第51話

 部屋に入るなりマクス様は照明を落として、薄暗い空間を作る。床の中央になにやら指先を滑らせてからふぅっと息を吹きかければ、そこがまたほのかに光を放った。

 そこに私とアミカに向かい合って立つように言った彼は、部屋の入口に立っていたクララを呼んだ。なにをさせられるのかわかっていないような顔で近付いてきた彼女は、マクス様の指示に従って私とアミカの両方と手を繋いだ。


「マクス様、これはどのような意味があるのですか?」


 私とアミカも手を繋ぐように言われたので、3人で輪を作るような形になっている。まるで、小さな子供たちが歌い踊る時のようだ。


「本来は必要ないのだが、念のためにクララを仲介に立たせようと思ってな」

「私にも大事なお仕事ですか?」


 きょとん、としているクララにマクス様は真剣な顔で頷く。


「もしかしたら、アミカひとりではビーと魂の波長を合わせるのが難しいかもしれない。うまく調整してやってくれ」

「もちろん、お任せいただいたのならそれは全力でやらせていただきますけど……旦那様でなくて、私でいいんですか?」

「ああ。私は、問題が起きた時にそれを鎮めなければいけないからな」

「わかりました」


 まだ少し納得いかない様子ながら、クララは強く手を握ってきた。よろしくね、とお願いをすれば、お任せください、と明るく笑ってくれる。同じ調子で「アミカなら出来るよ」と声をかけられたアミカも少し落ち着いたようで、冷たかった手に体温が戻ってきたようだった。


「産まれ方が違っただけで、アミカも立派な精霊だ。自分を信じなさい」

「……はい」

「では、ベアトリス・シルヴェニア、はじめてもいいかな?」

「お願いいたします、マクシミリアン・シルヴェニア様」


 促されたクララが、いつもの元気な声からは想像もつかないような、静かな落ち着いた調子でアミカに話しかける。


「アミカ、奥様に魔力を渡して。それから馴染ませるの。ゆっくりで大丈夫。カップいっぱいに入ったお茶をこぼさないようにミルクを少しずつ混ぜていくようなイメージでやってみて」

「……こう……?」

「そう、上手。うん、焦らないで」

 

 アミカと繋いでいる方の手から、温かいものが流れてくる。じっとその手を見つめていると、クララが囁きかけてきた。


「奥様、アミカと魂の契約をしたいというお気持ちを表してください」


 顔を上げてクララの顔を見れば、その背後に立っていたマクス様と目が合う。にこりと笑った彼は軽く両手を組んで私たちを見守っている。


「ビー、さっきと同じでなくても大丈夫だ。あなたの心に浮かんだ言葉を唱えてごらん」


 その言葉に、また自然と言葉が出てくる。私は、アミカと真っ直ぐに視線を合わせる。


「――我が心に寄り添い、永遠の契約を結び給え。我が魂と交わるものとして、我と共に歩み給え。私はベアトリス・シルヴェニア。あなたの力と共に在ることを望む者です」

「次はアミカの番。奥様のお力になりたい、という気持ちを言葉にして。どんなものでも大丈夫。正解も間違いもないわ。こういうものは気持ちが大事なんだから」

「……私、アミカは奥様――ベアトリス・シルヴェニア様にこの身がある限り寄り添い、お力になることを望みます。ふたつの魂の交わりと、共に歩むことを誓います」


 彼女の言葉と同時に、その身体から光が放たれる。本人も驚いたようで、手が離れそうになるのを私とクララで引き留める。ハッとしたように私たちの顔を順に見て、深く息を吐く。

 身体の奥底になにかが混ざり合って、また鍵をかけられたような感覚がふたつ。

 ――ふたつ?


「よし。うまくいったな」


 マクス様が指を鳴らせば、魔法陣の光が消える。


「今の魔法陣はどのような意味があったのですか?」

「うん? アミカはまだ力のコントロールが上手くはないからな。無駄に魔力が拡散しないよう、周囲に結界を張っていただけさ」

「旦那様、そんな言い方をしなくてもいいじゃないですか」


 一仕事終えたアミカを抱きしめて、頭を撫ででやりながらクララが不満げに唇を尖らせる。ホッとしたような顔をしているアミカは、すこしぼんやりしているようだった。

 別に力不足と言っているわけではないぞ、と返されたクララは、ぎゅうぎゅうとアミカを強く抱いてやっぱり少し怒っているような声を出す。


「仕方ないじゃないですか。まだコントロールが苦手でも。この子、まだ7歳ですよ」

「…………え?」

「ここに来てから、まだ2年です。そこからメイドの仕事と一緒に魔力コントロールを学んでいるんですから――」

「あの、ごめんなさい、クララ。今、なんて?」


 アミカが、いくつだって言った?

 自分の耳が信じられず、彼女の服の肘部分をつんと引く。きょとんとした顔のクララは「7歳ですよ」とあっさり言ってのける。


「ななさい……」

「はい。2年前に保護されてから、ここで生活してるんです。私は彼女の教育係で」


 ……てっきり逆だと思っていた。しっかり者のアミカが先輩で、少し自由奔放に見えるクララのお目付け役か指導係のように見えていた。まさか、その立場が逆だったなんて。

 驚きを隠そうときゅっと唇を引き締めた私を見て、マクス様が笑い出す。


「はははッ! その顔は、逆だと思っていたな?」

「え? 奥様、私が指導されてる方だと思ってたんですか?」


 気付いたとしても、本人たちの前で口にしなくてもいいのに!

 思わずマクス様に強い視線を向けてしまう。しかし、彼は「いや、城のものも今やアミカの方がしっかりしてると言ってるからな。勘違いもするだろう」と笑いを噛み殺しながら言う。しかし、明らかに口元はニヤニヤしているし、目も弓形に細められていて面白がっているのを隠しきれていない。なんで教えてくれないの、と文句も出そうになるが、聞かなかったのは私だ。


「……ごめんなさい。私、あなたたちのことなにも知らなかったわ」

「謝らないでください」


 誰も怒ってません、とアミカは言う。それから続けて


「私、特になにか変わった感じもしないのですが……本当にできたのでしょうか」


 不安そうな顔でマクス様を見る。うん? と小首を傾げた彼は、私に学院から渡されている石板を持ってくるように指示をした。

 言われるがままに石板を起動させ選択可能な魔法リストを開くと、とんでもない数が羅列されていた。


「これ、全部私が選択できる魔法ですか?」


 驚いて目が丸くなる。後ろから覗き込んできたマクス様は画面を触って上から下まで確認して、小さな唸り声をあげた。


「全部の取得は難しいから、ここからいくつかを選ばなくてはいけないのだが……可能な限り多くの種類を獲得したいか、それとも種類を絞ってそちらの専門家としてやっていくか。今度ゆっくり考えてみようか」


 微笑んだマクス様に、私は頷いて返した。

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