第48話
目の前の床には魔法陣が描かれている。
うっすらと青白く輝いていてとても綺麗だ。しかし、その神秘的な光は否応なく緊張感を高める。
「では、ビー。始めようか」
微笑んだマクス様が手を差し伸べてくる。そっと手を重ねると優しく握ってくれた。
「あなたはもうクイーンからの加護を受けている。彼女の許可がなければ他の精霊たちとの契約はできないのだが、そこはもう話をつけてあるから安心してくれ。ビーの役に立つのなら、どれだけの精霊からの加護を与えられても良いそうだ」
「光の精霊と、闇の精霊ですね」
どちらか、もしくは両方から加護を与えてもらう。これから始まるのは、そういう儀式だ。彼に任せておけば大丈夫だと思いつつも、自分自身が精霊から拒絶される可能性もゼロではない。どうしても緊張してしまい、手が冷たくなる。
マクス様は私の手を見てくすりと笑い、安心させるようにぎゅっと力をこめる。
「今はそうなんだが、それ以外との契約もして良いという話だな」
「それ以外……」
「属性とは関係のない精霊もいるぞ。ペガサスなどもそうだな。いわゆる精霊以外にも、幻獣や神などと言われる存在からの加護もある。最初に神からのものを受けてしまうとそれ以外からのものは受け取れなくなるからな。強力なものではあるが、場合によっては困ることもあるんだ」
「神聖魔法の使い手が他のものを覚えられない、というのがそれですよね」
「ああ。神聖魔法は強力で有力なものだから、それしか使えなくても問題はないがな。汎用性の少ないようなものだと、まあ……魔導師として働くことも難しくなる。という話は今は関係がないな。さて――それでは……」
マクス様は魔法陣の上に手をかざす。そして、ゆっくりと歌うようにその言葉を唱えだす。
「聖なる光の中にて、我が魂を灼き魔法の座標を描く。光輝の道を辿り、足跡を刻みて、我が呼びかけに応じ給え。精霊よ、我が前に姿を現せ」
陣が強く輝いて、光の玉が浮かぶ。両手で抱えきれそうなくらいの大きさのものが、二つ。
「さあ、ここからはあなたの番だよ。言わなければいけない言葉は、心に浮かんでいるはず。心を込めて唱えてごらん」
囁かれた声に呼び覚まされるように、言葉が自然と降ってくる。心に生まれたそれを、ただ口に乗せる。
「我が心に寄り添う者となり、永遠の契約を結び給え。我が魂と交わるものとして、我が前に顕れ給え。我が名はベアトリス・シルヴェニア。精霊の力と共に歩む者――」
了承した、というような意味が頭に浮かぶ。声が聞こえたわけではない。ただ、そう言われたのだと理解しただけ。その声は二つあるように思えた。
光の玉が縦に伸びて人間のような輪郭を描く。光が消えると、そこには幼い女の子が手を繋いで立っていた。
ひとりは白い髪に真白い肌。キラキラと金色の瞳が輝いている。
もう一人は、漆黒の髪に褐色の肌。瞳の色は、白い少女と同じだ。
そして顔立ちは鏡合わせのようにそっくり。まるで双子のようだった。
『あなたがベアトリス?』
『マクシミリアン、お久し振りね。彼女は』
『あなたのお身内?』
喋りだしたのはルクシア、それを拾うようにノクシアが続ける。彼らは顔見知りだったらしい。
「おや、あなたたちが来てくれるとは思わなんだ。彼女、ベアトリス・シルヴェニアは、私の――妻だ」
『あら』
『あら』
『あなた、結婚する気があったのね。てっきり、そういうものには』
『興味がないのだと思っていたわ』
「たまたま、今まではそういうことに縁がなかっただけだよ。今回有難いことに縁に恵まれてね。なんていう話はどうでもいいんだ。あなたたちを呼び出したのは、私ではなくてベアトリスだよ」
マクス様と挨拶を交わした精霊たちは、私を同じ顔で見上げる。
『わたしたちは、ルクシア』
『ノクシア。ベアトリスの呼びかけに応じて』
『ここに顕現したもの。あなたには、わたしたちの力が必要?』
「はい、是非。私に力を貸していただけますか?」
視線を合わせるため、跪いて彼女たちに向き合った。
見た目はまだ10にも満たないような少女たち。しかし、その身から感じる威厳や威圧感は人間のそれとは比べ物にならない。じっと見つめられると、すべてを見透かされているような気分になる。
『頭をさげて』
「お願いします」
手を伸ばしてきた彼女たちの前で頭を下げる。頭頂部に手がふたつ押し付けられる。なにか力が流れ込んでくるような感覚。それから、胸の奥でなにかが鍵をかけられたようなイメージが浮かんだ。
『ベアトリス、これからはわたしたちが』
『あなたに力を貸すわ』
『いつでも呼んで』
『必要な時に必要なだけ』
『あなたの心に寄り添い』
『永遠の契約を結びましょう』
――我らが魂はここに交わり、共に歩むことを誓う。
ルクシアとノクシアの身体が光って私の中に溶け込む。おめでとう、というマクス様の言葉からすればこれで彼女たちの力を借りて魔法を使えるようになったということなのだろう。石板を見れば、習得可能な魔法のリストになにかが加わっているはずだ。それを見ながらよく考えて習得するものを選ばなくてはいけない。
「さて、では部屋に戻るか。階段は暗いからな。抱き上げて行こう」
言いながら、本当に私を横抱きにしようとするマクス様を止める。それはあまりに過保護だ。遠慮するなと言われたけれど、そういう問題ではない。
彼はきっと、階段を上り終えたところでおろしてはくれない。そのまま夫婦の寝室に連れていかれることになる。そうすると、使用人の皆から生温か――いや、微笑ましいといった表情を浮かべて見送られてしまうではないか。明らかに誤解を生む。
マクス様と話をしている時、彼からなにかを受け取った時、私の発言に嬉しそうな顔をしている城の主人の貌を見た時。ここで働いているひとたちが私たちに向ける視線は、どう考えても仲睦まじい夫婦を見つめるものに思える。実際のところただマクス様に保護されている私としては、妻としての立場を期待されているようで申し訳なくなるのだ。
たぶん、皆が期待しているようなお子を宿すこともない。
ただ、ここで契約の期間お世話になっているだけ。
数年後には出ていく身だ。
「そのような、周囲に誤解を生じさせるようなことは遠慮させていただきたいです」
「誤解? 私たちは夫婦なのに?」
「それは契約婚というものではないですか」
それはそうなんだが、と答えたマクス様は、せめて暗いところで転んだりしないように手を引きながら階段を上り始めた。
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