第98話

 メニミさんとなにやら話を付けたらしい精霊たちは『帰る』と言うとすぐに姿を消してしまった。魔力の供給も切れた感覚があったので、本当に戻ってしまったようだ。彼女たちから何らかの情報を得たらしいメニミさんとは、食事をしたあとで今後の話をすることになった。

 急な話だったのに、メニミさんの分も手早く用意してくれたキーブスはさすがだ。


「さっきは精霊語で話したんだけどねー?」


 現状を説明する過程で私の具合が悪くなるといけないということで、私には理解のできない言葉を使ってみたようだ。その結果、わかったこともあったという。


「つまりねー。ベアトリス嬢が『それ』と認識しなければいいんだよー。頭の中での矛盾が生じて具合が悪くなるって問題も、理解しなければ大丈夫ってことになるねー。単語でも言葉でも、なんであってもベアトリスが理解していなければ影響が出ることはないってことさー」


 メニミさんは、今日の夕食である柔らかいパンで平たく作ってある肉団子と野菜を挟んだものにかぶりつく。勢いよく齧ったせいで、瑞々しい野菜やジューシーなお肉から汁が滴り落ちる。「おっとっと」それらを啜ったメニミさんに


「行儀が悪いな。」


 今日も今日とて私たちと食事を共にしていたアッシュが不機嫌そうに言う。

 確かに若干粗暴そうに見える割に、彼はごはんを綺麗に食べる。今も器用に汁を零すことなく食事を進めている。私やクララ、アミカの分は男性陣に比べれば小さめに作られているし、食べやすくなるように紙で包んでくれているから、食べた反対側から具材が零れ落ちることもない。


「こういうのは美味しく食べるのが一番さー」

「そうですよ、お行儀よりも美味しく召し上がってくださるのが一番です」


 おかわりをお皿に盛ってやってきたキーブスが笑う。どうやら今度運んできてくれたものは、最初のものとは挟まれている具材が違うらしい。興味はあるけれど、いくつもは食べられそうもない。


「今日も美味しいわ」

「ありがとうございます」

「今持って来てくれたものには、なにが挟まれているの?」

「こちらは燻製肉を厚めにスライスして炙ったものと、卵を焼いたもの、それから清涼感のある複数の香草を数種類挟んであります。それからこちらはアナスのローストを果実のソースで和えて、少し苦みのある香草と砕いたナッツを合わせてあります」

「あら、それも美味しそうね。でも残念だけど全部は食べられないわ」


 にっこり笑ったキーブスは「残してくださっても大丈夫ですよ」と言ってくれるけれど、せっかく作ってくれたものを残すのは申し訳ない。ちょっとだけ食べてみたかった、と思っているのが伝わってしまったのか、ナイフを持ってきたキーブスがそれぞれを小さなサイズにカットしてくれた。でも、サイズの問題ではなくて、今お皿に乗っている1つを食べきるので精いっぱいなのだ。

 横からナイフを借りたクララが私の食べかけの部分を切り落として、残りに齧りつく。


「ベアトリス嬢、半分だけじゃさすがに足りないですよね? そちらも召し上がってください」

「じゃあ……」


 それぞれを小さな紙で包んで、食べやすくしたものをお皿に盛られる。

 燻製肉はまだ温かくて、脂身が舌の上でとろける。卵も少しとろりとした黄身が美味しい。アナスのローストの方は、それぞれの味の調和が素晴らしくて、食感の違いも楽しい。


「本当にキーブスは天才だわ」

「うんうん、いくらでも入りそうだよー」

「アンタは食べ過ぎじゃないか? 少し遠慮した方が――」

「育ち盛りだからねー。たくさん食べないといけないのさー」


 もぐもぐと口いっぱいにほおばりながら、幸せそうにメニミさんは言う。しかし、それを聞いたアッシュは鼻で笑った。


「もう成長しないだろうが。横にしか育たないぞ。」

「するする。まだこんなに小さいんだからねー」

「種族の問題だろう?」

「んー?」


 もう何個目だろうか。かなり大食いらしいメニミさんの食べっぷりを見て、キーブスも張り切ったのか追加をどんどん運んでくる。しかし、メニミさんに苦言を呈しているアッシュも、人一倍食べるひとではあるので、あまりひとのことは言えない。


「俺の記憶の限り、ほんの少しも成長してないように思えるんだが。」

「成長してるよー。アッシュが気付いてないだけだってー」


 あら、知り合いだったのね、と思いながら最後の一口を食べてしまおうと口を開けた瞬間。


「んなわけないだろうが、オヤジ。」


 ――今、なんて??

 驚いて、お行儀悪くも口を開けたまま彼らを見てしまう。クララもアミカも、同じような顔で並んで座っている彼らを見ている。


「あの、アッシュ?」

「なんだ。」

「聞き間違いかしら、今、メニミさんをお父様と呼んでいたように思えるんだけど……」

「そんな上品な呼び方なんてしてない。」


 ――呼び方の問題ではなくて。

 思わずクララたちと目を見合わせる。


「親子、だったの?」

「ああ。」

「メニミさんが、お父様?」

「ああ。」

「アッシュって、メニミさんがいくつの時の子供なんですかぁ?!」


 クララの素っ頓狂な声に、メニミさんは首を傾げる。いくつだったかなー指を折りながらしばらく悩んで「忘れちゃったよー」と無邪気な笑顔を見せる。

 隣にいる息子の年から逆算できるのでは? と思ったのだけど


「自分の年を忘れたからねー?」


 メニミさんはにこにこと笑顔で言う。どういうことなのか、と聞けば「子供の数も覚えてないからなー」と、とんでもないことを言い出す。

 そんな無責任な、と思ってしまうが、口にしていいものかわからない。


「俺も、兄弟がどれだけいるのかは知らない。まあ、どうでもいいことなんだが。」

「良くないでしょう?」

「エルフと違って、獣人はそもそも多産だ。それにオヤジは幻獣種、ボケてないだけ有難いと思わないといけないくらいの大年寄りだ。第一古代魔法のエキスパートとか言われているが、そいつは今古代魔法と言われているモノが普通に使われていた時代から生きてるってだけだからな?」

「ひどい言い方するねー」


 にゃはは、と笑うメニミさんに、私たちはどんな顔をすればいいのかわからなくなる。妙な空気になったのも気にせずに、おなかいっぱいになるまで食べたメニミ・アッシュ親子は、満足そうな顔で食後のお茶を飲んだのだった。

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