第47話

 意識して見たクララの耳は、私と比べれば先端がツンとしていた。でも、言われてじっと観察しないとわからない程度にも思える。今まで他人の耳に注視したことなどない。彼女が人間ではないと気付かなくてもおかしくないだろう。

 魔法を使う際も、城の中にある魔道具を使う時にはいつも小さな杖のようなものを使っているから、いわゆる無詠唱というわけでもない。それもあって、彼女が人間ではないと気付けなかった。

 後から聞いたところによると、魔力量に差があるメイドたちが、魔道具を安全に使うサポートをしてくれるアイテムということだった。


「ハーフエルフは半端モノなので、エルフ族の中にはあまり好まない方もいらっしゃるんですよね。なので、こうしてエルフ族の長である旦那様が分け隔てなく雇って平等に接してくださるのは、とてもありがたいことなんです。ここの皆さんは、私みたいな、どちらかと言えば人間寄りの落ちこぼれハーフエルフにも優しくしてくださるので、ここが大好きなんです」


 もちろん奥様も大好きです、と言ってくれるクララに「私もクララが好きよ」と答えれば、彼女はちょっとだけ驚いたようにパチパチと数度瞬きした後でふわりと嬉しそうに笑って。


「わぁ! 私、旦那様に怒られてしまうかもしれませんね」


 とおどけた様子で肩をすくめた。


「お喋りはそろそろ終わりにしましょう」


 アミカが時計を見て言う。確認すると、そろそろ夕食に遅れてしまうような時間だった。しかし、準備はほぼ終わっている。クララのことだけではなくて、アミカのことも少しだけでいいから知りたかった。


「アミカ、教えてもらいたいことがあるのだけど」

「私も、人間ではありません」

「あ……そうなのね?」


 質問内容はわかっていたのだろう。アミカはすぐにそう言った。

 判断基準がそこなのか、と呆れられてしまいそうだけれど、そう言われて最初に目が向かうのは耳だ。アミカの耳は私と同じような形をしている。ということは、エルフやハーフエルフではないようだ。しかし、だったらどの種族なのかというのは、考えてわかるものではない。見た目が人間と同じような種族はいっぱいいるのだ。


「私は――」


 珍しくアミカが口籠る。

 その態度を見てハッとする。

 興味本位で軽い気持ちから質問してしまったが、もしかしたら、こういうことは聞いてはいけないことだったのかもしれない。慌てて彼女を振り返る。


「ごめんなさい。言いたくなかったら言わなくてもいいの。あなたが人間だろうとそうでなかろうと、これからも私が信頼して身の回りのことをお願いすることに変わりはないわ」

「奥様、光栄なお言葉をありがとうございます。もっと信頼に足る存在になれるようこれからも一層努力をして――」

「アミカは人工精霊ですよ」

「………………」


 せっかくいい感じになっていたのに、クララがあっさりとその正体を口にする。私とアミカからじとっとした目を向けられた彼女は小首を傾げて「内緒にしているわけではないですよ。ねぇ?」と無邪気な笑みを浮かべる。

 いやでも。

 今言い淀んでいたではないか。クララには話せても私には話せないこともあるだろうに。

 ふたりにどんな言葉をかけていいものか迷っていると、クララはなおも続ける。


「説明が面倒だと思っているだけですよ。ね?」 

「クララ……どうしてあなたはそう……」


 はぁ、と溜息をついたアミカと視線が合う。ええと、となにを言おうか迷う私に彼女は化粧品を片付けながら言った。


「申し訳ございません、奥様。話したくないわけでも、話せない理由があるわけでもないので、クララが話したところで問題はありません。話しても構わないのですが……」


 そう言いながらもアミカはまだ迷っているように見える。


「不躾なことを聞いてしまってごめんなさい、アミカ」

「奥様が謝られる必要はありません。私が作られたものだとご存じになったとしても、奥様は差別などなさらずに接してくださるだろうと思っております。奥様はそのような分類で蔑んだりなさる方ではありません」

「本当に? 私が聞いても大丈夫だったの?」


 ちょっと不安になって聞けば、アミカはうっすらと笑みを浮かべる。


「大丈夫です。詳しく説明するには時間がかかりますから、今ではない方がいいかと考えてしまいました」

「そう……?」


 それだけなら良い。

 良くない部分があるとすれば、勝手に周囲のひとたちの秘密を喋ってしまったクララに注意をしなければいけないことと、それから

 ――人工精霊にははじめて会ったわ。

 そういうものがいるという話は聞いたことがある。でも、私にとってはそれこそ物語の中のことで、実在するとは思っていなかった。様々な種族についてまとめた本を見たことはあるが、そういう研究をしている魔導師がいるという内容が妖精の項目に数行書かれていただけで、未だ幻の存在、というような扱いだったと記憶している。

 ――本当にいたのね。

 そういう方向にも研究が進んでいるというのは公にされていないはずだ。私の知らないものが、まだあの魔導師の塔の中ではいっぱい開発されているのだろう。そう思うと心が躍るような感覚を抱く。

 アミカの正体がわかったからといって、物珍しさにあまりジロジロ見るのも失礼だ。今まで通りにすればいいとわかっているのに、視線をどこに送っていいかわからなくなる。

 淑女らしく、動揺や躊躇いは表に出さず、凛としていればいい。そうは思うけど、今まで淑女を忘れて彼女たちに接してきてしまったがゆえに、今更そのような態度を取るのは距離を取られたと思われないだろうか、なんてことが気がかりで、咄嗟に繕うこともできずに指先を見つめる。

 そんな私の態度をどう思ったものか、アミカはいつも通りの落ち着いた口調で話した。


「私は、魔導師の塔所属だったとある魔導師の研究成果です。私以外に成功例はあと数例だけと聞いています。この城には私しかいません。人工精霊自体があまり褒められた研究ではないので、一般の人々には存在自体知らされておりません。……詳細は、また機会があればお話いたします」


 つらつらと語られては口を挟めない。きっと積極的に話したい内容でもないのだ。

 今はこれ以上踏み込まないでおこう。この時は、そう思ったのだった。


 夕食を終え、マウス様との語らいの時間になる。しかし今日は、いつもと違って地下室に連れて行かれた。

 ここでなにを? と質問するまでもない。

 魔法を人間が使えるようになるために必要な事柄。これから、精霊との契約を結ばなくてはいけなかった。

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