第33話
「まぁ、ビーが望んでくれるのならそういうこともやぶさかではないのだが……こんな年寄りの相手をさせるというのも申し訳ないというか……」
なにやらボソボソ呟きながら、マクス様は自分の見た目を元のシルバーブロンドの姿に戻す。なにかおっしゃいましたか? と聞き返しても曖昧に笑って答えてはくれなかったので、あまりしつこく聞くのも良くないと口を噤む。
「そんなわけでね、私はずっと前からビーを好ましいと思っていたんだ。目標に向かってひたむきに努力する姿は美しい。ただ、幼い頃にはよく見られたあなたの笑顔が少なくなっていったのが気になって……いや、淑女たるもの大口を開けて笑わないというものなのは知っている。そういう意味ではなくて」
マクス様は膝に乗せた私を上目遣いで覗き込む。
「今も、だ。あなたは自分の気持ちを飲み込んでしまうところがある。いや、立場的にそう立ち回らなければいけないことが多かったのは十分に分かっているよ。思ったことを全部口に出すべきだとも言わない。それは愚か者のすることだ。ただ、あまりにもあなたは我慢していることが多いのではないかと思うと、一人や二人はわがままでもなんでも思ったことを全部伝えられる相手がいてもいいのではないかと」
「つまり、マクス様には全部考えていることを伝えても良いという意味でしょうか」
「うん。私には甘えてほしいと思っているよ。ご両親や兄上にもしてきていなかったのだろうから、すぐに私に心を開いて話せるようになるとは思っていないが」
そう言って目を細めて微笑んだマクス様の頬に両手で触れる。その顔を間近に覗き込めば、少し驚いたように目を丸くして顔を引こうとする。それを逃がさないようにしっかりと押さえた彼の顔に顔を寄せる。
「ビ……ビー? あの、顔が近――」
「マクス様の瞳は、空のようでとても綺麗な色をなさっていると思います。しかも、よく見ると角度によってその色が変わって……そこもまるで、本当の空のようで素敵です」
「んーぅ……? あぁ、ありがと、う」
私の発言に、彼は戸惑ったように目を泳がせる。いつも余裕たっぷりなマクス様に動揺が見えて、私は少し笑う。
「先ほど100を超えてから年齢は数えていないとおっしゃってましたけど、大体何歳くらいかというのもわからないのですか?」
「幼い頃に先代の聖女が亡くなったのは覚えているよ」
「120年ほど前ですね。幼い、というのは人間で言うと10歳頃でしょうか」
「もう少し幼かったかな。」
「エルフの年齢は、人間と比べるとどれくらい長いんですか?」
ずいぶんといろいろ聞いてくるな、と笑うマクス様は、40年ほどで、見た目が人間の10歳程度に育つよ、と教えてくれた。
「それならば、マクス様は人間で言えば30代前半から半ばくらいになるのでしょうか」
「あー、そういう風に考えたことはなかったが、確かにそうかもしれないな」
「私くらいの年齢の娘が30代の方と結婚することもそう珍しくはありません。私たちが夫婦だというのも、無理のあるお話ではありませんわね」
「まぁ、私は年齢もその時々で都合のいいものを申告しているからなぁ。マクシミリアン・シルヴェニアは国からは32だと思われているんじゃなかったかな」
見た目年齢で言えば、マクス様は年齢不詳というのが正に当てはまる。その独特なオーラや落ち着いた雰囲気は若者には見えない。しかし、老齢であるようにも見えない。私と夫婦だと言ったところで、とんでもなく年齢差があるとは思えないだろう。
「私、これからもマクス様の妻であるとことあるごとに主張してもご迷惑にはなりませんか?」
「迷惑にはならないよ。ただ、離縁した後にその事が広まっているのはあなたにとって都合がよくないのではないかと思うだけだ」
「離縁した後のことは、その時に考えます」
「おや、ずいぶんと行き当たりばったりなことを言うな」
「今はマクス様の妻ですので。先のことを大切にするがあまりに今をないがしろにするのは、私の主義に反しますわ。私は、今も大切に生きていきたいと思っています」
そう言った私に彼は「はははッ」と軽やかな笑い声を立てて。
「そういうところがとても好ましいよ」
彼の頬に当てたままだった私の掌に軽くキスをした。
エミリオ様や、その周辺の方々を避けるには、マクス様のお名前を出させていただくのが効果的だ。でも夫婦であると宣言したい理由はそれだけではなくて……私自身も、そう口にしていくうちに彼の妻としての自覚が芽生えて、その立場にあるものとして彼になにができるのかを見つけることが出来るかもしれない、などと考えたからだった。
この日、私にはこの先の目標が二つできた。
学院で精一杯勉強をして成果を上げて、推薦してくださったマクス様のご期待に副うこと。
それから、彼にちゃんと妻として扱ってもらえるようになること。
今はただ可愛がられているのだとしても、私が妻として自覚のある行動をとれるようになったら、そのうちにちゃんと妻として扱ってもらえるようになるかもしれない、とほんの少しの期待を込めて。
この時はまだ、私はどうしてそのように考えたのか、その思いを生み出す原因となった自分の感情にまだ気付いていなかった。
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