第40話

「ベアトリス・シルヴェニアさん」

「はい」


 ソフィーと話しているうちにあっという間に自分の番がくる。アレク先生に呼ばれて立ち上がり、ちょっと緊張しながらソフィーに行ってきますと告げて教室から出る。


「ベアトリス……シルヴェニアさんですか?」


 廊下にいた職員らしき若い男性は、明らかに私よりも緊張している。これから自分が計測されるわけでもないのに、と思った直後、この名前のせいかと気付く。

 魔導師の塔のマスター、つまりは自分たちの組織の一番上の人物の妻だという人が目の前にいるのだ。それはそれは緊張するだろう。もしかしたら、私の案内係を避けるための話し合いなども行われたのかもしれない。

 申し訳ないと思いつつ、謝るのも違うかしら、と悩んでいると教室からアレク先生が顔を出した。


「すみません、持ち場を代わっていただけますか」

「えっ!?」


 職員の男性が露骨に明るい顔になる。いいんですか? という彼の言葉に、アレク先生は苦笑いをする。


「ぼくの勘が、あなたではなくて自分が行った方がいいと告げているので、申し訳ないですがこれから先の生徒たちの呼び出し係をしていただいても?」

「喜んで!」


 そんなにわかりやすく喜ばなくても。

 別に私自身が危険人物なわけではないのだし、マクス様だって怖い方ではない。生徒の私にそこまで怯えなくてもいいのではないだろうか。

 そんなことを思っている私にアレク先生は朗らかに笑って「行きましょうか」と数歩先を歩き出した。


 測定室はメインとなる建物の外、それぞれの塔からも少し離れた場所にあった。

 ――だから護衛の方々も一緒に移動なさったのね。

 彼らも計測したわけではなかったのだ。納得している私に、アレク先生が説明してくれる。


「これから行う計測では、現在出せる最大値まで魔力を引き出します。もしも計測できる範囲を超えるような魔力量があった場合、建物が崩壊する可能性があるので一人ずつしか測れないんですよ」

「今まで、そんなことがあったんですか?」

「計測器が壊れることは時々ありますが、崩壊にまで至ったことはないですね。マスターの最大出力でギリギリという強度を保つように計算されています」

「マクス様の、ですか」

「ええ。今のところ、ルミノサリアで計測された魔導師の素質があるひとの中では最大量を誇っていらっしゃいますから」

「はあ……そうなんですね……」


 そんなことではないかと思っていたけれど、実際に他人の口から聞かされると改めて私の夫のずば抜けた能力の高さを思い知らされる。


「この建物で計測します」


 一見小さなただの小屋だ。扉を開けて入った中には、中央部に小さなテーブルと水晶玉が置いてあった。内部は暗い青にうっすらと光っているように見える。石造りの床には、今朝使ったものよりもだいぶ大きな魔法陣が書かれていた。


「では、計測をはじめましょうか」

「あの、私魔力の放出の仕方など知らないのですが」

「ああ大丈夫ですよ」


 アレク先生は水晶玉を指す。


「その水晶玉はそれっぽく見せるようにその形をしているだけで、手をかざせば勝手に魔力を吸い上げて計測を開始するような魔道具です。吸い上げるといってもちゃんと本人へ返すような形になっているので、魔力の枯渇で倒れるのではないか、などと心配することはありませんよ」


 なるほど、と納得して指示通りに水晶玉に手を置く。

 アレク先生がなにやら唱えて小さな杖でコツンとそれを叩くと、てのひらからなにかが引っ張り出される感覚に襲われた。

 間もなく水晶玉の中に金色と銀色の煙のようなものが現れる。綺麗……と眺めていると、アレク先生が慌てた様子で水晶玉をもう一度叩いた。


「ちょっと待ってください。測定値の上昇率と魔力の色がおかしいです」


 なにがおかしいのかわからない私は、ただうろたえるばかりだ。

 ――なにかやってしまったのかしら。

 ごめんなさい、と謝りかけると、手で言わなくていいと制される。


「マスターの魔力が混ざってしまっていて、正しく計測できません。今、マスターから貰ったものを身に着けていますか?」

「あ、はい。入学祝いと言われてこれを」


 つけてもらったブレスレットを見せれば、アレク先生は苦笑いを浮かべる。


「ああ、なるほど。では、それを外して計測しなおしましょう」


 頷いた私はブレスレットを外して、無くさないようにアレク先生に渡す。自分で持っていて計測の邪魔をしてはいけないし、机の上に置いて干渉してもいけないと思ったのだ。

 しかし、ブレスレットがアレク先生のてのひらに落ちると同時に、部屋の中に強い風が吹いた。


「きゃぁっ」

「ベアトリス嬢!」


 飛んでくる水晶玉とテーブルから私を守るためだろう。アレク先生が私を抱き寄せようと手を伸ばす。思わずそちらに伸ばしかけた手を、背後から強い力で掴まれた。

 驚く間もなくきつく抱きしめられる。


「ビー! 大丈夫か?!」

「えっ?」


 私の首筋に顔を埋めるように背中側から腕を回して抱きしめているのは、仕事中のはずのマクス様だった。


「マクス様?! どうしてここに?」

「どうしてもこうしてもない。あぁ、もう……」


 驚いて振り返ろうとすれば、耳の後ろに軽く口付けられる。はじめ、少し焦ったような声だった声が落ち着いてくる。しかし、その腕の力が抜けることはない。まだ強く、痛いくらいに抱きしめられていて一歩も動けない。

 視線を前に戻せば、なんとも言えない顔をしたアレク先生と目が合った。


「ブレスレットに他人が触れたからだ。ああ、よかった。あなたになにかあったのかと思って焦ったよ」

「魔力の計測をするので、外していただいただけですよ」

 

 マクス様に説明するアレク先生の声が少しあきれている。その反応は理解できる。私も、まさかブレスレットを外したというだけで本当に即座に駆けつけてくるとは思っていなかったのだ。

 この学院で奥様に害をなす相手なんていませんよ、と言われてやっと私を離してくれたマクス様は、正面に手を突き出す。上を向けて出されたてのひらにアレク先生がブレスレットを落とした。


「そのブレスレットがあると正しいものが計測できないんです。マスターの魔力が混ざってしまって、だから」

「そりゃそうだ。常にビーの周りには私の魔力を張り巡らせているんだからな。計測しようとしたら混ざるだろうよ」

「……ブレスレットが原因ではないということですか?」

「いや? それも干渉しているとは思うが」

「今日は魔力測定の日だとご存じでしたよね? マスター」


 きゅっと眉根を寄せたアレク先生が、マクス様に一時的に私への魔力供給をやめるように頼む。供給ではないと本人は言っているけれど、実質変わらないでしょう、と言うアレク先生の言葉に反論はなかった。

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