第39話

 テオドールさんが大きなフードを外せば、そこには尖った耳がある。

 ほらコレ、と言われても、今まで見えていなかったのだから気付くはずもない。見えてしまえばそれはまごうかたなきエルフのそれで、よくよく確認してみたら絵姿のエルフの少年二人には目の前のひとたちの面影があった。さっきは若いマクス様に完全に気を取られていて気付かなかった。


「アレク先生とテオドールさんはご兄弟……ですよね」

「双子です」

「ちなみにボクが兄です!」


 そっくりな顔で名前も一緒なのだから尋ねるまでもなかったのだけど、確認のために一応聞いてみる。思った通り双子だった彼らの反応は、誇らしげな兄と明らかな作り笑いの弟という対極なものだった。

 テオドールさんについては完全にエルフだと納得した。しかし私が見る限りアレク先生の耳は丸い。どう見ても人間の耳だ。もしかして、彼もマクス様と同じく変身魔法をかけているのだろうか。

 思わずじっと見てしまった私の視線に気付いたのだろう。アレク先生は穏やかな笑みを浮かべて右手を見せてきた。その中指には小さな黒い石が嵌っている綺麗な装飾のされた黒ずんだ銀の指環があった。


「ぼくは、仕事柄エルフだと知られると面倒があるのでこれで」


 そう言いながら指輪を外すと、アレク先生の耳の形状が変化する。髪や目の色は変わっていないのに、耳が長く伸びて尖るだけで雰囲気が一変する。その指輪には、見た目を人間のように変える魔法がかかっているようだった。


「ぼくにも一応変身魔法の覚えはありますが、あれをずっと自分にかけ続けるのも疲れるんです。マスターのように四六時中自分に対して発動させているというのは、魔力量が多いだけではなくコントロールにも長けていて、更には使い続けるだけの優れた精神力があるということなんですよ。生徒たちに魔法を教えつつ、学生生活におけるあれこれのトラブルの対応や彼らのケアをしながら変身魔法まで……というのは、ぼくには少々キツいんですよね。だから、このような魔法具に頼っているんです」

「あの方は、ご自分にずっと変身魔法をかけ続けている状態でも、なんの問題なくいくつもの魔法を同時に発動させることができるんです。ちょっとした生活魔法のようなものだけじゃなくて、強大な攻撃魔法を何発も無詠唱で発動させているのを見たことがあります。本当に素晴らしい方なんですよ!」


 マスターは本当に凄いんです、というテオドールさんの熱弁がはじまりそうになるのをアレク先生が止める。指輪をはめれば、その耳はまた人間のように短く丸くなった。

 先生という立場でエルフだとどんな問題が?

 などと思っていると、アレク先生は私と視線を合わせて柔らかく微笑みかけてくる。


「しかし、ベアトリス嬢ならば、別段エルフを見るのは珍しくないでしょう?」

「いえ、マクス様に一度そのようなお耳の状態を見せていただいたことがあるくらいで、普段は他のエルフの方と接する機会はありません」


 今話に出たようにマクス様はいつもエルフの耳を隠しているから、家でもそれが解かれているのを見ない。

 アレク先生の問いに正直に答えれば、テオドールさんが驚いた顔になった。


「あれ? 奥様はアクルエストリアにマスターと一緒に住んでいるんですよね? だったら普段からエルフとは一緒に過ごしてるじゃないですか」

「だから、マクス様のことですよね?」

「そうじゃなくて。あそこにいるのはみんな、魔導師の塔に所属している人間か、エルフかハーフエルフのはずですけど。だからみんな魔法使えてますよね? 奥様のお世話係は人間だったとしても、全員がそうってことはないですよ。だから普段からこういうの見かけてるはずなんですけど」

「え?」

「あれ?」


 そんな話は知らない。驚いて黙ってしまった私に、テオドールさんは困り顔になる。


「えー。じゃぁ奥様が驚かないようにみんなきっと人間のフリしてるんだろうなぁ」


 そうなんだ、と一人納得した様子の彼を横目に、え? 誰がエルフだったの? と私はお城の面々を思い返していたのだった。


 それからすぐに予鈴が鳴る。

 お茶を出してもらったお礼を言って、指示された教室へと向かう。さすがにこの時間になったらエミリオ様とミレーナ嬢も登校済で、昨日と同じような位置に座っていた。こちらを見てなにか言いたげな顔をするのを見ながら軽く頭を下げて、なるべく彼らから離れた席に座る。

 チャイムと同時に教室に入ってきたのは昨日と同じくアレク先生で、彼はまた人好きのする笑みを浮かべた。


「おはようございます。さて、今日は昨日説明したように、皆さんの魔力の属性や適性などを、調べるところからはじめます。呼ばれた人は廊下の職員について測定室へ行ってください。一人ずつの検査になるので少々時間はかかりますが、測定を終えた方はこの教室で待機していてください」


 では、と順番に名前を呼ばれる。

 最初に呼ばれたのはエミリオ様、それからミレーナ様。教室中の注目が集まる。

 護衛役のお三方も呼ばれたようだけど、彼らも測定するのだろうか。教室から出ていく姿をぼうっと見ていると、前方にいたソフィーが駆け寄ってきた。


「ベアトリス、まさかここで会えるなんて思わなかったわ」


 ハグしてきそうな勢いなのを、皆が見ているからと軽く躱して、小さな声で話をする。


「私も予定外だったの。いえ、私だけでなくて、マクス様もエミリオ様たちのことは知らなかったみたいで……」

「そう、アレね。私も予定外だったわよ。どうして私まで魔導学院に通わなきゃいけないのか……」

「ソフィーは生徒……ではないわよね」

「そうね。特別な許可を頂いているわ」


 明らかに制服ではない彼女だけど、エミリオ様たちと一緒にいるせいか、その存在を疑問に思われてはいない――というか、触れないでおこう、という扱いをつけているようにも見える。

 聞いてよベアトリス、とソフィーは私の手を取る。そして耳元に内緒話をするように顔を寄せてきた。


「聖なる乙女としての修行を経ていないミレーナ様なんだけどね、現段階で誰からも習っていないというのに、ある程度の神聖魔法を使いこなしているの。本当に、どうして使えるのかわからないのだけど」

「あら、優秀でいらっしゃるのね」

「でも基礎があるわけではないから、やっぱり魔法というのは暴走の危険性もあるものでしょう? そこを理解して、覚えていただかないといけないのよ」


 その話は私にしてもいいものなの? という質問には「いいの。ベアトリスだから」と説明になっていない理由を返される。


「あと、妃教育とか貴族の振る舞いとか、教えなきゃいけないことは山積みで」

「……もしかして、そういうのはソフィーがここで?」

「ええ。私実は臨時講師なのよ、ミレーナ様専門の」

「あら。だったら私もソフィエル先生とお呼びしなくてはいけないかしら」

「やめて……本当に、したくてしてるわけではないんだから……講師だっていうのなら、授業以外はミレーナ様のお目付け役までさせないでほしいわ」


 げんなりした様子のソフィーがおかしくて、くすりと笑ってしまった。

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