第50話
「私――ですか?」
アミカはおなかの前で組んでいる手を強く握りしめる。信じられない、という様子の彼女を安心させようと微笑みかければ、なぜかぴくっと小さく肩を跳ねさせられた。
――そんなに怯えなくてもいいのに。
彼女について根掘り葉掘り聞きたいわけではなくて、気になってしまったことを聞いただけだ。それなのに、こんな反応をされるとは思わなかった。
「奥様、なにを私に――」
「聞いたのか? 人工精霊の話を」
こちらの意図を尋ねてこようとするアミカの言葉を遮るように投げかけられた声は落ち着いている。驚いた様子もなければ、私が彼女の正体を知っていることに対して不快感を抱いているようでもない。
「はい、本人とクララから聞きました。間違っていますか?」
「ん……うん。まあ、そうだな。合ってる」
妙に歯切れが悪い。マクス様の顔を確認すれば、小さく眉根が寄せられていて唇も固く結ばれ、考え込むように左手を口元に当てているのが見えた。私としては単純な質問のつもりだったのだが、これは彼女から加護を受けたいという意味に取られたようだ。そこまで考えての発言ではなかったので、周囲の反応に発言した私自身がうろたえ、皆の顔を順繰りに見る。
またやってしまった。面倒なことを言いだしたと思われたかもしれない。
「あの、私そういう意味で言ったわけではありませんの。本当に、子供のような小さな好奇心からで……」
「ビーはアミカからの加護は要らないという意味かい?」
そういう言い方をされると、それはそれで角が立つ。まるでアミカを拒絶しているように聞こえるではないか。
精霊との契約は一生続くもので魂の交わりである、と先ほども唱えた。私がここを離れる時にも、アミカとの契約があれば心は繋がっていられるかもしれない。そんな風に考えると、彼女が加護を与えてくれるのなら、それは幸せなことのように思えてくる。
ちらっと視線をアミカに送れば、不安を隠しきれない子供のような顔になっている。私の視線を受けて半歩ほど後方へ下がりそうになった身体は、背後に立っているクララに阻まれてその場から動けなかったようだ。
「いいえ。もしもアミカが私に加護を与えてもいいと考えてくれるのなら、私との魂の交わりを持つことを許してくれるのなら……とても嬉しいです」
ひゅっと小さく息を吸い込む音。それはわずかに震えていて、音を立てた人物の緊張や不安感、期待感までも伝わってくるようだ。私を見つめるアミカの視線は、いつもに比べてとても熱く熱心なもののように感じられた。
「しかし、これが無理なお願いだというのであれば、はっきりとおっしゃってくださいませ。私にその資格がないという話でしたら素直に受け入れられますわ」
人工精霊についてなんの知識もない私にも、彼女が通常の精霊とは違うものなのだろうと想像はできる。他がしてくれるような方法での加護の与え方はできないのかもしれない。なにか、制限や資質、魔術的な素地が必要なのだとなれば、私ではその対象にはなりえない。
しばらく目を細めて思案していたマクス様は、アミカから視線を外さずに口を開く。
「ビーに資格があるとかないとかというよりも――人工精霊から加護を受けようとしたなんて例は、私の知る限り今までにない。この場合は、どうなるかわからないと言うのが正しい」
「そうなんですの?」
「ああ。絶対に無理だとは言わないが、確実に加護を得られるとも保証はできない」
マクス様は顎を撫でながらまた思考にふける。沈黙が廊下を支配する。明らかに強張った頬で唇を小さく噛んでいる彼女を宥めるように、クララがそっと寄り添って背中に手を当てていた。
「契約……一生涯続くものだが、アミカと結んでしまっていいのか?」
「はい。彼女が良いと言ってくれるのなら。それはずっと、彼女と一緒に居られるということですよね?」
「迷いがないな。少し嫉妬してしまいそうだ」
軽く笑ったマクス様は、改めてアミカに向き合った。彼女の強く握りしめられた手は真っ白になっている。緊張の隠せない彼女を支えているクララは、対照的なほどに穏やかな笑みを浮かべてゆっくりと背中を撫でてあげている。
「それでアミカは? ビーに加護を与えたいと――魂の契約、交わりを持ちたいと思うのか?」
「私……私は……」
「アミカ、自分の気持ちを素直に言って大丈夫よ」
言い淀むアミカの背中を撫でながら、クララは優しい声色で囁く。愛に満ちた声は温かい。
「奥様、わたし……上手に出来るかはわかりませんが、お許しいただけるのなら、やってみても……良いでしょうか?」
「ええ、もちろんよ」
「物は試しだ。やるだけやってみようか。私も上手くいくように手伝うよ。場所は、難しい話ではないから寝室でいいか。よし、行こう」
早足になったマクス様に軽く引っ張られながら、数歩後ろをついてきてくれるアミカとクララを振り返る。
「思いつきに巻き込んでしまってごめんなさいね」
「いえ、私ではそのようなことを思いつきもしなかったので……このような機会を与えてくださったことを有難く思っています」
「頑張ってね、アミカ」
とんっ、と背中を押されたアミカは小さくたたらを踏んで、しまった、というように肩をすくめたクララを睨んだ。
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