第45話
「よろしくお願いいたします、アナベル」
「わたくしこそ、よろしくお願いいたしますわ。仲良くしてくださいましね……ベアトリス」
真っ赤な顔をしているアナベルはとても愛らしい。後ろから「ビー? ねえ、今の一般クラスというのは、僕の聞き間違えだよね? ビーってば」などと聞こえてきたような気もするけど、空耳だろう。まさか、この国の第二王子の言葉を無視するなんてことを私がするはずもない。
そうしているうちに、教室に先生が入ってきた。
「はい、皆さんお待たせしました。またお前かなどと言わないでくださいね。毎度おなじみ、アレクサンダー・アルカノス、アレク先生です」
教室の前に立った、昨日今日で見慣れてしまったアレク先生の言葉に、教室のあちこちから小さな笑いが生まれる。生徒たちを一通り見回したアレク先生は、並んで座っている私とエミリオ様を見て少しだけ視線を止めた。しかし、「では」と何事もなかったかのように話し始める。
先生の話が始まるのを察知した護衛役のレオンハルト様とオリバー様とソフィーが教室の最高列まで下がる。ミレーナ嬢の後ろの席には、ユリウス様だけが残っていた。全員が二人の近くにいては授業やほかの生徒の邪魔になるという配慮なのだろう。ちらっと振り返れば、視線の合ったユリウス様は口元だけに笑みを浮かべて返してきた。
「これから1週間、皆さんは基本的に僕の講義を受講してもらうことになります。なにも、他の講師たちとの縁を邪魔しているわけではないですよ。もう自分の学びたい魔法が決まっている人もいるでしょう。しかし、既に魔導師になるべく勉強をしてきた人と、まだまだ知識に欠ける人が同じ授業を受けるのに無理があるというのは理解していただけますね?」
アレク先生の言葉に、生徒たちはそれぞれが頷く。
「皆さんには、まずぼくの魔導基礎講座を受けていただくことになります。大丈夫です。ぼくは優秀なので、一週間で基礎的なことはすべて叩き込みます。落ちこぼれないように必死で喰らいついてきてください」
優しそうな笑顔と柔らかな声の割に、言うことがなかなかに厳しい。大丈夫かしら、と不安になる。
「わからないことがあれば、そのままにせずにすぐに聞きに来ること。これから皆さんが扱うのは、一つ間違えれば大惨事を起こしかねない力になります。自分自身が、もはや他人を傷つけることが容易な武器なのだと覚えていてください。魔法は使い方次第です。皆さんが正しく力を使えるよう、まずはぼくの言葉を一つも漏らさず聞いてくださいね」
はい、と教室のあちこちから声が上がる。私も声を出して返事をし、しっかりと頷く。
誰かを気付つけることが可能な力。そう考えるとじわりと手のひらに汗をかいてくる。
――使い方を、間違わないようにしなくては。
先生の言葉に耳を澄ませる。
「今日、魔力の測定でそれぞれの属性などは理解したかと思います。が、なにを習得したいかと問われても、まだピンと来ない方も多いのではないですか? 皆さんの属性と習得可能な魔法については、昨日配布した石板で確認できるよう送ってあります。石板に手のひらを当ててみてください。それで読めるようになるはずです」
鞄から石板を取り出し、手のひらを中央に当てる。明るく光った石板には、技能確認という項目が増えていた。指先でその文字に触れると、自分の名前と属性、それから習得可能な魔法についてが表示される。
――あら?
名前、ベアトリス・シルヴェニア。間違っていない。
生年月日も間違っていない。
属性は、光と闇。契約精霊名は、なし。
そして、習得可能魔法も、なし。
――光魔法と闇魔法は、私使えない?
少しショックを受けながらその下にある特記項目に目を通せば、天空の加護がクイーンから与えられていると記載されていて、習得可能な魔法に上級風魔法とある。
――風? ……これはどういうことになっているのかしら。
じっと石板を見ていると、アレク先生がまた話し始めた。
「初めからあれもこれもは覚えられません。中級、上級魔法を使える方も、最初は初級魔法からです。最終的に覚えられる魔法が変わってきますから、よく考えて選んでください。どんな種類があるのかは、それも石板で調べられるようになっています。はい、そうですね、別項目にこの学院で習得可能な魔法の一覧がありますね。覚えられる可能性があるもの以外は、暗く表示されます。それらはほとんどの場合選ぶことができません」
アレク先生の言う通り、私の石板に表示されている習得可能魔法一覧の中で光っているのは風魔法だけだ。
「自分だけで将来的に習得したいものを選ぶのもいいですし、悩んだら身近な方に相談するもの手ですね。近くに相談相手がいない場合は、遠慮なくぼくたちに聞いてください。石板でそれぞれの属性専門講師の名前も調べられますね? そこに書かれている部屋番号がその講師の個人的な部屋になりますから、自分が習得したいものについて詳しい人を訪ねるのもいいでしょう。大抵は喜んで相談に乗ってくれると思います」
大抵は、という言葉に若干の不安が漂う。ざわついた生徒に「まあ大丈夫ですよ」とアレク先生は笑うが、断られたらショックが大きい。最初からそんな対応をされたらこの先に不安しかなくなってしまう。
私だったら、こうして講義を受け、話を聞いてくれそうだと思えた先生――この場合なら迷わずアレク先生に相談に行く。
「もちろん話をするのはぼくでも良いですが、ひとりひとりちゃんと考えたいので、順番待ちの列が長くなるのでそれだけは覚悟しておいてくださいね」
そう思うのは私だけではないようで、思い出したように付け加えたところを見ると毎回大勢の生徒から相談されているのかもしれなかった。
「これからなにを学ぶのかについてですが、憧れで選ぶのも良いですが、習得難易度や発動させた場合の効果の優劣は本人の性格や資質に左右されます。なにが合いそうかというのは、皆さんのことをよく知っている人に相談するのが良いのですけどね。希望については1週間後が締め切りです。焦る必要はありませんから、それまでゆっくり考えてください」
さて、とアレク先生は教室内を見回す。
「この中で、精霊の加護を受けていないと言われたのはどのくらいいらっしゃいますか?」
その質問に手をあげたのは私を含めて三人だけだった。
「皆さんはまだ習得可能魔法について記載がないと思いますが、精霊との契約、加護を与えれてもらえば表示されるようになるので安心してください」
そうだった。精霊の力を借りないと人間は魔法を使うことができないのだ。まだ精霊とは契約していない。ペガサスのクイーンからの加護しかない私が、光と闇の魔法など習得できるはずもなかった。少し焦ってしまったのが恥ずかしくなる。
「ベアトリスさんに関してはお家にお任せすることになっていますから……はい、あなたは今日の講義をすべて受け終わったら、ぼくについてきてください」
「はい」
「はい、いい返事ですね。では、講義を始めましょうか。石板の魔導基礎講座の項目を開いてください。皆さんは――」
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