第126話

 ヴォラプティオは、エミリオ様の肩に肘を置き、頬杖をついてゆらりと豊かな髪を揺らした。


「といっても、最初から最後まで話す必要なんてないよね。第一、出会いだなんだっていう話はワタシは知らないし。気が付いた時には、なんだか既に番ってたからね、あのふたり」


 思ったのと違う昔話が始まる。てっきり、オスリアン王と初代聖女の恋物語を魔族側から見た話が始まるのかと思いきや、出鼻をくじかれる。


「強大な敵に立ち向かう中で育まれる愛だなんて、そんなの極限状況で生殖本能を勘違いしただけなんじゃないかとか突っ込みたいことは多かったけどね。面白くなってくれればどうでもよかったから、しばらく放っておいたんだ。そうしたら、直に対峙したモルティフェルとインフェルナスが、ふたりがああなってからの方が手強いとか言い出すじゃないか。本当に面白い現象だよ。守るべきものが増えると身動きしにくくなるんじゃないかと思うけど、人間たちっていうのは其れで強くなるんだよね?」


 視線を投げられたのは、レオンハルト様だろう。見るからに騎士である彼にそれを問う。背後の彼から、少しだけ怯えにも似た気配が発せられる。魔族を前に啖呵を切れるような性格ではなかったのか、それとも明確な許可なく口を開くべきではないと判断したのか、レオンハルト様はなにも答えなかった。

 ヴォラプティオはにんまり笑ってエミリオ様に寄りかかる。


「それでね。あまりにも自分たちの間にある絆とかいうのを疑っていないようだったら、王子の方にちょっと細工をしてさ。聖女に向いている視線を他の娘に――彼を愛している子たちの想いと繋げてみたんだ。そうしたら、ふふっ、どうなったと思う?」


 はい、そこのキミ、と指名されたのはユリウス様。びくっとやはり怯えたように身体を揺らした後、少し上擦った声で話し出す。


「それはもちろん、お二人の真実の愛でそのような偽物の愛など……」


 顔を見れば、彼は珍しく引き攣った表情で必死に言葉を紡いでいた。

 優等生である彼の言葉は、あまりにも教科書通りだ。いや、聖典通り・歴史書通りというべきか。この国の王子と聖女の間に、魔族の脅威以外の障害などあってはいけない。誰からも祝福された関係なのだというのは、疑いようのない真実として語り継がれてきていたものなのだから。国王様と王妃様、今の聖女様の前で、いくら魔族に問われたとはいえ別の見解を述べることなどできないかったのだろう。

 しかし、ユリウス様の必死な言葉を、ヴォラプティオは軽い笑い声で遮る。

 

「あはは! そんな綺麗事で終わるわけないじゃないか。男と女なんてさ、お膳立てしてやればどうにでもなるもんだって。現にあの王子も――……」

「それ以上のお話は結構です」


 楽しそうに目を弓型にするヴォラプティオの言葉を上塗りするのはミレーナ嬢の言葉だった。背筋を伸ばし、凛とした声ではっきりと魔族の言葉を止める。

 そのような反応をされるのはわかっていたのだろう。いやらしい笑みを口元に浮かべたヴォラプティオは、笑った形の目のまま肩をすくめる。


「どうしてだい? ここが面白いところなのに」

「それだけ言われれば、想像できます。詳細を聞く必要はありません」

「そうかい? うーん、残念だねぇ。あの場面、かなり上手に演じてあげられる自信があったんだけどねぇ」


 ぶつぶつと言いながら、ヴォラプティオは自分の髪を指先にくるくると絡めている。興を削がれたという表情ではあるけれど、怒っているようには見えない。ミレーナ嬢の言葉は受け入れられたようで、彼は話を再開させる。


「まあ、それもすぐ聖女に猛抗議されてね。でも、卑怯もなにも魔族相手になに言ってるんだいって思ったよ。どうして此方が彼方の思う通りに動いてあげなければいけないのか。あんな状況を見ても以前のように愛せるのか? ってインフェルナスに質問させてみたら、正気でない時のことを罪に問うても意味はないだとか。そこまで妄信的に愛する理由がどこにあるんだか、まったくわからなかったよ」


 でもね、とうっとりするような顔になったヴォラプティオは、エミリオ様の輪郭に指を滑らせた。


「こっちでも最後の戦いとか言われているモルティフェルとインフェルナスとの最後の時、王子はまた言ったんだよ。自分たちの絆やは魔族たちに破られるものではない、ってね。強い絆で結ばれているから、魔族の誘惑などには負けないだって。んふふ、一度負けてるじゃないか。どの口がそう言っていたのやら。まあ、お優しい聖女サマが、あれやらこれやらの都合の悪い記憶は封じてあげたんだろうけどね」


 くふふ、と思い出し笑いをしたヴォラプティオは、またエミリオ様にしなだれかかるように身体を預け、彼の胸から出ているらしい鎖を撫でる。ピン、と指先で弾かれたそれは陽炎のようにゆらりとシルエットを見せた。確かに鎖のようなものが私に繋がり、全身に絡みついているようだった。


「そんなことを自信満々に言われたらさ……なにがで、なにがなんだろう、って――非常に興味をそそられるじゃないか」


 彼がなにを言っているのかわからない。無言でいた私たちに薄く笑ったヴォラプティオは「だからね」と指揮をするように指先を宙で躍らせた。


「負けてあげたんだ。いつまでも魔族がこっちにいたら、万が一勝ってしまったら、その先を観察することが出来なくなるからね。別にワタシは、こんな世界欲しくもないしさ。時々ちょっかいをかけるくらいがちょうどいい」


 魔族の発した言葉で場に動揺が走る。その言い方では、まるで魔族たちは聖女によって異界に追い払われたのではなくて、自分たちから引いたと言っているようなものではないか。しかし真実はそのまさかだったようで、ヴォラプティオの口から、その時こちらにいた魔族たちに派手に負けるように指示を出したのだ、ということが語られる。そうさせた理由は


「その方が劇的で盛り上がるだろう?」


 というなんとも単純で、そしてとても恥辱的なものだった。

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