第53話

 アナベルにきっぱりとブローチを受け取ることを拒絶されたエミリオ様が驚いて反応できずにいる間に、私たちはまんまとその場から抜け出すことに成功していた。ちょうど別の授業を受けていた新入生の一団とも合流出来て、私に強引に声をかけにくくなったことも幸運だった。


「それにしても、魔法具というのは知れば知るほどに興味深いものですね」


 サリスさんは心底楽しそうに言う。

 彼も私たちと同じく今期の新入生だ。平民出身のサリスさんは、自分で働いて稼いだお金で学びなおすことを志してここに来た男性。私よりも3才ほど年上、アナベルと同じくらいの年齢だった。彼は、魔力がなくても安全に使える魔法具というものを作りたいらしい。サリスさんは、魔法の才だけではなくて職人系のスキルもいくつか持っているそうで「魔法具職人を目指しています」と自己紹介された時には、そういうこともここでは学べるのか、と衝撃を受けた。

 魔導師として冒険者になりたい人、商売に活用できないかと思っている人、研究者になりたい人。身分も年齢も思想も様々な人が自分たちの将来の夢について語り合っている食堂やテラスは、知識はあっても実際に知っているのは狭い世界だけだった私にとって、生の世界を体験できる非常に面白い場所だった。

 

 魔法具の使い方講座終わり、きっとまた談話室への勧誘があるのだろうと憂鬱になっていたところに、担当の先生から「アレク先生が呼んでましたよ」と呼び止められた。どのような要件かは聞いていないということで、どのくらい時間がかかるかもわからなかった。

 アナベルにテラスに行かれないことを謝って先生と一緒にアレク先生の部屋に向かう。廊下でこちらをなにか言いたげに見ているオリバー様を見かけたので、無視するのも感じが悪いと軽く会釈だけして通り過ぎた。

 アレク先生の部屋の扉をノックするとすぐに返事があった。魔法具講座の先生がわざわざここまで同行してくれたのはエミリオ様たちの勧誘を避けられるようにだったようで、そのような気遣いに感謝を表してから部屋に入れば、アレク先生は窓際でポットを手にしていた。


「お呼び立てして申し訳ありません、ベアトリス嬢」

「いいえ。それで、どのようなお話でしょうか」

「どうぞ掛けてください」


 お茶を出してくれるところを見ると、すぐに話は終わらないのだろう。素直に腰掛けると、アレク先生は自分の机の自分の椅子に腰を下ろす。


「単刀直入にお話しますね。ベアトリス嬢は想像以上に呑み込みが早いのと、魔力のコントロールがとてもお上手です。また、あなたが精霊たちから与えられている契約や加護はほかのものに与えられているものとは格が違うようです。気付いていますか?」


 いいえ、と首を横に振ると、石板を取り出すように言われる。


「ここにその証拠があります」


 加護を与えている精霊の名前が書かれていますね、と彼が指差した部分は、ツタのようにしか見えなかった。


「精霊たちが人間に名前まで預けるというのは、よほど気に入られたか信頼されているかの証です」

「私、そこまでしてもらえるほど信頼される理由も気に入られる理由もないので、なにかの間違いでは――」

「精霊たちの感覚が人間と同じだと思ってはいけませんよ。彼らのやり方は彼らだけのものです。そこに人間側の意思などは必要ないのです。望むと望まざるとにかかわらず、それは与えられ、時には奪われていきます。……我々エルフも、見た目はあなたがたに近いかもしれませんが、違う種族です」


 すべてを人間の尺度で測るな、と忠告を受けた気になる。


「ベアトリス嬢がどう思っていようと、この光の精霊ルクシア、闇の精霊ノクシア、ペガサスの長であるクイーン……それから、精霊アミカ。彼女たちは、あなたを信頼して名前を預けたのです。それが事実です」


 アレク先生は、クイーンの名前、アミカの名前がある場所を教えてくれる。ペガサスのシルエットの下、それから、ひっそりと右下に刻まれた小さな花の周囲を囲むように彼女たちの名前があるようだった。

 

「なので、もしかしたら石板に表示されていないようなもの――古代魔法が覚えられる可能性があります。もう今は使い手も多くはないですし、どちらかと言えば古代の魔導師はまじない師や占い師だったかのように思われていますが……彼らは精霊たちと話すことが出来ました」


 それは、アレク先生の授業で学んだ内容だった。

 古代の魔術師、彼らも今の私達と同じく精霊たちと直接言葉を交わすことが出来たのだ、とそういう理解だったのだけれど。もしかして、勘違いだったのだろうか。普通の魔導師は、精霊たちと話せない?


「あの先生」

「はい、なんですか?」

「私、契約の時に精霊たちと言葉を交わしているのですけれど」

「………………」

「普通、ではないのですか」

「……違いますね」

「マクス様もなにもおっしゃらなかったので、私そういうものなのだとばかり」


 目を真ん丸にしたアレク先生は「もしかして、姿かたちもはっきり見えましたか?」と変なことを尋ねてくる。はい、と頷けば、アレク先生はがっくり崩れ落ちた。


「それは普通ではありません。通常は、精霊たちは光の玉のようにしか見えず、姿を見せてくれることも声を聴かせてくれることも稀なんです。気に入られたとしてもどちらかということがほとんどです」

「名前は、本人たち自らから名乗ってくれました」


 そう言えば、ひくりとアレク先生の頬が引きつれる。ふぅ、と溜息を吐きつつ、彼は額を押さえる。


「……それから?」

「そういえば、必要な時は呼んで、と言われました。力を貸す、とも言われたのですが、人間は精霊の加護がなければ魔法は使えません。ですから、彼女たちの言葉もそういう意味なのだと思っていたのですが」


 私の話を聞きながら、アレク先生の顔が引きつっていく。

 違うのですか? と尋ねれば


「マスタァァアアアッッ!」


 珍しく取り乱した様子のアレク先生は机を強く叩くと、卓上に置いてあった鏡を何度かノックした。

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