第122話
「マクシミリアン・シルヴェニア……! 母上になんという口のきき方を――」
「黙りなさい」
国王様から睨まれたエミリオ様が口を閉じる。しかし、その目はまだマクス様を恨みがましげな目で見ている。人前であると気付いた私はマクス様の腕から逃げようとするが、しかし今の今まで我慢していたのだろう彼が放してくれるはずもない。
「マクス様、国王様の御前でございます」
「だから?」
「あの、この格好は適切ではないのでは……と」
本来、この小声での会話も許されない。のだけれど、このまま好きなようにさせておくというのも良くない。
「私は気にしない」
「私は、この国の国民です。国王様と王妃様の前でこれは受け入れられません」
「……あなたはアクルエストリアの王妃というのに? 気にするな」
「気にしてください」
少し身体を離したマクス様はいたずらっ子のような笑みを浮かべた。彼は身を屈めると「では、あとで不足分は補わせてもらおうか」そう言って私の腰を抱くようにして並んで立った。
「ビー、もう具合は良いのかい?」
「はい。お見苦しいものをお見せしてしまい、申し訳ございません」
私の体調を心配して話し掛けてくるエミリオ様から私を守るように腰を抱き直したマクス様は「性懲りもなく話し掛けてくるな」と舌打ち混じりに呟く。王族に対してその態度はない、と視線で窘めるが、彼は視線の合った私に微笑みかけてくるだけで反省の様子はない。
気付けば、私がマクス様に抱き締められている――いや、抱き合っている間に人払いがされたようで部屋の中にいた騎士たち、そして大司祭様を除いた教会の方々はいなくなっていた。
「ここで立ち話というのも申し訳ない。部屋を変えさせてもらっても良いだろうか」
「ああ、立ちっぱなしは妻の身体に障る。場所はお任せするよ」
マクス様が口を開くたびに、王妃様とミレーナ様以外の人たちから戸惑いや憤りにも似たものが発せられる。しかし、その態度を国王様が許可しているらしい以上、彼らは苦情を述べられずにいるようだった。
「では、行きましょう」
国王様が先導するように歩き出す。案内されたのはソファーが並べられている応接室のような場所だった。
国王様と王妃様、その隣にエミリオ様が座らされる。エミリオ様の座る後方に、いつものお三方が立ったままで並んだ。向かう合う位置に設置されているソファーには、マクス様と私、そして私の隣にはミレーナ様が座り、一人掛けのソファーにはカタリーナ大司祭様とソフィーが座っている。
マクス様は私の手を握り、彼の太腿の上に置く。これも恥ずかしいのだけど、指を絡められなかっただけマシだと思わなくてはいけないだろうか。
「まずは、この度の我が息子、エミリオ・フォルティテュードの愚行について、私から謝罪を述べさせていただきたい」
「父上、なんでそのようなことを……!」
「黙りなさい、と言ったのを忘れたか」
「…………」
エミリオ様は、ズボンを握りしめるように強く両方の拳を握って視線を下げ、また憎しみのこもった視線をでマクス様に向ける。マクス様はそんな彼を無視して国王様にゆったりと首を傾げた。
「まあ、まだ私について話していなかったのなら仕方のない部分もある。しかし、教会も認めたという私たちの婚姻を疑うというのは。私たち夫婦だけではなくて、教会、ひいてはヴェヌスタも批判したということだ。心の広い私ならともかく……なあ? カタリーナ」
「そんな……私は、なにも」
「おや、さすがは大司祭。ずいぶんと心が広いことだね。だがヴェヌスタはどうかなぁ。彼女はとても苛烈な女神だからな」
曖昧な笑みを浮かべたカタリーナ様は小さく首を振った。知ったようなことを、とでも思っているのだろうか。エミリオ様の視線は厳しい。
「それで? 私たちの婚姻に問題はない。もう二度とあのような言いがかりをつけるのはやめていただきたい。それから、私とビーに手を出さないと約束してもらうことは可能かな?」
「それは――」
国王様は頷こうとしたようだけど、それをエミリオ様が遮る。
「何故なのですかッ、到底納得できません! 父上!」
「それは、まだビーに手を出すという意味か? 懲りないな。私に喧嘩でも売るつもりなのかな?」
「いえ、シルヴェニア卿、そんなことは決して」
させません、と言おうとする国王様に、エミリオ様はなおも言い募る。
「僕は、ベアトリスに不幸になってほしくないだけなのです。彼女の幸せを祈っているのです」
「ははッ、それで? 自分ならば彼女を幸せに出来る、と。だから私のような怪しいものの元に置いておくわけにはいかないと。私は彼女を不幸にする存在なのだ、と。エミリオ殿下はそう言っているということだな? へぇ? なるほどなぁ?」
いいから黙れ、とマクス様が腹に据えかねている様子を見て、耐えかねたらしい国王様はエミリオ様の頭を押さえつける。王妃様からも「エミリオ。話が進まないわ。落ち着いて話を聞きなさい」と窘められる。
「……それが口を開くと話が進まんな。少し黙っていてもらおうか。私はビーと一緒にさっさと城に戻りたいんだ。早く終わらせたい」
その言葉の裏には、私のこの状況がいつまで続くかわからないということもあるのだろう。早くメニミさんに診せたいというのもあるのかもしれない。
マクス様は、すっと手を上げた。次の瞬間、エミリオ様は、口を押さえ、そして喉を押さえた。ぱくぱくと口を動かし、目を見開いてマクス様を見る。
「私が許可するまで口を挟むな」
少しやりすぎでは? と思ったのだけど、確かに彼がいちいち口を挟んできては話にならないのも本当のことだ。ここは、少し我慢してもらうしかない。私はエミリオ様を少し同情的な表情で見てしまっていたようで、それに気付いた彼は救いを求めるような視線を向けてくる。私にはどうしようもないので、またそっと目を逸らす。
――いけない。ここで彼を可哀想だと思ってしまったら、また彼に付け入るスキを与えてしまう。
「では、話をしようか。私について不信感を抱いている若者が多いようなので仕方がない。本来は国王にしか見せてきていない姿だ」
パチン、と指を鳴らせば、ルミノサリアの貴族の正装をしていた彼の姿は、いつもの魔導師のローブにゆったりと結われた銀の髪へと変化する。瞳の色も、単純な淡い水色ではなく、角度によって異なる色を宿す空色へ。
そして――
「さて。改めて自己紹介をさせていただこう。私の名前は、マクシミリアン・シルヴェニア。この国でシルヴェニア辺境伯として、魔族や封印の監視やら魔物の討伐やらあれもこれもと働かされている哀れな男だ」
彼はわざとらしく頬にかかる髪を長い耳にかけた。見えた人間よりもはるかに長く細い耳は、彼の種族を明確に現している。
「ついでに、魔導士の塔ではマスターとも呼ばれているし、つまりは天空城アクルエストリアの王であって、エルフ族の王でもある」
は? と誰かが呟く。
唖然とした様子のエミリオ様とそのお友達の反応に気をよくしたのか、マクス様はうっかり見惚れてしまいそうになるほど綺麗な笑みを浮かべた。
「ああ、これが一番大事だったな。私は、隣にいるこの美しい女性、ベアトリス・シルヴェニアが唯一愛している彼女の夫だよ」
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