第91話

 後悔をし続けていてもどうしようもない。今の私に出来ることは、余計なことをしてみんなの迷惑にならないようにすること。それから、今の課題をこなすこと。力をつければ、少しは役に立てることがあるかもしれない。

 地下室に行けばそこにはいつも通りなメニミさんがいた。メニミさんは読んでいた本を閉じてテーブルに積む。

 いつものように講義を受けて、今日もアミカと魔力の同調を目指す。


 最近のアミカは、私に力を分ける練習と自分の生命力・魔力・精神力を向上させるための特訓をしているのだという。クララも「私なんて、とか言っていられませんからね! 奥様のことをお守りできるように、すこしでも多くの魔法を使えるようになりたいと思います」と、私が登校している間、取得魔法を増やすため、ふたり揃って魔導師の塔に通っているのだそうだ。今日目が覚めた時に側にいてくれたのは、途中で呼び戻されたからだったらしい。


「やることが増えても、奥様のお世話をするのは私たちです! 他のひとになんて任せられませんよぉ」


 彼女たちも疲れているのだろうに、私が城にいる間は甲斐甲斐しく身の周りの世話をしてくれていた。それだけではなく、ここ数回は私のこの召喚魔法の勉強にまで付き合ってくれるようになっていた。 

 魔力の波長を合わせるのは、なかなかに困難だった。最初から似通った魔力を持っている人同士なら一回で合わせられるようになることもあるようだ。しかし、私とアミカの場合は、まず種族が違う。それ以上に、彼女は人工的に作られた精霊だった。元の波長が全く違う。アミカよりも私の方が波長を相手に合わせていく作業は得意だと言われたのだけど、こちらから合わせようとしてもなかなか思い通りにはいかなかった。

 非常に苦労していたこの作業、でも回数を重ねれば徐々に合わせられるようになってきた。コツを掴めば一瞬で出来るようになるということなので、ひたすらに練習するしかないのだろう。

 以前作ると約束されていたアミカを呼び出すための魔道具、出来上がってきたものはネックレスで、アミカとクララの瞳の色をした石が嵌っていた。てっきりアミカだけを呼び出すものだと思っていたら、そこはセット扱いのようで。初めて見た時は、私以上にクララが感動していた。制服の下に着けているから、エミリオ様はこれに気付かなかったのだろう。

 ――そういえば、ブレスレットはどうしたのかしら。

 今、私の腕にあのブレスレットはない。エミリオ様が持っているのか、それとも……

 

「うーん、今日はだめだねー」


 メニミさんの言葉にハッとする。今日の私は、まったく集中できていない。


「あ……ごめんなさい」

「まあ、しょうがないよねー。でも、どんな時でも精神的に揺るがないようにならないと、召喚魔法は危なくて使えたもんじゃないよー」

「……はい」

「そろそろ実践に移ってもいいかなーって思ってたからさー? 光の精霊を呼び出せたら、もしかしたら精霊の特質によっては解けるかもー、って思ったんだけど。うーん、今日は難しそうだねー」


 じゃあ講義だけにしよう、と壁に設置された大きな板の前に行こうとするメニミさんのローブを掴む。今の言葉は、流すことが出来ない。


「おっとっとぉ?」

「光精霊なら、この状態を治せるのですか?」

「絶対とは言えないよー。光精霊っていっても、それぞれ別の存在だからねー? 特になにが得意なのかは、聞いてみないとわからないさー」

「でも、光の精霊を召喚できたら、癒しの力が使えるとアレク先生が」


 そうだ。そう言われていたじゃないか。自分でこの状況を改善できるかもしれない、と単純にも途端に活力が沸いてくる。しかし、話はそう単純ではないようだった。


「あー……それは嘘ではないけどさー? 癒しの力にもいろんなのがあるんだよー。それはいわゆる回復かもしれないし、やる気を増すようなものかもしれないし、肉体や精神の回復って言ってもいろんな段階のものがあるからねー。肉体だけに作用するのか、精神的なダメージまで治せるのか……それから、回復と解呪みたいなのは別の魔法だからねー? どっちかしか使えないかもしれない。期待しすぎはよくないよー」

「……ああ、そうなのですね……」

「でも、逆に一発で直せるかもしれないからさー? 今度、落ち着いてからやってみよう。ボクも調べてみるから、少しだけガマンだねー」

 

 ぽんぽん、と私の頭を軽く叩いたメニミさんは「そうだ」とテーブルに積んであった本の山の下の方から器用に1冊を抜き出すと、その分厚い本を開く。

 

「どうせ集中できないなら、なに飲まされたのかを特定するため、聞き取り調査でもしようかねー。お茶の味ってまだ覚えてるかい?」

「なんとなくなら、覚えています」

「その甘さって、お砂糖の甘さだった? それとも、蜂蜜とかそういうの?」

「いえ……蜂蜜ではないと思います。確か、あれはキャンディのような甘い香りで――エミリオ様は、そのお茶には花と砕いたキャンディが入っているとおっしゃっていました」


 歯に沁みるような甘さはなかった。でも、そういえば少しだけ口の中に不思議な甘みが残っていたような気もする。そう伝えると、メニミさんは本をパラパラ捲ってなにやら唸りだす。


「もしかしたら、その甘みもなにかの素材の味なのかなー? んー、舌に甘さの残る素材って言うとー……」


 続いて花の香りの種類についても聞かれたのだけど、こちらについての説明はとても難しかった。


「お花の香りだと認識はしたのですが、なんの香りかと聞かれると名前までは」

「まあ、すぐに思い浮かぶような花の香りじゃないってことかなー。花が好きじゃないと、そこまで細かく香りなんて覚えてないよねー。せめて香りを嗅いだ季節を覚えてたら―……って、わからないかー」


 とりあえず有名なのはこの辺かなー、と見せてくれたページは色がついている。花弁や葉の色がわかるようになっていた。これは、どれも惚れ薬を作るのに使われる素材なのだという。見たことのある花はほんの数種類、残りは見たことも聞いたこともない品種だった。名前を見ても、香りはわからない。


「って言っても、そこらで売ってる薬じゃないのは確かだろうし、うーん、誰が作ったんだろうなー。オリジナルを作れる薬師や魔導師なら、名前が知られてると思うんだけどなー?」

「メニミさんでも知らないってなったら、もう大変じゃないですかぁ」


 部屋の隅で私たちの様子を見学していたクララが不貞腐れたような顔で言う。


「そんな顔されてもねー。ボクにだって知らないことはまだまだいっぱいあるんだよー。いやー、この世の中って面白いねー」

「全然面白くないですぅ!」

「こっちでも全力で調べるから、とりあえずいつも通りに生活してればいいよー。焦ってもどうしようもないしねー」

「今、私がしてはいけないことはありますか?」


 メニミさんに尋ねれば「特にないよ」と軽く返される。

 曰く、身体の負担になることは無理にやらなくていい。エミリオ様に会っても問題はないけど、もしかしたら彼を好きだという認識が強くなってしまうかもしれない。でも会うことを避けるのは、登校している限り不可能だろうから――


「その、ベアトリス嬢の味方っぽい聖女と一緒にいるのが無難かもしれないねー。事情を話せば、こっちの手伝いをしてくれるかもしれないよー」


 まさかの、ミレーナ嬢と行動を共にすることを提案されてしまったのだった。

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