第42話
仕事に戻る、と言ったマクス様は、また私の手首にブレスレットをつけるなり姿を消した。続けて案内されたのは朝集合したのとはまた別の教室だ。案内されて空いている席に座る。
この部屋に集められているのは、魔導師になるための幼年学校を卒業していない人たちだった。人数はそう多くはない。皆少し落ち着かない様子で、緊張が隠しきれていない。同時に期待に満ち溢れた目をしている。属性などを初めて知った人もいるのだろう。私もきっと、マクス様から自分のことを教えてもらった時同じような顔をしていたに違いない。
あちらこちらから聞こえてくる話を聞いていると、肩身が狭くなってくる。志の高そうな周囲に比べて、生活に便利な魔法を使えたらいいな、程度の気持ちから入学を希望した自分が恥ずかしくてならない。
学院で精一杯勉強をしてマクス様のご期待に副うことを目標とはしているけど、私にとってそれは優秀な成績を収めるという意味だった。そこに入学後の明確なビジョンがあったわけではない。魔導師として冒険に出たり活躍したりする未来を夢見ていたわけでも、研究者となろうとしているわけでもなかった。
今までは全て決められたルートの上を歩いてきただけで、そこに自分の意思などほとんどなかったのだということを改めて感じる。貴族の子女が通う学校でもそれなりの成績は残したがそれだけだった。学年トップはエミリオ様だったし、なにがしかの分野で歴代一などと言われるほどに優れているわけではない。
――したいこと……早く見つけなければいけないわ。
ふ、とマクス様から日頃繰り返されている言葉を思い出す。
「ビーは、もっと自分の希望を口にしていいんだ。誰にも迷惑にならないから、何を思って、考えて、感じたのかを口にしてごらん。少なくとも私の元にいる間だけでも、子供っぽいだとか貴族令嬢らしくないだとか、そんなのは忘れて正直に生きてくれ」
妃教育を受ける中でも自分らしくいたつもりだったし、両親から無理を言われた記憶もない。彼らは私の意思を尊重してくれていた。しかし、頭のどこかで誰の迷惑にもならないようにする癖がついていたのだろう。
素直でいい子、というのは、裏を返せば自分のない子ということだ。
「あなたがしたいことがあったなら、実現できるように力を貸そう。行きたいところがあるのなら、どこにでも連れていかれる。私はビーを裏切らない。だから……私には子供のように甘えていい」
そんな言葉も思い出せば、やはり妻ではなくて庇護対象として思われているのだろうな、と考えてしまってもやもやする。
なんてマクス様のことを思い出していると「失礼します」と声をかけてきた女生徒がいた。視線をそちらに向けると、見た記憶のある顔がある。
「ベアトリス・イウストリーナ様……ですわよね?」
「はい」
お隣よろしいかしら? と言われるので、もちろんと頷く。
「ベアトリス様とここでお会いするなんて思っていませんでしたわ」
「私もここに通うことになるとは思っていませんでした」
「あら」
冗談だと思ったのだろうか。彼女はころころと笑う。少し話をしていると、徐々にその語り口に熱が入ってきた。
「わたくし、自分だけの力で人生を切り開きたいと思っておりますの! これからは結婚という形だけが幸せではありませんもの。自分の幸せは、この手で掴み取って見せますわ」
と拳を握るようにして力説している彼女は、レオニータ伯爵家のご令嬢であるアナベル嬢だ。
「ベアトリス様ならわかってくださいますわよね」
と手を握られて目をじっと見つめられる。
彼女は私の2つ上で、王立学校で顔を見たことがあった。私と同じく、幼い頃には既に結婚相手が決まっていたために家の考えで診断を受けられず、最近になってから魔術の素質ありとされてそこから魔術を学びたいと一念発起したという。なるほど、確かに私と似ている部分がある。なによりも「結婚だけが幸せではないですわよね?」と妙に熱い視線を注がれたから、アナベル嬢ももしかしたら婚約者に捨てられたのかもしれない。
とはいえ、契約だとしても今現在の私はもう結婚している身なので申し訳ない気分になる。致し方なかった状況だったのだけど、そういう意味での彼女のお仲間ではないのだ。
先ほど教室で私の名前が呼ばれるのを聞いていた人であれば苗字が変わっていることを知っているはずなので、彼女はそれよりも前に測定にいったのだろう。これでは騙しているようで気分が良くない。私は、彼女に事実を伝えることにする。
「あの、私……実は今現在結婚しておりまして」
怒らせてしまうかしら、と思いながら口にすれば、アナベル嬢は目をしばたたかせる。
「そうなんですの?! え? でも……あ……えぇと、お相手、を、お伺いしてもよろしくて?」
「マクシミリアン・シルヴェニアです」
「シルヴェニア卿といえば、ベアトリス様が静養していらっしゃるお家ではないですか」
まぁっ、と令嬢は頬を赤らめる。マクス様の作られたこの設定は、やはり社交界でそれなりに知られているようだ。私としては、エミリオ様との結婚がなくなったことでとんでもなくショックを受けていると思われるのは、何度考えても心外なのだけど。
「もしかして、そういうことなんですの?」
彼女はうっとりとした表情になる。結婚なんて、と言っていた割にはこういう話が嫌いではないらしい。アナベル嬢の脳内でどんな物語が展開されているのか、少し知りたくなる。
――そういうこと、とは?
「傷心のベアトリス様を世間の好奇の目から守っていらしたシルヴェニア卿との間に、いつしかロマンスが生まれていただなんて。しかも、ご婚約ではなくてもうご結婚まで! そんなことになっていらっしゃるなんて、わたくし知りませんでしたわ」
「ええと……ロマンス、というわけでは……」
「あっ、そうですわよね」
アナベル嬢はハッとしたように真面目な表情になると、声をひそめて耳元に囁いてくる。
「今こちらにはエミリオ殿下と聖女様もいらっしゃるのですもの。ベアトリス様のロマンスのお話はあまり大きな声で話さない方が良いですわね」
詳細を知りたそうな彼女に、そういう話でもないと修正しようとした時、教室のドアが開いた。
先生が来たのだと思ってお喋りが止まる。しかし教室に入ってきたのは、護衛役の三人、いや正しくは四人を引き連れた、エミリオ様とミレーナ嬢だった。
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