第41話

 渋々といった様子ではあったものの


「これから先のベアトリス嬢の学院生活をお邪魔するおつもりですか?」


 などと笑顔で言われてはマクス様も本意ではなかったのだろう。なにをされたような感覚もなかったけど、彼からの守護? が解かれたらしい。

 壁際まで下がったマクス様は壁にもたれて腕を組む。落ち着かない様子ながら小さく溜息をついたアレク先生は、もう一度水晶玉に手をかざすようにと指示してきた。

 言われたようにすると、またアレク先生が杖で水晶玉をコツンと叩いた。さっきよりもゆっくりとてのひらからなにかが引っ張り出されていく。


「そのまま、リラックスしていてくださいね」


 水晶玉の中には、また金色の煙のようなものが現れた。これが私の魔力ならば、さっきの銀色の光はマクス様のものだったのだろう。

 そのうちに、金の中にうっすらと水色が混ざる。マクス様から聞いている属性は光と闇だ。しかし水色が見える――ということは水属性もあるのだろうか? 彼が見落とすとも思えないのだけど。

 ――あ、そういえば。

そんなことを考えていると「昨日も思ったのですが、ベアトリス嬢は天空の加護を受けているんですね」とアレク先生が呟いた。


「はい、クイーンが与えてくれたようです」

「クイーン……ああ、ペガサスの……なるほど。加護の中でも最上位のものが与えられているようですよ。これはなかなかに興味深い」


 アレク先生は顔を上げるとマクス様を見る。つられて視線を移すと彼は妙にニヤけているようだった。マクス様は私たちの視線に気付いて立てた指を唇に押し当てて軽くウィンクしてみせたのだけど、その相手は私ではないのだろう。ちらっと横のアレク先生を見れば、あー、と小さくまた呟いてなにかを書類に書き込みながら話し出す。


「ベアトリス嬢は天空の加護を受けています。そして、属性が光と闇。少々珍しい状況ではありますが、どちらも天空の加護との相性はとてもいいものです。魔力の総量は平均的なようですね。多くも少なくもありません。しかし非常に質が良い。これならば少量の魔力でも十分に効果的な魔法を使うことができるでしょう」


 ――同じ魔法を使うのに必要な魔力量って、人によって違うのね。

 そういうことは教わっていない。ついでに聞いたことのなかったものが気になって仕方なくなった。もしかしたら授業で教えてもらえるのかもしれないし、マクス様に聞いても答えてはくれるのだろうけど。


「あの……とても不勉強で恥ずかしいのですが」

「はい、なんですか?」

「属性と加護について教えていただきたいのですが」

「ああ、ぼくから簡単に説明しましょうか。それとも」

「私が話そうか? 今夜にでも、ゆっくり」


 にんまり微笑んだマクスさまに小さく笑い返して、アレク先生に向き直る。おや、という顔をするアレク先生に「簡単でいいのでお願いします」と言えば、前と後ろから同時に失笑が漏れた。


「それでは簡単に。まず、魔力と属性というのはその人が生まれながらに元々持っているものです。魔力総量はある程度であれば鍛錬で増やすことができます。しかし、質は生まれた時に持ったものから変わることはありません」


 ここまではいいですか? というアレク先生に頷く。


「そして属性というのは、魂の持っている性質と言っても良いものです。ちなみに、神聖魔法の使い手は光の属性に加えて、ヴェヌスタからの加護を受けている人ということになります」

「そのお話は兄から聞きました。女神の加護があると、他の精霊からの加護を受けられないのですよね?」

「その通りです。複数の属性を持っていた場合、いくつかの加護を同時に持っている人間もいます。加護を与えている一番最初に加護を与えたもの、もしくは加護を与えている精霊の中でも最も高ランクのものからの許可があれば、重ねて授けてもらうことが可能です」

「そういうものなのですね」

「貴族などは血筋に縁付いている精霊がいることも多いですね。その場合、通常は生まれた瞬間に彼らから加護を受けます。血筋と関係のない属性を持って生まれた場合は、幼い頃に魔導師としての素質があるとわかった時に該当する属性の精霊を召喚して加護を与えてもらうこととなります」

「ということは、私の実家にもご縁のある精霊がいるのでしょうか」

「イウストリーナ家は代々ドライアドと縁付いているはずなので、地の属性でないことも珍しいですし、魔導師の素質があると本人が知らないのも珍しいです。家付きの精霊が加護を与えていないというのも、非常に珍しいですね」

 

 アレク先生の言葉にマクス様が口を挟んだ。


「ビーは生まれた瞬間から王子の妃候補だっただろうからな。聖なる乙女でなかった段階で、素質や属性についての診断を受ける機会がなかったようだ。王子よりも有力であっては都合が悪いと考えるものもいるだろうしな」


 妃候補になるだろう貴族令嬢は、多くの場合はどの職業にふさわしい素質を持っているのか、職業固定のスキルを持ち得るかの診断・鑑定を受けないことが多い。

 騎士の素質あり、などとなって訓練中に取り返しのつかない怪我をしたら後悔してもしきれないということらしいが、今の話からするとむしろ王子を凌駕する才能の持ち主ではない方が好ましいということなのだろう。パワーバランスが崩れるからだろうか。それとも……

 今や、妃になるよりも自分の能力で生きていくことに価値を見出す令嬢や、それを許す家もあるようで、王族との濃い繋がりを持つことが最良という価値観を古臭いとする人がいるのも聞いている。今から20年ほども前はまだそのような考えは一般的ではなく、単純に、実家は偶然同い年に産まれた王子の婚約者となる可能性が高いという部分を重視しただけだ。それが私の幸せだと思ってくれただけで、私の可能性を潰そうとしていたわけではないし、その頃はそれが普通だったのだ。同年代に王室に男子がいなければ、私も診断を受けさせてもらえたのかもしれないけれど、仮の話をしてもしょうがない。


「そういう理由なら納得できます。ここでマスターと結婚しなければ、一生魔法を使えることには気付かなかったでしょうね。これだけ上質の魔力をお持ちなのにそれはもったいないことをするところでしたね。では、ベアトリス嬢が取得できるかもしれない魔法の一覧は石板で確認できるようにしてあるので、一週間以内に希望を提出してください。それから……」

「あぁ、その辺りは私に任せろ。こちらに面倒はかけないよ」


 なにやら通じ合っているらしい二人が頷きあう。まず、人間である私が魔法を使うためには、精霊に会わなければいけないのだろう。光の精霊と、闇の精霊。

 ――どこに行けば会えるのかしら。ちゃんと加護はもらえるかしら。

 いよいよ魔導師となるべく勉強と修行の日が始まるのね、と私は心躍るのを抑えることができなかった。

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