第77話

 クララが持ってきた石板に魔力を注ぐと文字が浮かぶ。

 これは所有者の魔力の波長に反応するように作られているから、例え先生たちでも、いや、マクス様でも起動させることはできない。起動させた後の表示も、基本的には持ち主以外が見ることはできず、閲覧には所持者の許可が必要になる。相談に乗ってもらう講師、私の場合はアレク先生などには都度許可を出して見てもらっているけれど、マクス様に関しては全てを把握してもらった方が良いだろうと、全ての情報の閲覧許可を最初に登録した。

 彼に渡せば、慣れた様子で石板を操作して、魔法の一覧ページを表示する。長い指で辿られていく文字を見る。光と闇の魔法、それから飛行魔法と透明化、レフレクシオに幻術等……今、私が取得しようとしている魔法の数々だ。


 飛行魔法。現在は魔導具の補助を得て浮遊することが出来るようになっている。もっと鍛錬を積めば、なにも道具がなくても身一つで実際に飛べるようになるらしい。しかし、空を飛ぶということに夢があるのは事実だとして、それが実用的かどうかと言われるとかなり疑問だ。一芸としては面白いかもしれないけれど、実際のところクイーンの背に乗せてもらえる私としては自分で飛ぶ必要性はない。それ以上に、マクス様が転移魔法を使えるのだから、これを使う機会があるかどうかと言われたら、多分、ない。そう思ったのに、マクス様に取得を促されては断れなかった。

 透明化は、まだ数分しかできない。集中が途切れたり感情が揺さぶられると解除されてしまうので、何事にも動じない心も鍛える必要があると言い聞かされている。

 レフレクシオは、いわゆる反射魔法。試してみるためには私自身に攻撃魔法を仕掛ける必要があり、まだ安定した強度を保てていないというアレク先生の見立てで、実際に魔法をかけてもらったことはない。

 こうやって見ると、私が取得しているものはどれも身を守るのには役立ちそうだけれど、戦闘向けの魔法ではない。更に、誰かの支援をしようにも、肉体強化などは出来ないからこれまた役立たずだ。

 ――立場上、自分の身を自分で守れるというのは、周囲にとっても安心できるだろうけど。

 ついでに言えば、魔力にも色々な質があるようで、私の魔力は付与魔法には向かなかった。ということは、魔法具を作るような魔導師にもなれないようだ。

 ――魔力はあっても、役立たずなのでは……?

 本当にこれでいいのかと不安になる。道楽で学んでいるわけではなくて、なにかの役に立ちたいと思っているのにこれでは。


「ああ、順調すぎるほどに順調に取得していってるじゃないか」


 取得済の色に変わっている魔法名を見て、マクス様が嬉しそうな顔になる。そんな顔をされると、少し気恥ずかしい。でも、彼が喜んでくれているのは、素直に嬉しい。今の今まで、このまま魔法を取得していっても意味がないのでは? なんて思っていたのに現金すぎるとは思うけど、でも、好きな人が自分のことで喜んでくれるのは――幸せだ。


「この石板に登録されていないだけで、他にも使えそうなものに心当たりがある。そうだな、明日にでもアレクサンダーに伝えて、ビーが取得できるようにさせよう」

「ありがとうございます」

「優秀なようで私も誇らしいよ」


 マクス様の指が置かれている辺りを見れば、まだ取得予定だけれど後回しにされているものがいくつもある。そのうちのひとつに、解毒がある。


「そういえば……解毒は闇魔法系統だったんですね」

「闇魔法は状態異常も得意だからな。と言っても、この場合は魔法由来の毒化しか解除できない。毒を盛られた時などには使えないな。そういうものは神聖魔法の領域だ」

「解毒と言ってもいろいろあるんですね」

「ビーの場合は光魔法も使えるのだから、両方を混ぜ合わせて使えば神聖魔法のように作用する魔法を組むこともできるぞ。既に魔法式ができているものではないから、自分で調整する必要があって少々コツは必要だが。まぁ、私が手取り足取り教えてあげればすぐに習得できるだろう」


 やってみるか? と簡単に言うマクス様に「今日は遠慮させていただきたいですわ」と答えれば軽く笑われる。


「ただ、神聖魔法と勘違いされる可能性がある。取得していると知られたら面倒なことになるかもしれんな」


 そういうものですか、と聞けば、そういうものだよ、と返ってくる。

 どの加護もちゃんと作用しているようでなによりだ、と言うマクス様に、視界の隅でアミカが小さく手を上げた。


「旦那様、少々よろしいでしょうか」

「なんだ?」

「私は、なんのお役にも立てていないようなのですが……」


 しょんぼりした様子のアミカに、マクス様は首を振る。否定の意味を示す仕草だが、しかしどの魔法にも彼女の加護は関係していないという事実がある。


「充分役に立ってるじゃないか」

「しかし、私の加護の力で使えるようになった魔法はないと」

「ああ」


 当日に確認した時も彼女由来で使えるようになった魔法はなく、時間が経てばわかってくるものかと思っていたのだけど、そういうわけではなかったようだ。ではどこに影響しているのか、と私もアミカもクララも首を傾げるばかりだ。マクス様は石板の別のページを開く。

 

「ここを見てごらん」


 それは、私の個人の情報が書かれている、最も秘匿度の高いページだった。名前や性別、生年月日、契約している精霊名などがある。そこに――


「見えません!」


 クララの元気な声に「あ、クララとアミカも見られるようにするわね」と、彼女たちの魔力を石板に覚えさせ、今だけ見られる権限で閲覧を許可する。


「『生命力増加』『体力自然回復上昇』『疲労度減少』……これですか?」

「ああ。時々特異体質で本人由来のスキルとして持っている人間もいるが、ビーの場合はアミカの加護の影響だ。アミカは生命力を司る人工精霊だろう? ビーの身体的な回復に関するものが、自然と強化されているんだ。しかも、常時発動している。新しい魔法を使えるようになったわけではないが、こちらの方がある意味有意義だぞ」

「わぁ! アミカすごいわね!」


 今こうしていても特に影響は感じないけれど、いつもアミカに守られているようなものなのだろう。嬉しくなってアミカを見れば、彼女もこちらを見ていて視線が合う。微笑みかければ、アミカも小さく口元に笑みを浮かべた。


「しかも、どれもかなりランクの高い強化だ。今のビーなら、生命力や体力だけで言えば王室騎士に匹敵するものを持っている。アレクサンダーにはここを見せていないだろう? だからあいつは召喚魔法を使うことについてあれだけの反対の姿勢だったんだよ」

「しかし、体力は別として、強靭な精神力が必要だということではないですか」

「妃となるべく教育を受けてきている貴族令嬢が、軟弱とは思わない」


 あなたなら大丈夫、と言われても、最近の私はすぐに感情が顔に出ているようだし、すぐに動揺してしまうのであまり自信はない。その不安な気持ちがやっぱり表情に出ていたようで、優しい笑みを浮かべたマクス様が私の腰を抱いた。


「心配ならば、召喚魔法を使う練習時には、アミカも呼び寄せて補助をしてもらえばいい。そのうちに自分だけでも使えるようになるだろうが、アミカがいる方が安定する」

「お手伝いしてもらってもいいのでしょうか。自分ひとりで発動させなくても、問題はないのでしょうか?」

「契約している精霊の力を借りるだけだ。精霊の力を直に借りるために召喚魔法を発動させるのに、契約精霊の力を使っちゃいけないだなんて話は聞いたことがない」

「奥様、いつでもお呼びください」

「最初からアミカとクララの最重要職務はビーの補助だ。……ふむ。ではアミカをいつでも呼び出せるような魔導具でも作らせるか」


 マクス様が空中になにか文字を書くような動きを見せる。その指先からキラキラした光が生まれ、蝶の形を取って部屋を舞う。クララが窓を開ければ、そこから蝶は飛び立っていった。その行く先には魔導師の塔がある。あそこの魔導師に作らせるつもりのようだ。


「私のブレスレットにも似合うデザインにしてもらおう」


 楽しそうなマクス様は、普段通りの彼に戻ったようだった。

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