ゆっくり休むといい」
でも私も、今日は可能な限り彼と一緒にいたい。触れあっていたい気持ちは、私だって一緒なのだ。
――マクス様に、もっと触っていただきたいの。全部、マクス様のものにしてほしいのに。
「マクス様、また鼓動が早い……」
身体も、いつもより熱くなっているようだ。その温かさで、目蓋がくっつく。
居心地がよくなるよう身体の位置を調整しようと、もぞもぞ動いているとマクス様は息を呑んだ。
「ビー……勘弁してくれ、全部口から出ている」
「ぜんぶ……?」
「今日は堪える。なにもしない。だが」
明日は、必ず。
そんな言葉が聞こえたような気がするけれど、私は自分がうっすらと微笑んでいるのを自覚しながら、眠りに落ちていった。
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