第108話

4月29日の23時過ぎに107話更新しております。

ご覧になられていない方は、そちらからお読みくださいませ。


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 そのまま、鎖骨や肩などにも唇で触れながら、彼は説明を続ける。


「『乙女の誓い』は用途が極限定的なものだ。あまり有名ではないかもな」

「……んっ」

「例えば、遠くまで婚姻のために移動しなければいけない場合などに、花嫁となる娘にその道中なにか間違いが起きないよう、夫となる男性に会ってヴェヌスタの前で婚姻の誓いをするまで貞操を守ってくれるような魔法だ」


 マクス様は、私の首元に唇を寄せて囁くように話を続けている。時折唇が肌をかすめる。

 触れるか触れないかの位置で喋られると、くすぐったくて身を捩りそうになる。しかし、それでは嫌がっているように思われるかもしれない。今この状況下で、彼にそのような誤解を受けるのは避けたい。

 拒否していると思われないように必死でくすぐったさに耐えていると、呼吸が乱れてしまう。これも苦痛に耐えているように誤解されないだろうか。


「マクスさま、あ……の……っ、ん」

「そういう意図で触れようとした相手に、睡眠や麻痺の効果を与える。相手は身体を動かすことが出来なくなって、不届きなことはできなくなるって寸法だ」


 彼の手が愛しそうに私の肌を撫でる。やっぱりくすぐったくて唇を噛む。

 ――もしかして、その不届きなことって、今マクス様が私にしているようなこと?

 そんなことが頭によぎる。夫婦なのだから、この程度の触れ合いはなんの問題もないはずだ。でも、こんな風に知らない男性、暴漢から襲われたら……恐ろしくて、おぞましくて、抵抗も出来ないかもしれない。

 ――相手による、というのはこういうことよね。

 彼から触れられるのは嫌ではない。むしろ……

 でも、エミリオ様から触れられるのはゾッとする。

 これが、私に掛けられた術が作用し始めると真逆になってしまうのだ。マクス様に触れられるのが嫌になる。そして、エミリオ様に触れられても大丈夫になってしまう。大丈夫どころか、好意的に受け止めてしまう。

 あの状態の私が、エミリオ様に迫られたら。

 これが、愛情を伝えてくれる行為だと知ってしまったから、エミリオ様の愛を欲している『私』では、拒絶しきれないかもしれない。本当に『乙女の誓い』に効果があるのなら、『私』が拒否できなくても、術が身体を守ってくれるだろう。

 それから。


「んっ、ふ……ッ」


 変な声が漏れないように腕で口元を押さえる。しかし、マクス様はその腕を外そうとする。


「な、ん……で……」

「あなたの声が聞きたい」

「でも、っ、あっ」


 可愛い、と笑ったマクス様は触れるだけのキスを唇にしてくる。これ以上は、危険な気がする。


「あのっ」

「うん?」


 私は身体を起こしてマクス様の胸を押す。少し距離を取って、浮かんだ疑問をぶつけることで雰囲気を変えようとする。


「私は、もうマクス様と婚姻の誓いを立てております。婚姻の誓いを立てるまで、身を守ってくれる魔法なのですよね? だとしたら、その魔法は、私に掛けられないのではないですか?」


 その魔法を使う場面として設定されているものと、今の私が置かれている条件が違う。魔法を発動させるためには条件を満たす必要がある。影のない場所で影渡りの術は使えないし、全く植物のない場所で植物を操ることはできない。

 そう考えると、婚姻のための移動をするわけではない私には、その術はかからない。そもそも既婚者に掛けるものではない。


「『乙女の誓い』は処女にしか効かない。神聖魔法の場合は、あなたの言うように術を使う条件がかなり厳しい。未婚である必要があるから、既婚者であるビーには使えない。だが、クララの扱う『乙女の誓い』は神聖魔法ではない。愛の誓いを捧げた相手がいる、まだ男を知らない女性であれば使うことが出来る。未婚か既婚かは関係ない。あなたにも使うことが出来るよ」


 神聖魔法のそれが私に対して使えるのであれば、ソフィーやミレーナ嬢に依頼することも出来ただろう。彼女たちの魔法の精度は、言うまでもなく最高ランクだ。しかし、今回に限っては神聖魔法では効果がないというのだ。クララなら全幅の信頼を置けるだろうけれど、問題はその魔法がどの程度強いものなのか不安がある。


「魔法が破られてしまうということはないのでしょうか?」

「効果は術者によるが……そうだな。クララがやるのなら、魔導師の塔の連中の中でも破れるものは多くないだろうな」


 塔所属といえば、有力な魔導師だという根拠にもなる。そんな魔導師たちでも解除できないのだとなると、かなり強力な魔法ということになるだろう。クララがそこまでの魔法の使い手とは知らなかった。以前ハーフエルフだという話を聞いた時には落ちこぼれだとか言っていなかっただろうか。

 ――比較対象が魔導師の塔の上位のひとたちだったのなら、そういう発言にもなるのかしら。

 しかし、マスターから実力を認められているのならば、その力は本物ということになる。


「魔族相手となるとさすがに太刀打ちできないだろうが、今すぐにでも魔族がビーに直に接触してくることはないだろうとルクシアが言っていたようだ。とりあえず、エミリオやその取り巻き連中程度じゃ破れない。今は、それだけでもないよりはマシだ」


 アッシュのことを信用していないわけではないが、あなたを護るためならば、いくらでも策を講じよう、とマクス様は真面目な顔になる。


「私を――私たちを信じていればいい。あなたのことは必ず元に戻す。裏にいる魔族だって、引き摺りだしてあっちに送り返してやる。私に喧嘩を売ったんだ。ただで済ませるつもりはないよ」

「……はい」


 軽々と私を抱き上げたマクス様は、ベッドまで運んでいくと優しく横たえてくれた。額に軽くキスをして「では、私は退散するかな」と笑う。


「あなたの私に対する感情が正常でいられる効果は、いつ切れるかわからない。矛盾による負担をかけたくはない」

「申し訳ありません」

「ビーが悪いわけではないんだ。謝らないでくれ。それに……これ以上は私の精神力ももたない。我慢しきれずに下手なことをしたら、メニミやクイーンに叱られてしまうだろうからなぁ。ははッ、まあ、今は我慢するしかない。あなたと話せて、触れられて嬉しかったよ」

「私もです、マクス様。お会いできて、嬉しかったです」

「ああ、本当に愛らしいな、あなたは」


 マクス様は、おやすみ、とまた額にキスをしてから部屋を出て行った。

 彼の温もりと唇の感触を心地良く思い出せるうちに眠ってしまおう。私はそのままぎゅっと目を閉じて、枕を抱き締め、眠りの世界に誘われるのを待った。


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小話集:結婚式当日に婚約破棄を告げられた公爵令嬢、即日チートな旦那様と契約結婚させていただきました。

https://kakuyomu.jp/works/16818093075840108112


も更新しております。一番新しいのはクララのお話です。

よろしければどうぞ。

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