第38話
転移魔法陣で学院長のお部屋へ登校すると、彼は背筋を伸ばして強張った顔で立っていた。
「おはようございます」
「おっはようございます、ベアトリスさ……嬢」
引っ繰り返った声で挨拶され、マクス様が今日も一緒だと思われていたのだろうと気付く。
「今日からは一人で登校させていただきますので、マクス様がいらっしゃることはないと思います」
「あ……あぁ、そうですか……」
ほっとしたように椅子に崩れ落ちた学院長に頭を下げて部屋を出る。そこにはアレク先生が待ち構えていた。
「おはようございます、アレク先生」
「ぼくの名前を覚えてくれていたんですか? 光栄ですね」
おはようございます、と微笑んだアレク先生は私と並んで歩き出す。
「まだエミリオ殿下とミレーナ嬢は登校なさっていません。先に教室にいると囲まれる可能性があるのではないかと思いまして。もしもベアトリス嬢が嫌でないのなら、時間までぼくの部屋に来ませんか?」
「良いんですの? ご迷惑ではありませんか?」
午前中は魔力測定などをすることになっているから、新入生は昨日と同じ教室に集まるようにと指示を受けていた。教室でエミリオ様たちと席が近くなることは避けたいと思っていた私は、彼らが登校しているかどうかを確認するために教室をコソコソと覗きに行く予定だった。
そんな行動をしているところを見られたら不審でしかないし、仮にもう来ているのだったら時間まで姿を隠さなければいけない。いくらなんでも学院長のお部屋というわけにはいかないだろうと思っていたので、その申し出は非常に有難い。
「迷惑なら誘いませんよ」
笑ったアレク先生は、学院長の部屋とは逆方向の廊下奥にある大きな扉を指した。
「それから、あちらの部屋は特別にエミリオ殿下とミレーナ嬢、それから護衛のみなさんのための部屋になりました」
「あら、そうなのですね」
「空き時間などはあの部屋にいてもらうようにお願いしてあります。いくら護衛がついていると言っても、彼らはまだ見習いのようなものです。それに、昨日も話したようにここには触れたら危険なものがいくつもありますので、ウロつかれて万が一があったら大問題になります。一貴族程度なら黙らせることもできますが、王族や聖女となればそういうわけにもいきませんから」
どこまで本気なのか、アレク先生は真面目な顔で言って階段を降りる。
下の階には、先生方の個室と、上級クラスが使う教室があるようだった。
「教室は属性によって塔で分けられています」
アレク先生は窓の外を指して続ける。そこには緑の石の塔と青い石の塔、それから硝子で出来ているように見える塔があった。こちら側の窓からは見えないけれど、校舎を挟んだ反対側には、赤と白と黒い塔が建っている。大体の人は見れば色で理解してくれますね、とそれぞれの塔の説明を省いた彼は、自分の名前が書いてある部屋をノックしてから開けた。
――どうしてご自分のお部屋なのにノックをされたのかしら。
そんな疑問は、ドアを開けた先にあった顔を見て理解した。そこには、アレク先生そっくりな男性が立っていたのだった。
誰、と思う間もなく私の前に滑るようにやってきたその人は満面の笑みを浮かべる。左目の眼帯がなければ見分けはつかないだろう。私の手を取ってぶんぶんと降った彼は
「あなたがマスターの奥様ですね! 初めまして、ボクはテオドール・アルカノス。よろしくお願いしますね。本当、よろしくお願いします。魔導師の塔で魔法安全管理官をしてます。結界だとかそういうのをですね、聖女様のそれほど強くはないですけど、いろいろと強化する方法はあるのでそういう形でここもお守りしてます。ボクたちが管理してるので、安心してここでは過ごしていただけますよ。今日はエミリオ殿下の使うお部屋の結界に問題がないかを確認しに来たんです。あとは魔法を」
「いい加減にしてください、テオ」
アレク先生が止めるまで、圧倒される勢いで話してきた。
「なんでもかんでもベラベラと喋るものではありませんよ」
「マスターの奥様だからいいかなって思ったんだけどダメだった?」
「駄目ですよ。ベアトリス嬢は特別扱いを好まないと通達がされています。ということは、そういう機密情報を漏らすことも許されません」
――あら、私聞いてはいけないことを聞いてしまったのね。
目を丸くした私を見て、テオドールさんは肩をすくめる。
「私たちを守ってくださっている方ということですよね。ありがとうございます」
「いえいえいえ! そんなお礼なんて! ボクはやるべきことをしてるだけなので!」
「テオ、邪魔です。そこに立っていてはベアトリス嬢もいつまでも立ちっぱなしになってしまいます。それに」
「それに?」
「いつまで手を握っているんですか」
そう指摘されて繋ぎっぱなしだった手を慌てて離したテオドールさんは「マスターに怒られるかな、大丈夫かな。どう思うアレク」とあわあわしている。
冷静なアレク先生に対して、あまりにも落ち着かない様子なのを見ておかしくなってしまう。くすっと笑えば、テオドールさんは安心したように笑った。
お茶を出してくれたアレク先生いわく、安全確認を命じられたテオドールさんは、昨日から一晩中寝ずに作業を続けていたらしい。普段から元気な人のようだけど、さらに徹夜からくるテンションの高さがお喋りに輪をかけているとのこと。
「入学してくるのなんてわかりきってたのになんで当日になって言うんですかね。もっと早く言ってくれたら何日もかけてゆっくりじっくり確認できたのに」
「王族と聖女が入学してくると言われたから、改めて職員の身辺調査が入ったり部屋の模様替えをしたりとこちらも大変だったんです。全てが終わってからでないと、安全確認した後になにか仕掛けられる可能性だってありますからね」
「そういうのも出来ないくらいの強さの結界を張れば――」
「だから、それは改めて今夜と言っているではないですか。魔法にも相性があるということを忘れたんですか」
これも機密情報なのでは? と思いながら部屋を見回す。と、戸棚に飾られている小さな額が目に入った。そこに描かれているのは、少し若く見えるマクス様と――幼い二人のエルフの少年。二人はそっくりな顔をしていて、嬉しそうな顔でマクス様に抱きついているところだった。
「……マクス様?」
「へっ!? マスター!? どこにっ?!」
驚いて飛び上がったテオドールさんに対し、アレク先生は私の視線の先に気付いて戸棚からそれを持ってきてくれる。近くでじっくり見てみたがやっぱり少し若い。
――エルフで見た目が若く見えるだなんて、一体どれくらい前のものなのかしら。
「恥ずかしいので、マスターには内緒にしてくださいね」
アレク先生が苦笑いを浮かべる。
「マスターとの絵姿を飾っているなんて知られたら、からかわれてしまうでしょうから」
「マスターとの絵姿? ……え?」
「それ、ぼくとテオの小さな頃のものですよ。気付きませんでした?」
確かに、見ず知らずの子供の絵姿を飾るわけはないから、これが自分の子供でないのならば、自らの幼い頃の姿になるのは理解できる。いやしかし、ここに描かれているのはエルフの子供で。
「アレク先生、エルフだったんですか?」
「あれえ? ボクを見ても気付いていなかったんですか?」
どういうこと? と困惑していると、テオドールさんが身に着けている大き目のローブのフード部分に手をかけた。
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