第129話
「ビー、その男と僕と、どう違うっていうの……?」
「うーん、本当にどう違うんだろうねぇ?」
ヴォラプティオは心底不思議そうに言う。
「見た目かな? 金髪よりも銀髪の方が好きだとか?」
「だったら髪くらいいくらでも染めるよ!」
髪の色の好みなど考えたこともなかった。男性の髪型に優劣があるようには思えない。エミリオ様は肩にかかるくらいの少し癖のある髪で、マクス様は腰に届きそうな長髪を普段は緩く1本の三つ編みにしていておくれ毛が顔にかかっているのが艶っぽく見える。どちらも、それぞれにとてもよく似合っていると思う。
――エミリオ様に銀髪は似合わないわね。
髪の色や髪型の問題ではない、と答えれば
「見た目全体の問題かい?」
と重ねて聞いてくる。
外見で選んだつもりなど一切ない。マクス様は美しい方だと思うけれど、見た目で一目惚れをしたわけではなかった。今までそんな風に考えたこともなかったから、改めて二人を見比べてみる。
どちらも長身――と言っても、マクス様の方が明らかに高い。
どちらも美形――かなり美形のエミリオ様でも、エルフ族の中でも整っている容姿だというマクス様と比べれば、どうしても見劣りする。
どちらもバランスのいいスタイル――エミリオ様は剣技に長けているから、直に見たことはないけれど鍛えられた肉体だろうというのは想像できる。逆にマクス様は、エルフで魔導師で、どう考えても鍛えているようには見えないのだけど、華奢なだけではなくてしなやかな筋肉のついた美しい身体だというのは知っている。しかし、単純な筋肉量で言えば、エミリオ様の方が多いだろう。が、身長的な問題だけでなく、足はマクス様の方が長い。
「……どちらも素敵だと思います。外見で選んだわけではありません」
「今、間があったよねビー。明らかに僕とその男のこと比べたよね?」
「今までそのような視点で考えたこともなかったので、質問された以上少々比較させていただきました。しかし、だからといって優劣をつけたわけではありません。どちらも素敵な男性だと思います」
「比べてるんじゃないか」
「比べるように誘導したのはあなたです、ヴォラプティオ」
ショックを受けたように私にまた縋りつくような視線を向けてくるエミリオ様を、ヴォラプティオはよしよしと慰めるように胸に抱き寄せている。もはや寄りかかれるなら誰でも良いのか、それまではヴォラプティオから逃げたいという気持ちが足の向きや身体の傾きで伝わってきていたのだけど、今は完全に魔族に身を委ねている。
――これ、私たちはなにを見せられているのかしら。
完全なる当事者らしい私がそう思っているのだ。他の人たちはもっといたたまれない気持ちになっているだろう。
「これでキミが平民だったら、あっちは王様なんだし差がついてしまっても仕方がないと思うけどさぁ、どっちも王族なのにねぇ」
ヴォラプティオはどちらも王族――とは言うけれど、人間の国であっても国力に差がある。これがエルフ族を治めている王と、人間の国のうちの1つ、しかも王位継承権二位という立場では、王族という名前でひとくくりにしていいものだろうか。魔族からしてみれば、規模感はあまり関係のない話なのだろう。
しかしそもそも、立場に惹かれて恋に落ちたわけではない。エルフの王だから、マクス様が素敵なわけではないのだ。
真剣に考えていると、マクス様がヴォラプティオの真似をするように私を抱きかかえて
「おいおい、私はこれでもエルフ族の長なんだがな? 人間の国の王子風情と同列に並ばせられるのはあまり気分は良くないな」
などと言い返す。
「それでも、王族は王族だろう?」
「だから、それは人間族の王ではないだろうが。人間の小国の1つの王族でしかない。第一この国の次の王は、それの兄だぞ。人格的にも能力的にも、それが兄を超えられるとは思えん」
「マクス様、小国などというのは失礼です」
「お姉様、そこが問題ではありません」
国王様と王妃様が聞いていらっしゃるのに、とひやひやして止める部分を間違えたようだ。
確かにそうね、と窘めてくれたミレーナ嬢に目だけで同意を示し「マクス様、本当のことを言ってはいけません」と言えば「お姉様、それを言っては駄目です」と止められてしまった。
こんな状況でこんな会話をしているのだが、私にも余裕があるわけではなかった。
ヴォラプティオは相手をしている限り、害を与えてくるつもりはないようだ。今の彼の興味は、私――聖女ライラの魂が、自分の運命の相手がふたりいた時にどうするのか、という部分にある。中途半端な答えをしては、彼を怒らせるかもしれないと、私は私で必死なのだ。
ヴォラプティオを怒らせるのは一番避けなければいけないこと。
そして、国王様と王妃様が、マクス様の発言で気分を害するのもあまり喜べるところではない。
ただでさえ、文字通り自分たちの息子が魔族の手の中にいるのだ。生きた心地もしないだろう。そこに、私の夫がエミリオ様やら国やらを馬鹿にしたような発言を繰り返しているのだ。止められるのは私しかないではないか。
かなり必死だった私が自分の諸々の失言に気付いたのは、この事態が収集してからだった。
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